■ 譲歩不可能 ■
「よぉ、今日はオレの方が早かったみてぇだな」
「拳西さん!」
1トーン高くなった声と、その声が放った名前に、あぁ、またかとオレは思った。
もう、この人の視界に、自分は入っていない。
この人が視ているのは、長年焦がれた銀色。ずっと傍にいた赤じゃない。
(あーぁ……)
一体、どこから色々と歪んでしまったのか。
全てが終わって、平和になったはずだった。
ところが、オレに限って、今は全く平和ではない。
心の平穏なんて、現世より遠いところにある代物になってしまった。
少し前は、こうじゃなかった。
副隊長という同じ立場にある者同士、そして霊術院での先輩後輩関係も手伝って、暇さえあれば、オレとこの人は
ほとんど一緒にいたように思う。お互い忙しい身であったが、飯も食ったし酒も飲んだ。莫迦な話も山ほどした。
だが……最後にまともな会話をしたのは、一体いつのことになるのだろう。
現世を巻き込んだゴタゴタが終結してからは、いつもそうしていたように飯に誘っても先輩は来ない。酒席も同様。
いまや乱菊さんとの酒席でさえ、綺麗さっぱりと欠席の返事を返してくるのだ、この人は。
この人をしてそうさせるのは、いとも簡単に、自分達の間に入り込んできた、目の前のこの男。
過去、9番隊の隊長を務め、そして今もそうであるこの男の名前は、六車拳西。
自分よりも更に筋骨逞しい身体、その腹部に刻まれた6と9の文字。
その数字を、オレはもうずっと見てきた。
そしてずっと不思議に思っていた。
69の意味---それを聞くことが出来なかったのは、己の意気地なさのせいとして、けれどまさか、こんな理由だ
なんて思わなくて。
それは反則だろうって、心から思った。ついでにそう叫んでおいた……心の中と吉良の前で。
現9番隊隊長、六車拳西。
あの綺麗な顔に、あっさりと永遠の印を付けさせた男。
消すことが出来ないって、先輩はちゃんと解っていたのだろうか。
いや……むしろ消えないことこそを求めたのかも知れない。
ならば、もうずっと、常に、この人の中で一番大きな存在だったのだろうか。
生きているのか死んでいるのか、それすら解らず、もちろん会えるはずもなかった間も、ずっとずっと……雛森よりも
吉良よりも乱菊さんよりも東仙元隊長よりもオレよりも………六車拳西はこの人の中で一番の存在だったのだろうか。
この男が9番隊の隊長に復帰したのも、檜佐木先輩たっての願いだったと聞いている。
今や隊長になってもおかしくない力の持ち主の檜佐木先輩は、なのに六車拳西の下に残ることを選んだ。
否、選んだと言うよりも、切望した、と言うほうが正確だろう。
それは一角さんと同じ−−−−−この男の傍に居たいがための選択。
本当の強さを、あの土壇場まで隠していたのも、一角さんと同じ−−−望まぬ人事がいやだったからだ。
自分が存在する場所を、自分自身で決めきっていたのだろう。
六車拳西が隊長として帰ってくると、信じて疑わなかったのだ。
そして先輩の切望に対する山本総隊長の返事は『許可』の二文字。
総隊長の意図がどこにあるのかは知らない。
だが、以来、揃いの衣装も眩しく、いつしか「69コンビ」のあだ名まで拝命した二人は、まるでこれまで一緒にいられ
なかった時間を惜しむかのように、常に一緒にいる。
それはまた、久南白が三席を務めているからこそ可能なのだろう。
六車隊長とはまた違った意味で先輩を溺愛している久南白は、誰より二人の味方。
まぁ、それを言うなら、元仮面の軍勢メンバーの全てが、先輩を溺愛していると言っていい。
でなければ、オレがこれほど先輩とコンタクトがとれなくなるはずがない。
何かにつけ、いつもさりげなく邪魔が入ってくる。
それはオレの被害妄想ではないはずだ。
しかし、そうやって環境が整ってしまえば、この男と先輩が一緒にいない理由など、何一つ存在しないわけで。
結果、 まともに話せる時間は激減し、顔を合わせることすら稀になってしまった。
今やオレがまともに触れられるのは、他人の伝聞による断片的な情報の先輩のみ。
