■ 譲渡不可能−2 ■



9番隊副隊長、檜佐木修兵が子どもになった。
その情報は、瞬く間に瀞霊廷内を駆けめぐった。
しかも、修兵がそうなってから、僅か5,6時間のうちに。

つまり――― 一体どこから情報が漏れたのかは不明だが――――拳西と小さな修兵が、揃って目を覚ました
朝には、もう大勢の死神達が、9番隊隊舎を取り囲んでいたという訳で。

「………いやー、すごいねぇ、これ」
「あぁ……サイアクだ。うるせーことこの上ねぇ」

朝一番の訪問者――――五番隊隊長に復帰したローズに、拳西が唸り声を上げた。
不本意な目覚めにはただでさえ不機嫌になる拳西、しかも起こされた原因が、修兵見たさの物見遊山隊士の
騒がしさというのだから、眉間の皺も5割増しだ。
どうにもこうにも、さわやかな朝の目覚め、とは程遠い。
修兵も修兵で、時折聞こえてくる隊士の野太い声―――ちなみに多くが11番隊のものである―――が怖いのか、
拳西の腕にしがみついたまま、ふるふると体を震わせていた。
いくら拳西が傍にいると言っても、隊士達が口々に叫んでいるのは紛れもなく、修兵自身の名前だ。「檜佐木てめぇ、
顔見せろや、コラー!!!」という一角らしき人物の叫び声には、怒られているというか、責められているというか、
ともかくそんな感覚を抱いてしまっているらしい。

『檜佐木ぃっっっ!男らしく出てきてオレと戦え!!!』
「ふぇえ……っ」
『斑目三席、頼みますからお静かに……!』
『あー?静かになんてしてられるかボケぇ!手向かうなら、てめーからたたっ斬るぞ!!』
『一角よしなよ。そんな弱いの相手に………聞いてないね』

そうこうしているうちに、どうやら表では乱闘が始まったらしい。色々な隊の隊士の怒号が、ひっきりなしに飛び交う
様子が、執務室にいてもよく分かる。

今の修兵―――大人に比べて恐怖に敏感な子どもが、荒くれ集団11番隊を含めたこの大きな騒動に怯えないはずがない。
拳西が傍にいてくれることで、より子どもらしい感情をストレートに出せる環境が整っていることもあり、一角の叫び声や、
剣のふれあう音が聞こえるたびに、修兵は仔猫のように身を震わせて、拳西の腕の中に潜り込んでいた。
修兵の頭に手を添え、守るように小さな身体を抱き寄せている拳西は、不機嫌もここに極まれり、といった表情で格子作りの
窓を睨んでいる。大方、自ら表に出て一角をはじめとする他隊の隊士を薙ぎ払ってしまいたいのだろうが、今は何より修兵が優先事項。
結果、表の騒ぎは止むことがなく、それどころか鬼道まで使われ始めたらしい。
独特の爆発音が執務室にまで届き、これまで以上に怯え始めた修兵が拳西にぎゅっとしがみつく。

「けんせ……ぇ、けんせ、こわいよぉ……」
「大丈夫だ、修兵……オレがいる。お前のことは誰にも傷付けさせねぇから」
「う、ん……」
「よしよし……大丈夫だからな

「可哀想に……これじゃ修兵も辛いねぇ。拳西、しばらくどっかに行ってきたら?」
「そうしたいのは山々なんだが、せめて何か着せてやらねぇことにはなぁ……」
「そっか。それもそうだねぇ」

身体全体が一気に縮んでしまった修兵に、普段身につけている死覇装が合うはずもない。今はまだ、拳西が恋次達の
前からここへつれてきたままの格好―――つまり、死覇装を着ているという言うよりは、白黒の布をかろうじて身に
まとっていると言う状態なのだ。
下手に動けばすぐに布はずり落ちて、幼く、けれど健康体と言うには細すぎる身体が、所々で顔を出す。血色が乏しく、
まるで雪のように白い修兵の肌を、いたずらに他人の目にさらすことなど、拳西にとってはもってのほか。肌が外気に
さらされることは、修兵自身も嫌らしく、これではどこへ行くこともかなわない。

