■ 仔猫の観察日記−一日目前半− ■
如月某日
技局一と言っても過言ではないマッドサイエンティストの阿近が作り出した薬によって、オレの修兵に猫の耳と尾が生えた。
「いやー失敗失敗、や、時間がたてば元に戻りますよ」と、あの阿呆は呑気に言ってくれやがったが、オレが思うにあいつは絶対確信犯。
でなきゃ、何で間髪いれずにこんな観察日記なんてものが出てくるんだっつーの。
いや、まぁそれは良い。決して良くはないのだが、あいつに憤ってみても始まらない。
幸いにして修兵は元気そのもの。体調が悪くなったとか、そういうことはない。
むしろ猫の耳と尾……子どもの姿をしていただけでも可愛いかったというのに、これはもうどうしたらいいんだ。
いや、阿近を許すわけじゃねぇぞ、断じて!!
しかし、こう堂々巡りをしていても仕方ない。
観察日記だというのだから、修兵のことを書かないと意味がないんだからな。
修兵は……今はオレの膝の上で眠っている。
小さな体を丸めてもうぐっすりだ。多分、腹一杯にミルクを飲んだからだろう。
満腹になると眠たくなるところは、子供の姿の時と変わんねぇな。
ぽすぽすと頭を撫でてやると「うみゅぅ」と鳴いて尾を揺らす。
そうしてもぞもぞと身体を動かした修兵は、オレの白羽織をくるくると抱き寄せると、それを布団のようにしてまた熟睡。
……可愛いやつ。
時間の経過を追って少し記そう。
阿近が九番隊の執務室にやってきたのは、そろそろ夕方も近づいてきたころ。
3時のおやつを食べ終え、修兵はオレの仕事上がりまで、ソファでパズルと格闘中。
完成すれば「わかめ大使」とかいう、よくわからないキャラクターの出来上がるそれ―――ちなみに六番隊隊長朽木白哉が修兵にと持ってきたものだ―――を、ソファ前のローテーブルいっぱいに広げ、せっせと組み立てていた。
そこへ「ちわーっす」とやってきたのが阿近。
ここへ来る時だけ本数がゼロになる煙草の代わりに禁煙パイプを噛みつつ、マイペースな挨拶をよこしたあいつは、修兵の姿を見つけると「お、いたな」と一笑い。
珍しい時間にやってきた客に首をかしげながら、それでも修兵はにこにこと笑いながら、「こんにちは」と言った。
「阿近さん、どうしたの?」
「修兵にプレゼントがあってな。それで来た」
「プレゼント?」
「あぁ……ほらどうだ?美味そうなシロップだろ?」
「わぁー!!」
阿近が何やら懐中から取り出したものを見、修兵は大喜び。
だが、オレは逆に首を傾げた。仕事用の机を離れ、修兵の座るソファに腰を下ろしたオレは、さっそく膝の上に乗ってきた修兵を抱きよせながら「なんだ、そりゃ?」と、阿近に問う。
なにせこいつのことだ。正真正銘、言葉通りの「シロップ」であるはずがない。
するとにやりと笑った阿近が、手に持っていた瓶を、ひょいとこちらに投げてよこした。
こいつがいつも使っている実験器具と、およそ違いのわからないガラス瓶―――そこにはうっすらとした桜色の液体が入っている。
シロップという名称にふさわしく、少々とろみが付いているようで、左右に振っても思うように水面が波立たない。
確かに一見シロップ、だが怪しい。
すると阿近はなお面白そうに笑いながら「修兵の好きな桃味っすよ、美味そうでしょ?」と言った。
それを聞いた修兵は大喜び。
まぁ、確かに味はそうなのだろうが……。
そう思っていたら、予感的中。ビンの蓋にひっそりと貼られていたラベルには、「成長薬−桃味」と書いてあった。
まだ漢字の読めない修兵には、ただのシロップに過ぎないが、オレにはこのシロップが持つ効能と意図が明確に理解できる。
修兵を元に戻すための薬。
これはそういうことなのだ。修兵を元の姿に、つまり甘えた盛りで遊びたい盛りの子どもから、有能な九番隊の美人副隊長へ。
その必要性は良く分かる。
瀞霊廷通信の編集作業と言う、九番隊だけに課せられた業務だけではなく、修兵はどんな仕事に対しても適応能力が高い。
事実、修兵が子どもの姿になってからというもの、護廷隊全体としての仕事の処理スピードは下がり、それはうちの隊も例外ではない。
