■ Trick and Treat! ■





(あっの野郎!!勝手に休暇を取りやがった………!!)

隊首室の扉を開ける少し前から感じていた、嫌な予感。
そして、それが目の前で現実となっていたことに、九番隊隊長六車拳西の堪忍袋の緒は、光の速さで真っ二つに切れた。

「っ………!どうしたんですか、拳西さん!?」

恋人兼上司。
そんな相手の霊圧が、いきなり急上昇すれば、恋人兼優秀な部下の身体は反応する。
反射的に刀の柄に手をかけ、抜刀体勢に入った修兵は、自身も霊圧を解放させようと、ぎゅ、と奥歯を噛みしめた。
だが、緊張させたその手を、そっと抑えられる。
「え?」と驚いたのは、その手の主が、緊張の原因である拳西だったからだ。

「何か……拳西さん……」
「いや、悪い。ちょっと驚かせたな。侵入者や敵の類じゃねぇから、安心しろ」
「?……じゃあ?」
「―――……はぁ」
「け、んせいさん?」

隊首室に異常がないのは喜ばしいことだが、拳西の様子は当然気になる。
やけに脱力した様子で部屋の中へと入っていくその後を追うと、拳西の執務机の上に、なにやら見慣れぬものが置いてあるのが解った。

「?……かぼ、ちゃ?」

いや、それにしては、妙に表面がつやつやとしているし、なにより、いつも自分が食卓に出しているカボチャとは、皮の色が違う。
それに、カボチャにあんな、へんてこりんな模様はない。

でも、形はカボチャ……。

「何ですか、これ……?」
「ハロウィンの菓子だろ。白の奴、あれほどハロウィン休暇なんて認めねぇって言ったのに、てめぇで勝手に休暇を取りやがった……!!
こんな菓子なんぞで、オレが許すかってんだ!!次に出勤してきたらただじゃおかねぇ………!!」

「はぁ……はろ、うぃん……?」
「ん?」
「あの、拳西さん……はろうぃん、って?」
「え?お前、知らないのか?」
「はい。何かのイベントですか?」

それに、これってカボチャ?――― そう言って、きょとんと目を丸くしながら、修兵がジャックランタンを模したお菓子のポッドを手に取る。
サッカーボールくらいの大きさのそれは、綺麗にコーティングされたプラスチックで出来ているらしく、案外軽い。

へたの部分がフタになっているようで、そこから少し甘い香りが漂ってくる。
鼻腔をくすぐるそれは、チョコレートやキャラメルの香りだ。
甘いものが好きな修兵の顔が、途端に「わぁ……」と、嬉しそうに笑んでいく。
先程の緊張感みなぎる副隊長とはまた違う、あどけなさ満点の修兵。

(……はは。こうしてると、まるきり幼いな)

それこそ、ハロウィンで菓子を貰った子どものように無邪気なそれに、それまで拳西をいらつかせていた白への怒りは消えて行って
しまったようだ。
きっと、百余年前のあの時、この手に引き取っていられたなら、誕生日やクリスマスやハロウィンの度に、幼い修兵が、
こうして笑う姿を見られたに違いない。

いや、自分の前でなら、修兵は子どもに戻る。
甘いお菓子を目にして無邪気に笑う、こんな幼い姿に。
「美味しそうな匂い……」と、うっとり眼を細めた修兵の様子に、ふ、と穏やかな表情を浮かべた拳西は、恋人をソファへと誘う。

「朝一から休憩ってのも不真面目だが、ま、今日くらいは良いだろ。修兵もそれ、食いたいだろうしな」
「えへへ……お見通し、ですね」
「まーな……しかし、まだ尸魂界には根付いてる行事じゃねぇんだな。そりゃ、知らなくて当然だ」
「えと……それって、この……」
「あぁ。ハロウィンってのは、現世のイベントでな。神無月の最終日に、色々な格好した子どもらが、近所の家を回って菓子を貰っていくってやつで、
ちょうど……今お前が持ってるような、カボチャの形した入れ物なんかもっていくわけだ」