今や度を超えた熱気と興奮に包まれているこの9番隊隊舎から、二人がさっさと撤退してしまわないワケは、そこにあったのである。

「うーん、そうかぁ。ね、それなら、僕が11番隊にでも行ってこようか?ほら、あそこの副隊長さんは、今の修兵と似たり
寄ったりのサイズだろ?一枚臨時で彼女の死覇装を借りてきてさ。うん、そうしようよ」

「そーだな……」
「その必要はねぇっすよ」
「っ!?誰だっ……って、その声、お前、阿近か?」
「阿近?あの技局の?」
「えぇ、そうっすよ。その阿近っす」

その声が聞こえるなり、ぶぅんっ、という電磁音、そして次の瞬間、拳西、修兵、そしてローズの前に立っていたのは
間違いなく技局の阿近であった。

あっけにとられる3人に「どーも、毎度のお届けものっす」と言った阿近は、拳西の腕の中で目を丸くしている修兵に
「よぉ」と声をかけて、その小さな頭を何のためらいもなく撫でた。

「あ、おい……!」

昨日の恋次を見ての泣きっぷりを思い出し、慌てた拳西だったが、それは杞憂。
ぴくっと肩こそ竦めて拳西に抱きつきこそしたものの、修兵は泣き出しはしなかった。
「あれ、怖くないのかね」とかなり失礼なことを口走るローズだが、その疑問はもっともなこと。恋次と阿近、比べて
どっちが怖い顔、何て言うのは野暮。誤解を恐れず言うならば、どちらも同じくらい子どもには懐かれない顔だ。
そうなると恋次が大雨、阿近が曇りという修兵の涙予報は如何なる事か。

「ふーん……ま、子どもなんて、わかんねぇもんっすからね」

拳西から昨晩のエピソードを聞かされた阿近は、口ではそう言いながらも嬉しそうだ。
「な、修兵」と名を呼んで、もう一度頭を撫でてやると、つられるように、修兵がこくんと一つ肯いた。
子ども特有の価値判断、そう言ってしまえばそうなのだろう。疑問が残らないでもないが、今それを詮索したところで
何が出てくる訳もない。今聞くべきは、他。

「阿近、お前どうやってここへ入ってきた。昨晩のうちに9番隊の警備は強化してある。隊舎の周りはうちの隊の隊士が
張ってて、オレの許可がない限り、入ってこれねぇようになってるはずだぜ?」

「そうそう。僕も取り次いでもらって、ようやく入って来れたのに、どうやって?それにさっき、その……君がいきなりここに
出現した、って印象受けるんだけれど。違う?」

「いや、違ってねぇっすよ。正面から入ってくるのが、厄介みたいだったんで、こいつを……使いましてね」
「何だ、それ?」
「照光型物体消失機。端的に言えば特殊な光によって、周りの目から自分の姿を消すことの出来る機械。こいつで姿を消して、
塀をちょっと乗り越えてきたっつーわけです」

「はー……よく作れるぜ、そんなん」
「技局っすから。それより、これ……」
「何だ?……死覇装?」
「えぇ、今の修兵サイズのね。急ごしらえですけど、ちゃんと着れると思いますよ。瀞霊廷のあちこちに流れてる噂の内容からして、
今こう言うのが必要かな、と思いまして」

「わりぃ、ビンゴだ。助かった」
「いーえ。早いところそれ着せて、4番隊辺りに行くことをおすすめしますよ。うちの局長に捕獲される前にね。ついでに、今のこの
状態、そろそろ総隊長の耳に入ってるかと思うんですが?」

「そうだな。総隊長には、一応報告しないとな」
「そっちは僕が行くよ。拳西は修兵と一緒に4番隊へ行くと良い。修兵、今は何ともなさそうだけれど、こんな風に子どもになるって
言うのは普通じゃ考えられないから」

「あぁ、頼む」
「んじゃ、そうと決まったら、早いところ着替えさせません?」
「そうだな。修兵着替えだ、オレの膝から一度降り……あー、待て待てここで脱ぐなっつーかだな……」
「僕等が後ろを向いていれば良いんだよね、拳西」
「何なら、目隠しでもしときますか?」
「いや、そこまでは……ただ、後ろは向いてろ。絶対にこっち見るな。見たら断地風で……」
「へいへい」
「分かってるよ、拳西」