だから、修兵を元に戻すことのメリットは、この上ないほどわかるのだ―――が。それと等しいくらい、否、それ以上に、修兵を元に戻したくないというオレの気持ちは強かった。
何が原因で、この姿になったのかは、未だに解っていない。
だが、阿近のことだ。原因を取り除く薬がだめでも、単に成長を促す薬ぐらいなら、作り出すことが出来たのだろう。
これを飲ませれば修兵は戻る。だが…やはり正直なところ、それはもう少し先延ばしにしたかった。
修兵と出会い、別離を余儀なくされて百余年。
長い時間の中で、修兵は見事に成長し、九番隊副隊長として、恋人として、公私共にオレの傍に添うている。失われた時間を、2人で一緒に埋めていっている。
だが、オレ達がお互い一人でいた時間は、果てなく長い。
ましてその一部、修兵は幼い子供として生きていたのだ。あの年頃の子ども特有の感情、身体……想像することしかできなかったそのどれもが、今こうして目の前にある。
子どもに戻った修兵は、オレが考えていた以上に甘えたで小さくて華奢で…。
だから、修兵がこの姿に変わってからというもの、オレはもう徹底的に修兵を甘やかした。
大人に、しかも一番大好きな者に甘えるというのは、修兵にとってもちろん初体験。
何をするにも、嬉しそうに笑い、オレに全てを委ねてくれるその姿は、オレにとって宝以外の何物でもない。
実際に修兵が歩んできた時間は、とてつもなく苦しく、寂しいものだったと聞いている。
だからこそ、甘やかしたいというオレの思いは強かったし、それはたかだか数週間やそこらでどうにかなるものではない。
だがそれも…結局は、オレの我儘ということになるのかもしれない。
修兵の不在で、仕事の能率が下がっているのは確かなのだから。
皆、オレと修兵の事情を知っているからこそ―――そして、また、子どもに戻った修兵がともかく素直で愛くるしいからこそ、惜しみない協力を申し出てくれた。
その対価が、修兵との接触と言うのは、致しかたなし。
事実、ごくごく一部のものを除き、修兵が懐かない相手はいなかった。
だが、それも終わり。
阿近がわざわざ修兵のいるところで、この薬を見せてきたのがその証拠。
修兵を戻すのがいつでもよいなら、オレ1人だけにこの薬を預けたはずだ。
それが、好奇心の強い修兵が同席する場で、しかも桃味ときた。そんなの、確実に修兵が飲みたがるに決まっているではないか。
「……けんせー、ねぇ、それ飲んだらだめー?」
しばらくオレが持つ瓶をわくわくとした目で見つめていた修兵が、やはりそう言った。
今さっきおやつを食べたばかり、と言っても、潜在霊圧の高い修兵はすぐに腹をすかす。
ほうっておくと、貧血のような状態になってしまうので、飴やチョコレートの携帯は欠かせない。
このシロップはその代わりにうってつけ―――修兵も、ちょうど何か口に入れたいところだったと見える。
……腹を決めなければなるまい。
数秒逡巡し、顔には出さずに落胆とため息。そして―――
「いいぜ。でも、このままじゃ飲めねぇから、何かで薄めないとな」
そう言って、オレは修兵の頬を撫でた。
大人の修兵とは異なる、ぷくぷくした頬。それとももうお別れかと思うと、無性に寂しい。
無邪気ににこにこと笑う修兵の額にキスを落とすと、嬉しそうな声でオレを呼び、首に腕をまわしてきゅぅと抱きついてくれた。
小さな背を撫でそのまま抱き上げて席を立つ。
阿近は事の顛末を見届けるつもりのようだ。席を立たずに「おすすめはソーダ水だぞ、修兵」と言って、にまりと笑う。
ソーダ水も修兵の好物だ。
「しゅわしゅわ?」と、首元から期待のこもった声がしたので、ちょうど冷蔵庫に入ってるというと、子供らしい歓声と共に黒い猫っ毛がふわふわと首を撫でた。
その動作の一つ一つを惜しみながら、給湯室に二人で入り、グラスや氷を準備する。
最近富にオレの手伝いをすることが好きな修兵も、大きなソーダ水のボトルを冷蔵庫から抱えて持ってくる。
材料がそろったところで調合開始。