「へぇー……このカボチャは、じゃあ……ハロウィンのメインキャラクターってことですか?」
「そんなとこだな。他にも、蝙蝠やら幽霊やら悪魔やら……」
「?……恐いものメインのイベントなんですか?」
「んー、オレも詳しくは知らねぇんだけど、その手の飾り付けが多いのは確かだな。ハロウィンの時期に売られる菓子なんかは、
だいたいこんなパッケージだしな」


そう言って、修兵が持っていたポッドを開け、拳西は中から一つチョコレートの包みを取りだして見せた。
白いアルミホイルに包まれた丸っこいそれには、ぺろりと舌を出したコミカルなお化けの顔が描かれている。

「あっ、可愛い……!」と、笑った修兵の口に、アルミを剥いたチョコを放り込んでやると、修兵はもぐもぐと美味しそうにそれを食べた。
「ん……それにしても、さっき拳西さんが怒ってたハロウィン休暇っていうのは……」
「あぁ、白の莫迦が勝手に決めたことだ。ったく、嫌な予感はしてたぜ……ここんところ、鉢玄の所に行く時間は長かったし、浦原商店から、
やたらとでけぇ荷物が隊に届いてたし」

「そういえば……随分、うきうきとしてましたね、白さん。そっか。ハロウィンが楽しみだったからなんですね。確かに、楽しそうなイベント」
「おいおい、そう気楽に言ってくれるなよ。あの野郎、このままだと、毎年確実に自主休暇だぜ?」
「それなら、有休を―――」
「おーまーえーなぁ……そんなに白のこと、甘やかさんでいい。仕事させろ、仕事!」
「はは……でも、白さんって、乱菊さんに似てるから、どうしても……そうなっちゃうって言うか。それに、ハロウィンをしっかり楽しんで、
リフレッシュして貰った方が、きっと仕事の効率も上がるんじゃないですか?」

「はー……まったく、お前は。それでお前に負担がかからないならいいが……」
「大丈夫ですよ。オレ、デスクワーク好きですから。それに……」

拳西さんと一緒なら、お仕事一杯でも、オレは満足ですから―――そう言って、修兵がふわんと笑う。
見事な不意打ちは、当然……見事に決まり、「う、っ……」と拳西が絶句する。
そんな拳西の様子に、きょとんとしながら、ポッドからもう一つチョコレートを取り出した修兵は―――今度はカボチャの包み紙の―――
それを、ぱくんと頬張った。

そして、ふやぁ…と頬を緩ませながら、拳西に言う。

「でも、白さんじゃなくても、わくわくしますね、これ。仮装してお菓子をもらいに行くなんて、大人でも楽しいイベントになりそう」
「そうかぁ?なんだったか……トリック、オア、トリートとか言いながら、ずらずら夜の街を練り歩くだけだぜ?第一、準備の労力への
対価が菓子ってのはなぁ……」

「?………とりっく……おあ、とりーと?何の呪文ですか、それ」
「呪文……と言えば、呪文か。「菓子くれなきゃ悪戯してやる」って脅し文句みてぇなモンさ。つまり悪戯されたくないから、
菓子をやるって言う……形式化されたやりとりだな」

「へぇー……」

それでお化けみたいな恐いものが主役なのかなぁと、修兵が考え込む。
どうやら、持ち前の好奇心が姿を現したらしいが、それだけではないようだ。
元々、現世の文化には好きなものが多い修兵。
加えて、大好きな拳西が長い時間を過ごしていた場所となれば、自然、現世に対する思い入れも強くなるのだろう。

それに、今回のハロウィンはまた、修兵の好みにぴったりマッチしたらしい。
「トリック、オア、トリートかぁ……」と、口にしてしまうのは、ちょっとやってみたいなと思っているためだろうか。