そしてその全てが、六車拳西とセットのもので。
しかも、まるでどこぞの新婚夫婦のエピソードを聞いているかのような話ばかり。こちらに戻ってきたのが急で、隊舎
以外に住む場所を持たない男は、先輩宅に転がり込んでいるらしく、常に寝食を共にしているのだとか。
信じたくはない話だが、今でも先輩の家によく遊びに行くという吉良がそう言うのだからそうなのだろう。
こうやって、先輩一人と接触できる副官会議の場でさえ、あの男の影は消えることはない。
ついでに、先輩自身のガードもメチャメチャ堅い。
司会を務める1番隊副隊長の目を盗んで、隣に座る先輩にお誘いの文言を連ねた小さな手紙を送ってみたのだが、
同じく手紙で返ってきた返事は大層つれないもの。
『悪いけど、今日は六車隊長と約束があるから』の一文。
(………今日「は」じゃねぇだろ。今日「も」だろ)
そうつっこみたいのは山々だったが、いざとなれば実力行使に訴えればいいか。
呑気にそんなことを考えながら会議を過ごしたわけだが……甘かった。
先輩と六車拳西、この二人は隊首会と副官会議でどうしても離れなければならないとき、必ず先に終わったどちらかが、
もう一方がいる場所までやって来る。その事を、すっかり忘れていた。
それでもせめて、こちらが先に終わってくれたなら、隊首会に行こうとする先輩を引き留められたかも知れない。
………が。今日は、隊首会の方が早めに終わっていたらしい。
会議終了の宣誓がとぶなり、物凄い勢いで開いた扉の向こう、先輩の眼に、見事にバランスのとれた逞しい身体がうつる。
「よぉ。今日は、オレの方が早かったみてぇだな」
「拳西さん!」
そして、この遣り取りになったわけである。
副官会議場の入口で自分のことを待っていた六車拳西を見つけるなり、先輩は嬉しそうにその名を呼んだ。
次いで、書類をまとめることも忘れ、飛ぶような勢いで男の元へ。
(あーぁ……)
オフィシャルな場ではなるべく「六車隊長」と呼ぶようにしているようだが、こんな風に何かの弾みで先輩の感情は表に出る。
それが、皆の前での「拳西さん!」
これって無意識、なんだよなぁ。だからこそ切ないんだけど。
思わず出てしまった無防備な言葉に、はたと我に返った先輩だがちょっとばかりそれは遅かった。
一瞬の後、聞こえてきたのは大爆笑の嵐。
六車隊長にくっついてきていたらしい面々が、後ろで腹を抱えて笑っている。
その筆頭が平子真子現3番隊隊長であることは言うまでもない。
「ぎゃははははは!愛されとんなー、拳西!!なー修兵、オレのことも真子って呼んでぇな。そしたらオレ、この後の
仕事めっちゃ頑張れそうやねんか」
「え、ひ、平子隊長?」
「ちゃうってー。真子や、しーんーじ」
「おい、修兵をからかうんじゃねぇよ、真子!」
「何やねん。拳西ばっかり修兵に愛されんのはずるいわ」
「愛っ……」
「お?何や拳西、顔赤いでー?」
「なっ……」
「ひ、平子隊長、拳西さんをからかうのはやめて下さい!」
「んんー?ほーら、やっぱり愛されてるやんけ」
「平子隊長!」
「真子!」
「ぎゃはははは!見事にシンクロー!!」
再度大爆笑した平子隊長が、いとも身軽な動作で、ひょいと2人の追撃をかわしていく。それを本気で追いかけようと
する六車拳西に、そんな自隊の隊長を必死で押し止めている檜佐木先輩。全く騒がしいことこの上ない。
しかし、その光景は先輩に想いを寄せているもの以外の死神達にとって見れば微笑ましいと映るもの。元々あまり感情を
表に出さず、藍染達の件があってからは更に無表情を決め込んでいた先輩のこの変化を、むしろ奨励するものの方が多い。
元来、整った顔立ちをしている檜佐木先輩だが、笑うととても人なつっこい表情を見せるのだ。
それがほぼこの男に対してだけのものであったとしても、周囲の多くはこの先輩の変化を微笑ましく見守っていた。
現に今も、この場にやってきていた浮竹隊長と京楽隊長の2人が、
「檜佐木君、明るくなったねぇ」