瓶に分量表示がないところを見ると、この薬は一回で全て修兵にのませなければならないらしい。
まぁ、せいぜい試験管一本半の量だから、そんなに大量のソーダ水で希釈しなくても平気か。
修兵用に買った淡い紫のグラスに氷を落とし、シロップを一気に流し入れる。
そしてソーダを注いでから修兵を抱き上げマドラーを渡してやった。
「くるくるしていい?」と言う質問に「いいぜ」と応じると、銀色のマドラーを持った手が、目の前で小さな円を描き始める。
副隊長時の丁寧な仕事をうかがわせるように、下部のシロップとソーダを混ぜ合わせた修兵は、全体が均一に混ざったところでマドラーを持ち上げ、嬉しそうにそれを口に入れた。
その途端、「あまーい!!」と、嬉しそうに破笑する幼顔。
「こら、行儀悪いぞ」と一応たしなめて見せたが、怒る気は一切ない。修兵もそれを解っている。「ごめんなさいなの、けんせ」と上目遣いでオレを見つめると、可愛い唇が頬にキスをくれた。
その唇にそっとキスを返す。
おそらくこれが、最後のキス―――深く長く触れていたい気持ちをこらえて唇を離したオレは、修兵にグラスを持たせて部屋を出た。
泡の湧き出るグラスを嬉しそうに持つ修兵を、もと居たソファに降ろす。
「飲んでいい?」と聞かれたので、返事がわりに頭を撫でてやると、ぱぁっと瞳を輝かせた修兵は、早速桃サイダーを飲み始めた。
こくん、こくんと小さな喉が可愛い音を立てて甘い液体を嚥下する。
かなりお好みの味だったらしく、途中一度も口を離すことなく、修兵は一気にグラスの中のものを飲み干してしまった。
「仕事上がりのビールかよ」と阿近がからかうように笑う。
その言葉に、少しだけ頬を膨らませた修兵は「だって美味しかったんだもん」と言って、グラスをテーブルに置いた。
その身体に、まだ変化はない。だが、阿近がここにいるということは、きっともうすぐそれは目の前で起きる。
来るべきそれに備えて白羽織を脱いだオレはそれで修兵をくるみ、膝の上に抱きあげた。
「けんせ?」と、首をかしげながらも、修兵は嬉しそうだ。
オレの白羽織に包まれることが、この小さな魂は本当に好きなのだ。
「お仕事いいの?」と問うてくる健気な幼子を抱きしめると、オレを独占できると解った修兵が、ぴったり身を寄せてくる。
「けーんせー…」
嬉しそうにオレを見上げる紫黒瞳。
思わず「幸せか、修兵?」と問うてしまう。
許されるならば、この小さな身体に、もっと幸せな時間を与えたかった。
それが駄目な今、せめて……今この瞬間まで幸せだったのだと。
すると、無邪気な瞳はにこにこ笑って、こう即答してくれた。
「うんっ!修ね、けんせーと一緒だから、一杯幸せ!!」
「……そうか」
ありがとう、と呟き、髪にキスを落とす。
これから先も、ずっと傍にいる。
大人の姿になった修兵を幸せにすることで、この小さな頃の修兵も幸せにし続けると誓って。
すると、目の前の黒髪が、ざわりと蠢き始めた。
始まったのだ。
修兵も、なんだか身体が変だと感じ始めたらしい。
「けんせ、ぇ?」と、不安な声でオレを呼び、腕の中で身をよじる。
「けんせ…けんせ、修、なんか変なの、修、修……」
「大丈夫だ、修兵。オレがいる。大丈夫だからな……」
どういう効能で修兵が元に戻るのは知らないが、身体のサイズが変わるのだ。
何事もなく一瞬したら、はい副隊長、というわけではあるまい。
阿近のことだから、痛みは伴わないだろうが、何某かの感覚は発生するのだろう。
少しずつ修兵の呼吸と鼓動が早まり、頬が赤く染まっていく。
それはまるで風邪をひいたときの症状に似ていて、ひどく苦しそうに見えた。
ぎゅぅと死覇装を掴む手を撫でて握ってやると、少し安心したらしい。
だが、呼吸をするたびに肩が揺れ、頬はもう熟れたリンゴのようだ。
「けんせ、けんせぇ…」
潤んだ瞳で必死に修兵がオレを呼ぶ。
熱を吸い取ってやるように頬を寄せ、一層強く抱きしめれば、鋭く息を呑む音と主に小さな身体が痙攣した。
そして、沈黙―――どうやら、すべて終わったようだ。
だが……
「……修兵?」
何だ?今までと、一体何が違うんだ?