(ま……そうしてやってもいいけど……)

どうせこの分だと、白が勝手に色々と準備をしそうだし、現世でもそれに付き合っていた真子たちが、ここでもそれを実施することは想像に難くない。
恐らく、数年もすれば、ハロウィン自体、尸魂界に定着することにもなろう
修兵が仮装するというのも、悪くない。

(修兵が仮装するったら……やっぱ、猫だな、猫)

そんなことをつらつらと考えていると、その修兵が、くぃくぃと羽織を引っ張ってきた。
「ん?」と視線を向けてやると、上目遣いでこちらを見つめる紫黒瞳。
それこそまるで猫のような瞳が、すこしうるりとしている。
これは………

(おねだり、か……?)

大正解。
僅かな仕草でそれを察してしまうのだから、さすがは拳西である。
きっと、その内容は可愛いものだろう。
口の端に笑みを浮かべながら頭を撫でてやった拳西は、優しくそれを問う。

「どうした?もう少し…・休憩したいか?」
「うん……それと、その……今、ちょっとだけ、ハロウィン、してみたいな……って」
「ハロウィン……?けど、今は仮装とか何にも出来ねぇぞ?それに、どうせ白や真子たちが夜になれば―――」
「や、今、拳西さんとしたいの……」
「なんで……」
「だって……初めてのことは、全部、拳西さんと二人でしたいもん……」

一杯、拳西さんに教えてもらいたいもん―――そう言って、修兵がきゅぅと白羽織を握る。
この時点で、拳西の理性がすっ飛ばなかったのは、恐らく奇跡に等しい。
だが、時間の問題……であったようだ。

「ん……じゃあ、どうしたらいいんだ?」

そう言って、さりげなく修兵を抱き寄せる。
修兵が抱えているジャックランタンのポッドが少し邪魔をしてくれたが、すぐに綺麗な顔が、いつものように拳西の肩口にこてんとのった。
腰に回した手で脇腹をくすぐり、こちらと近くなった唇をそっと撫でると、くすぐったそうに笑った修兵は、ほんのりと頬を染めてこう言う。

「あのね……トリック、オア、トリート……」
「ん?」
「お菓子くれなきゃ、悪戯……しちゃいますよ?」
「あぁ?……なんだよ。随分可愛い脅し文句じゃねぇか」
「ぅー……拳西さん……」
「解ってる解ってる。ほら……じゃあ、口開けて待ってろ」
そう言って、修兵が抱えたままのポッドから、また一つチョコレートを取り出した拳西は、蝙蝠色のアルミをはがし、中身を修兵の唇にあてがってやった。
すると、ゆっくり開かれた二枚の紅弁、そこに静かにチョコレートを押し入れる。
そのまま舌の上まで導いてやったチョコレート、だがそのまま指を出すのは惜しい。
柔らかい舌の上で、少し指を動かすと、じっとしててと言わんばかりに、修兵がかぷ、とこちらの指を噛んできた。

「は、む……」
「修……指は食うなよ……?」
「む、ぁぅ……」

修兵も、チョコレートを噛んで飲み込むつもりはないらしい。
一口大の球体が、じんわりと甘い液体に変わるまで、ゆっくりとそれを舌の上で転がしながら、一向に溶けないもう一つの固体を舐めていく。

「………やっぱ、猫だな」
「ん……」

やがて、こくん、と白い喉が鳴ったのを機に、拳西が指を戻していく。
その僅かな間にも、可愛い舌は指に残ったチョコレートを綺麗に舐め取っていってくれた。
そうして修兵の口内から脱してみると、目の前の顔が、艶っぽく上気している。
単に菓子を貰っただけの幼い顔ではない。
零れんばかりの色香を含んだ、大人の顔だ。
思わず、拳西の背筋がぞくりと泡立つ。
そして……理性という名のストッパーが、徐々にその存在を滅していったのを自身で確認した拳西は、なお一層恋人を強く抱きよせ、
耳元でその名を低く囁いた。