例え子どもの姿をしていても、自分の恋人の肌は、容易く他人にご披露出来るものではないらしい。
相変わらずの独占欲だと、阿近とローズはにやりと笑いながらくるりと回れ右180度。
それをきちんと見届けてから、今まで修兵がまとっていた死覇装を脱がせた拳西は、真っ裸の身体に手際よく小さな死覇装を着せていく。

(あぁ、やっぱり細っせぇなぁ……)

あの日、一度だけ掴んだ腕−−−−まるで細木のように華奢だったそれが、現世にいる間中ずっと気になって仕方がなかった。
栄養不良という言葉だけでは、あまりに表現が足りない身体が、百年近くの間ずっと気になって仕方がなかった。
ちゃんと飯は食えているだろうか、病気になったりしていないだろうか。
大人になった修兵に再会して、だから何よりも嬉しかったのは無事に成長したその身体だったのだ。
けれど今目の前にいる修兵は、あの時と同じように細く、そして何よりも小さい。
肌に触れ、子どもらしからぬ低体温を手に感じて心が痛くなる一方、しかしそんな修兵を十分慈しんでやれる今のこの状況に、
拳西は心の底から感謝していた。
何が原因でこうなったのかは解らない。けれど拳西にとって思わぬ僥倖であることは確かだ。
初めてきちんと袖を通す服に、興味津々といった表情を浮かべる修兵は本当に無邪気な子ども。
大好きな拳西と同じものに見える死覇装が嬉しいのか、少しの間もじっとしていない。

「ねぇ、けんせぇ。ねぇねぇ、けんせー」
「んー?どしたー?」
「あのね、あのね、これ、けんせぇと一緒?」

「あー……ほとんど同じだけどな、少し―――」
「全く同じっすよ」
「あ?おい、阿近てめ……」
「……見てませんよ。そんであんたが今修兵に着せてるもんは、あんたのものとそっくり同じっす。小さいけれど白羽織もあるでしょ。
さすがに『九』の文字は入れてねーっすけど」

「……おめー、なんでこう芸が細けぇんだよ。用意周到っつうかよ」

驚き混じりの呆れ声をあげた拳西が、改めて阿近の配達物を見てみれば、黒い上下の死覇装だけでなく白の隊長羽織。勿論両袖は
共にない。おまけにオプションとしてなのか、拳西の腰に巻かれた組紐の細いものと、黒い指なしの手甲が2つ。足袋と草履も付いている。

拳西が細々と手伝って、出来上がった姿を見てみれば、小さな可愛い死神のご登場−−−日番谷よりもさらに小柄な隊長が、
拳西の横ではにかんでいた。

「おー、似合う似合う」
「ミニ拳西だね、かーわいい。そうだ……羅武達にも見せてあげようかな」

そう言って、写真を撮るためかローズが伝令神機を構え始める。
阿近もそれに倣って、自分用に大分カスタマイズした伝令神機を懐から取り出した。
恋次達ならともかく、この二人には拳西もあまりうるさいことは言わないが、肝心の修兵が駄目らしい。

「んー……けんせ、けんせぇー」
「あん?どした?………ん、わかったよ。ほら」
「ぅゅー……」

どうやら、自分に注目が集まっていることが恥ずかしいらしいのだ。
ローズと阿近が−−−特に阿近が−−−が構えた伝令神機も何であるかが解らないため、どうしたらよいか
よく解らなくなってしまったらしい。
あわてて拳西に抱っこをせがみ、それを察した拳西に抱き上げられた後は、拳西の首に必死で腕を回してぎゅぅっと抱き付いている。
恥ずかしいのか、顔は拳西の首元に埋めたまま。けれどローズが名を呼べば、怖ず怖ずとこちらを見つめてくれる。
そんな様子も、また愛くるしいのだ。