身体をくるんでいた白羽織はそのまま、膝に感じる重みも変わらない。
なにより、握った手の大きさが、何一つ変わっていない……ような気がして仕方がない。
本当に、修兵は元に戻ったのか?
怪訝な思いで、腕の力を抜くと、目の前に、先ほどとまるで変わらぬあどけない顔が現れた。
大きく二三度まばたいた目は、丸く幼い。
握った手を開いてみると、ぷにぷにとした小さな手がそこにはあった。
白羽織を少しかき分けてみても、出てくるのは子どもの身体ばかりだ。
「何だ……」
阿近の薬は失敗だったのか。
まぁ、浦原喜助だって失敗しないわけではないのだからな。
優秀な科学者だって、一つや二つミスはするだろう。
計算通り事が運ばず残念だったろうが、本当に良かった。
阿近には悪いが、オレには何より喜ばしい。
まだしばらくは、この小さな修兵に幸せな時間を与えてやれる。
そうと決まれば、今日はもう家に帰ってひそかに祝杯だ。
視界を埋める幼い笑顔に頬が緩むのを抑えきれないまま、白羽織を脱がせようとした、その時だった。
「んみゃぁー?」
「……あん?」
猫の声?どこかから四楓院夜一でも迷い込んだかと、室内を見渡す。
だが、どうも声の発信源が近かったような。
「みゃー、あぁ?」
そうそう。なんだか目の前から聞こえて……
「……なっ!?」
「みゃーぅぁ?」
オレを見つめる大きな紫黒瞳。
小さな鼻と唇、ぷくんと膨らんだ頬、ふわふわと揺れる猫っ毛と…そこから生えている猫の耳。
自分の目で確かに見ているものが、それでも信じられずに呆然とする。
すると、修兵がとどめの一鳴きをご披露してくれた。
「みにゃーぁ」
「っっ……―――阿近っ!!!」
オレとしては、とりあえず叫ぶしかない。
何だ、何だ!どういうことだ、これは!?
だが、怒鳴りつけた相手ときたら、また腹立たしいくらいに落ち着いて、
「はいはい。いやー、まさかこうなるとはねー」
「こうなるとはねー、じゃねぇ!!どういうことだ!!」
「いやー失敗失敗、や、時間がたてば元に戻りますよ」
「戻りますよ、って、そんな簡単にだなぁ…!」
まったく、今の状況がとんでもないって自覚、あんのかよ…!
のほほんとした様子の阿近は、全くあてにならない。
他にも異常はないかと、白羽織を身体から引っぺがす―――と。
「お、いい眺め」
「?……あっ!てめっ!!」
「あららら、惜しいなぁ」
「阿呆!!惜しいじゃねぇ!」
「んみゅー…?」
「あ、あぁ、すまん。お前に怒鳴ったんじゃねぇから、な?」
「みぁーぅ」
「そうだ。そうそう、もう一回、これでくるんでやるから。ほら、こっちに来い」
「みゃ?みゃーぁぁぁぁ」
「ん、それでいい……」
にやにや笑いを続ける阿近から、小さな体を覆い隠す。
腰に手を当て身体を引き寄せると、嬉しそうに抱きついてきた修兵の耳が、首元でぴこぴこと動いた。
柔らかい毛にくすぐられ、顎のあたりがこそばゆい。
そして、右手に有るべきはずのないものの感触―――着物の裾をまくりあげ、阿近の目に可愛い尻を晒させた張本人が、布越しにもぞもぞと動く。
「……尻尾、だよな」
「尻尾ですねぇ。黒くて少し長め、ただし毛がふさふさしているから、大分ボリューミーに見えますね。耳も同色。同じように毛がふっさふさ、と。ふーむ、これは予想外」
「……お前、ずいぶんと冷静な」
「科学者って言うのは、こうでなきゃ失格っすよ。予想外のことが起きるたびにうろたえてるんじゃ、話にならねぇっす」
「へいへい、そーかい」
「それで……さて。こりゃあ、どうも失敗だったようっすねぇ」
「そのようだな。修兵の身体に、害はねぇんだろうな」
「平気だと思いますよ。まぁ、変化させるための薬の調合の方向性に、ちょいと予想外があったってことっすね。見たところ、変化自体はこれで止まってるみたいですから、薬の効能が切れて、またもとの子どもの姿に戻るまで、このままでしょうね」
「このままって……軽く言ってくれるぜ」
「それ以外どうとも言えないですからね。それにしても、猫とはまた可愛いことで」
……まぁ、それはそうだがな。
「とりあえず、下手にこれ以上薬を投与するより、効き目が切れるのを待った方が、修兵のためだと思いますよ」
「つまり、このまましばらく……」
「えぇ。猫のまんま。あんたも嫌じゃなさそうですしね」
「…………」
「無言は了承、ってことっすね。んじゃ、これ……」
「?……なんだ、これ?」
「観察日記っす」
「……はぁ?」
「みぁー?」
手渡された一冊のノート―――それは今、オレがこの文章を書き入れているものだ―――を、しげしげと見る。
どうやら、実験記録用に阿近が日々用いているものらしい。
だが、妙に用意が良すぎるような気がするんだが……?