「なぁ……修兵」
「っ……ん、なぁに……けんせぇさん……」
「んー?……美味かったか?チョコレート……」
「はい……とっても」
「じゃあ、今度はオレの番だよな」
「?……あ、トリック、オア、トリート……?」
「あぁ……いいか?」
「はい。いいですよ……?」

いつでも―――そう言って、修兵が悪戯っぽく笑う。
その手は、自身が抱えているポッドの中。準備万端らしい。
それを見た拳西が、にやりと笑って言った。

「修兵……トリック、オア、トリート……」
「ふふ……はい。どうぞ」
「んー?なんだ、これ?」
「何……って、お菓子ですよ。悪戯をされないための」
「これが?」
「えぇ……だって……っ?」

ハロウィンのお菓子ってこれなんでしょう?
だが、口から出るはずの言葉は、びくんと反応した身体の動きで遮られてしまう。
奇襲成功に気をよくしたのか、拳西の唇は第一手から次の手へ―――優しく噛み付いた耳たぶをそっと舐め、そのままうなじをするりと降りていった。
既に片手は、修兵の死覇装の中だ。
手のひらで薄い胸板を触り、時折、爪で鎖骨のあたりをひっかいていく。
拳西だけが知っている弱点を責められ、修兵はたちまち力の抜けていく身体で訴えた。


「ひゃぅ、ん……け、んせ、さ……や、なにして……」
「何って……菓子をくれなきゃ、悪戯するぞって、言っただろ?」
「おか、し?それは、だ、だから、これ……っ」
「んー……そりゃ、ガキの菓子だろ?」
「ふ、ぇ……?」
「なぁ、修……オレはガキじゃねぇんだぜ?チョコレートの一つや二つで、悪戯を止めると思うか?」
「え、そ、そんなこと、言われて……も、っ、あ、ぁんっ……」
「んー……ほら。早く菓子くれないと、このままどんどん悪戯してっちまうぞ?それとも……その方が良いか?」
「や、莫迦ぁっ……そんなの、っ、ずるぃ……」
「なんで?」
「だ、ってだって……拳西さんが言う、お菓子、って……」
「んー……そうだな、多分、それで合ってるぜ、修」
「ふ、ゃん……っ、それ、……じゃ……」
「………ん。大正解。トリック、オア、トリートじゃなくて……」

トリック、アンド、トリートってわけだ―――既に真っ赤になった肌を、そこかしこでしどけなく見せている修兵に、拳西がふ、と笑って囁く。
次いで、「どっちが先だ……?」と問うと、更に真っ赤になった修兵は、

「どっちも……ちゃんと、あげる……から。夜まで、待って……」

そう言って、三日月型になった恋人の唇に、ゆっくりと自分の唇を重ねた。
先刻のチョコレートの香りがまだ残るそのキスは、非道く甘く―――しかし、その夜の二人の甘さときたら、比較にならなかったわけで。




<あとがき>
拳西×副隊長修兵のハロウィンです。
このお話だけ、原作設定ですね。
この後、しっかり護廷隊全体でハロウィンしてます。
元仮面の皆さんの文化輸入力は凄いと思いますよ(笑)
ちなみに、修兵は黒猫魔法使いで、拳西さんはフランケンシュタインです。
どうしてこの仮装になったのか、と言うお話も、実は続きであってプロットも立っているので
どーにか暇を見つけて形にしたいな、とは思っていますorz
白ちゃんは、鉢玄と鬼道レンジャーですよvvv
リサと七緒はセクシーマミー(包帯による絶妙なチラリズム!!)
羅武とローズはベルバラ!!(現世で読んだ漫画で仕入れてきた★)
平子とひよ里は学ランとセーラー服で!(実はひよ里の憧れセーラー服!)




→拳修部屋にもどる