「元々美人だったけど、今は可愛いのも加わって、もっと良いねぇ」などと、妙にかみ合ってない会話を交わしている。
確かに、元仮面の軍勢の面々といるときの先輩は、表情がくるくると変わってとても可愛い。
だが、オレにとっては、それだけで済ませられる問題ではないのだ。
(はー……切ねぇー……)
相思相愛の仲じゃない。それは今まで、はっきりと気持ちを伝えられずにいたオレに大いなる非がある。
だから、間違ってもオレと先輩が恋人っていう関係じゃないって解っている。
ただ、他の誰よりもオレはこの人の傍にいた−−−はずだ。
院生時代、あの事件の後から、一体どれ位の月日が経っているというのか。
先輩が生きてきた時間を、一番長く共有しているのは、間違いなくオレだ。
なのに……。
(あ、やべぇ……)
オレがオレであるが故の感情−−−つまり沸点の低さが、ここへ来てのっそりと表れた。
元来やられっぱなしは性に合わないんだ、オレは。
キスの一つでも奪ってやって、六車拳西以下、元仮面の軍勢を呆然とさせてやる。
その後、90番台の鬼道をくらおうが、断地風くらおうが知ったことか。
こんな風に後先を考えないのも、オレの性格。
そうと決めたら、とっとと頂くものを頂いてしまおう。
ひょいと机を乗り越え、気配を殺しながら先輩の背後に立つ。横目に見えた吉良と乱菊さんが何事か言いたげな表情
だったが、この際見なかったことにして、オレは先輩に向けて手を伸ばした−−−−が。
「甘ぇーな」
「えっ、拳西さん?」
「……げっ」
100年近く現世にいたとしても、さすがは隊長格。甘く見ていた。
オレの意図を素早く察知したらしく、さっさと先輩の身体を抱き取ってしまった六車拳西は、オレが浮かべるはずだった
「してやったり」の笑顔を浮かべ、なおかつ先輩を完全に抱きしめてしまった。
細身の檜佐木先輩は、この大男の腕の中にいるとまるで守られているかのようだ。
必要以上にはだけたその胸元に、ほんのりと肌を染めた先輩が寄り添う。
また腹立たしいことに、こう言うときに限って平子隊長達は2人の行動に茶々を入れないのだ。
先輩も先輩で、全ての副官がまだ残っているこの場で、けれど自分を抱く腕を振り払う気配は微塵もない。
それでも、男の急な行動を不思議には思ったらしい。
「あの……?拳西さん、オレ、何か……」
「んー?あー、何かって言うか……疲れてるんじゃねぇかと思ってな」
「疲れてる?オレがですか?」
「他に誰がいるよ。少し顔色が変じゃねぇか?ほら、頬が赤い」
「え、そ、それは……」
「んー?」
「……っ」
69の墨が入っている右頬を、大きな手が優しく撫でていく。
他の誰でもない六車拳西にそうされて、先輩の体温が上がらぬワケがない。
一瞬で真っ赤になった顔は、先輩の気持ちを何より雄弁に物語っている。
切れ長の目は潤み、赤みの強い唇は半開き。
くそ……何だよその顔、すっげぇ可愛いし色っぽい。
為す術なく先輩の魅力に完全に充てられてしまったオレの前で、濃密なラブシーンは更に続く。
「修兵……な、今日の夕飯はオレが作ってやるよ。それもお前の好きなモンだけ」
「そんな、今日はオレが当番ですし……」
「いいから。こんなに赤い顔して、風邪のひき初めじゃねぇのか?そんな状態のお前に飯をつくらせてみろよ。真子
や白が黙っちゃいねぇっての。そうだろ、真子?」
「まーな。よぅ解っとるやん。ついでに今日はオレらも一緒に飯食うってことも解ってるんやろー?」
「あぁ?許可した覚えは……」
「あるよなぁ。なー、拳西?」
「……ちっ、解ったよ」
ダシに使った手前、断り切れないと言うところか。
無論、先輩が風邪なんてひいてるわけはないし、疲れがたまってるというのもおそらく大嘘。
顔が赤くなるのは、全部六車隊長の行動によってだ。
そんなこと、先輩自身が一番解っていそうなものだが、もうそれを主張する気はないらしい。
それどころか、まるで魔法にでもかかったかのように、どんどんその身体から力が抜けていってる。
なんだか本当に、体の具合が悪いみたいだ。
否、これは……もしかして、六車隊長に甘えてる?