「おい……」
「やだなぁー、科学者は物事の先の先を読むもんですよ。元に戻した修兵に、自分自身の経過記録を付けさせようと思ってましてね」
「……じゃ、何で「観察日記」ってタイトルが書いてあるんだ、表紙に」
「自分で自分の観察ですよ。基本でしょ?」
「………」
何とも疑わしい、だが、こいつを追及したところで仕方がない。
薬は既に修兵が全部飲んでしまったし、幸いにしてその変化は歓迎すべきもの。
今も、オレが手にするノートを、ぺちぺちと興味深げに叩いている修兵は幼いまま。
猫の耳と尻尾というオプションが少し付いたものの、それも修兵の愛らしさを増やしただけだ。
一応、それでもやれやれとため息をついて見せたが、本意でないことなど阿近には端からばれている。
相変わらず、にやにやと笑った阿近は、「ま、猫になっても、変わらずあんた一筋みたいだし、あんたも可愛い修兵と一緒で嬉しいでしょ」
そう言って、よっこらせと席を立った。
「なんだ、もう帰るのか?」
「えぇ。今回は失敗だったとしても、それはそれで、もとに戻すための薬は必要でしょう?修兵がこうなったことを記録して、次こそ失敗しないようにしますよ。まぁ、あんたがそれを望むかはさておいてね……」
「あぁ、一応よろしく頼む、とだけは言っておくぜ」
「へいへい。ま、何事もないと思いますけど、不測の事態が発生したら、すぐにオレん所に連絡ください」
「了解」
「じゃぁ、修兵。目一杯、六車隊長に可愛がってもらえよ」
「んーみゅ」
「よし、良い返事だな。んじゃ、失礼します、六車隊長」
そう言うと、にまにまと笑いながら阿近は帰って行った。
まるで、なんとかという話の、なんたらっていう猫のように、結局、終始笑いが崩れなかったな、あいつ。
猫は猫でも、この可愛い修兵とは大違いだ。
観察日記と銘打たれたノートをテーブルに投げだし、もう一度、白羽織から小さな身体を出してやったオレは、ぱちぱちと瞬く大きな紫黒瞳に、笑いかける。
「子どもの次は、猫か……お前も大変だな」
「みゃーうみゃ」
「ん……修、またよろしくな」
「んみゃーぁ…みゃぅぅん」
「お、っと……何だお前、猫になったら更に甘えたかよ……」
死覇装の中に潜り込もうとする小さな身体、それをしっかり抱きとめてやりながら、頭を撫でる。
指で猫耳をかすめるように撫でると、気持ち良さそうに喉が鳴った。
どうやら、今日はもう仕事は店じまいだな―――おそらくすぐにやってくるであろう白や真子達と、護廷隊すべてを覆う明日からの喧噪を思い浮かべながら、ひとまず家に帰るかと、オレも席を立った。
懐に潜り込んでいた仔猫が、その途端、きょろきょろとあたりを見回す。
いきなり視線が高くなったから、驚いたのだろう
「みゃ……」
「ん、よしよし、大丈夫だぞ」
怯えたように鳴いた仔猫を、しっかりと腕で支えてやる。
その途端、柔らかい腕が伸び、瞬く間にオレの首へと巻きついていく。
猫になっても変わらないその動きは、本当に愛おしい。
そのままいつもの定位置へと身体を収めた仔猫の顔を覗き込むと、柔らかい唇が、そっとオレの口角に触れた。
小さくて愛らしい、桜色の唇。
まだしばらくの間キスを許されたそれをゆっくり塞ぎながら、首元をくすぐるふわふわとした猫耳の感触に、オレはしばし身をゆだねた。
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