「うーん……ごつい拳西なしで、可愛い修兵だけ撮りたかったんだけどなぁ……」
「ホントっすね……」

ぶつぶつとぼやきながらも、とりあえずシャッターチャンスは逃さぬ二人。
角度を変え表情を変え、満足するまで修兵の可愛い姿を写真に収めたローズと阿近は、それぞれ写真を送信したり
保存したりと忙しない。
一方ようやく撮影会から解放された修兵は、拳西とお揃いに慣れたことの嬉しさを、思う存分拳西に訴えていた。
「いっしょ、いっしょ……」と言いながら、拳西に甘えるように抱き付いている。
自分を見つめるくりくりとした大きな猫目や幼い顔の輪郭線、そして自分のものよりも遙かに小さな手−−−当然拳西にとっては
そのどれもが愛しくてたまらない。そんな愛情を伝えるように修兵の目や手に優しく唇で触れてやると、修兵がくすぐったそうに、
けれどこれ以上ない位嬉しそうな声で拳西の名を呼んだ。

「けんせ、けんせっ」
「ん、嬉しいのか。良かったな、修兵」
「うんっ……!」

拳西とお揃いの格好になれたことで、安心感も得ることが出来たのか、未だ続く外の争乱に怯える様子はもうない。
ならば、このままここにいても良いか思うが、4番隊にだけは行かざるを得ないだろう。どのみちそれが必要ならば
早いに越したことはない。
「修兵、ちょっと出掛けるぞ」と言った拳西は、修兵を抱きかかえたままで自身の斬魄刀を腰に帯びた。
次いで、傍に置いてあった修兵の斬魄刀を手に取り、一瞬思案に暮れる。

「あー……なぁ、阿近、ローズ。修兵の斬魄刀はどうする。背中に背負わせたりした方が良いか?」

「え?うーん……とりあえず、拳西が持っていたら良いんじゃない?だって、今の修兵じゃ持っててもきっと上手く使えないよ。
始解も卍解も出来るか、大いに疑問だしね」
「それに背中に背負わせたら、修兵を抱っこしづらくなりますよ、きっと」

「そうだな。じゃあひとまず、オレが預かって……それで、オレ達はこれから4番隊に行ってくる」
「了解。総隊長の方は任せておいて。そうだ……4番隊に行った後はここに戻るかい?」
「まぁ騒ぎが収まってりゃな。何で?」
「いや、そのうち真子たちが来るはずだからさ」
はぁ。また一騒ぎか……そういや、何でアイツら今は……」
「買い物。修兵のために色々調達してくるんだーって競争中。ちなみに僕のは羅武に頼んであるからね」
「買い物……何買ってくるんだかなぁ。そうだ阿近、お前はどうする?オレ達と一緒に4番隊に行くか?」
「いや、うちと4番隊は相性悪いんで。オレはオレで修兵がどうしてこうなったのか、調べてみますよ」
「そうか。よろしく頼む」
「あぁそれと、オレが使ってきた消失機、使ってください。いくら六車隊長でも、あんだけの数の死神相手に立ち回るのは、
面倒でしょうから。姿消していけば楽でしょ」

「悪ぃな、何から何まで。この借りは必ず返す」
「いーっすよ別に。んじゃオレはこれで……またな、修兵」
「うん、またね。えと……あこん、さん?」
「っっ……」

幼い子どもの行動というものは、予想がつきにくい。
それでも科学者たる阿近にとって、それはある程度予測可能なものであったはず。
ところが、それをあっさりと超える行為を修兵にされたのである。
普段のポーカーフェイスは脆くも崩れ去り、阿近は思わず言葉に詰まった。
しかし修兵がそんな事情を察するわけもない。
今まで拳西の首に回していた手を片方挙げ、二、三度左右に。
そうやっていわゆるバイバイの動きをした修兵は、最後にとどめとばかり、阿近に向けてふわんと笑った。

「おようふく、ありがとう。あこんさん」
「――――ったく、美人はやっぱり昔から美人だな」

お前には、絶対かなわねぇよ−−−そう言って、修兵の頭を、くしゃりと混ぜ撫でた阿近、その顔は、彼にしては
珍しいくらいの笑みで溢れていたのだった。




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