あー……間違いない。だって、六車隊長にどんどん自分の身体を預けて行ってる。
それをまた目敏く見つけた平子隊長が、のほほんとこう言う。
「あー、修兵、大分具合悪そうやな。拳西に寄っかかってしもて。ほんなら、はよ帰ろっか?」
「そうだな…・っと」
「え?わぁ・…っ!け、けけけ拳西さん!?!?」
「あああああああああああああ!!!!」
今の今までぐうの音も出なかったオレだが、この六車隊長の行動にはさすがに声が出た。
まるで羽根布団でも持ち上げたかのように、いとも軽々と檜佐木先輩を抱き上げて、そのまま姫抱っこ。
さすがの反射能力で咄嗟に六車隊長の首に腕を回した檜佐木先輩の耳元に
「全部オレに預けてろ、修兵。お前一人くらい何でもない」
そんな瞬殺台詞を低音ボイスで囁いた六車隊長は、夜一さん顔負けの瞬歩で一瞬にしてオレ達の前から姿を消した。
時間にして、わずか一秒足らず−−−だが、もう霊圧の痕跡すらない。
「はー……さすが。修兵がからむと倍速やわ」
「見事だね。けれど……どうする?後を追うかい、真子?」
「野暮なことしなや、ローズ。拳西、火ぃ付いてしもうたからな。少なくとも3時間は無理やろ」
「はぁ!?」
オレにとってはとてつもなく物騒な言葉に、思わず目を剥く。
「火がついた」って、そりゃ何だよ!
「平子隊長!」
「あー?」
「いや、な、ななななななんすか、今の言葉!」
「はー?聞いたまんまやけど?大体お前が原因やろ?お前が余計なちょっかいだそうとしなければ、拳西かて
あないにマジにならんと、オレらも無事に予定通り、修兵と楽しいディナーを楽しめるとこやったんに……」
「えぇええ……ちょ、オ、オレのせいだって……?」
「そ。自業自得や」
「ぐぁ……」
自業自得−−−その言葉は、千本桜より攻撃力大だった。
まるで頭に十トン以上の隕石が降ってきたかのような衝撃を受け、オレは唖然呆然。
「ほな、皆行こうやー」
そんなオレを後目に、元仮面の軍勢組がぞろぞろとこの場を去っていく。どうやら、平子隊長の隊舎で、2人の
合流を待つことになったらしい。皆のしんがりをつとめながらオレに背を向けた平子隊長は、最後の置きみやげ
とばかり、オレに向かって片目を瞑り、ちょろりと舌を出して見せた。
『健闘は認めるけど、まだまだやね』
何だかそう言われているような気がして、オレはがくりと肩を落とす。
しかもそんなオレに、まるで同情を寄せるかの如く、
「……恋次、今日はとことん飲もっか」
「阿散井君、六車君相手じゃ分が悪いねぇ……」と、声を掛けてきた乱菊さん、並びに京楽隊長と
「……とりあえず君のチャレンジ精神だけは買うよ」
と、生ぬるい視線でオレを見る吉良に、オレは更に肩を落としたのだった。
………非常に遺憾ながら、オレが突き進もうとしている道は、どうやら相当険しいものらしい。
あとがき:抑えきれずに書いてしまった拳修です。
これで、結構ウチの拳修の立ち位置が解るかな、と。
えーと、うちのサイトで拳西のライバルは4人。恋次、一護、日番谷、阿近です。
拳西が一番ライバルとして認識してるのは……あー、一護かなぁ。
でも、こう、恋次みたいにバチバチって感じではなく、ライバルとして認めてるからこその
大人なバトル。日番谷もそんな感じ。修兵のことを大事に思っているって、拳西は認めてる。
東仙がいなくなって、拳西に再会するまでの間、さりげなく修兵をフォローしてくれてたことを
拳西は心の底から感謝してます。でも、修兵は譲りません。
阿近は更に大人。阿近は修兵のことが好きでしょうがないんですが、一対一の恋人関係になったら
修兵のことを壊してしまうんじゃないか、っていう自己分析があるので、だからこそ時々技局で
修兵に会って、他愛もないじゃれるような会話を交わすのが好き。そんな距離感を大事にしてるのが
阿近じゃないかと。
一番すったもんだするのは恋次でしょうね(笑)非常に解りやすいvs関係。
拳西も恋次が相手だと、結構ムキになります(笑)同じタイプだからかなぁ。
恋次はあの手この手で修兵を奪おうとしますが、なにせ元仮面の軍勢組が相手なので、大変です。
負けじと作戦練りますがブレーンに乱菊さんと京楽隊長を選んだ時点で作戦負けかと。
結果、吉良に愚痴って吉良が「うへぇ……」って感じで呆れてるといいと思います。
「何でオレの気持ちに気付いてくれねぇんだよー」って恋次は思ってますが、大変残念なことに修兵さんが
激的乙女なので、拳西しか見えてないんですよ。頑張れ恋次!
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