■ Trick is Treat!■
涼風も快い秋も半ばの頃―――ある年を境に、この季節の瀞霊邸には、多くの出店屋台が出回るようになっていた。
それらはいずれも、あるイベントのためのもので、期間限定の出店である。
クリスマスやバレンタインよりも習慣化されるのは遅く、しかし、一度そうなってしまえば毎年護廷隊全隊を上げてイベント化したそれ―――ハロウィン。
きっかけは、九番隊隊長六車拳西が、流魂街で救った一人の幼子。
絵に描いたように子どもらしい子どもだったその子に、一つでも多く楽しいことを経験させてやりたいと願った者達によって、そのイベントは始まったのである。
仮装をしてお菓子をもらうなんていう楽しいイベントに、その子が喜ばないはずはなく、畢竟、一回きりで終わることのなかったハロウィン。
またこの時期、それまで他にイベントらしいベントがなかったことも、定着の大きな要因だったのだろう。
今ではすっかり定例行事となったハロウィンは、最初の主役だった子どもが、大分大きくなった今も変わらず実施されている。
店の数から見ると、今年も相当盛大に催されるようだ。
いずれもオレンジ色のカボチャが沢山並んでいる屋台には、今もハロウィン用の飾り物や菓子を買い求める人達が、賑やかに群れを成している。
そしてその中には一人、有名すぎるほど有名な霊術院生が混じっていた。
ハロウィン定着の最大因子―――制服姿であるにもかかわらず、立っているだけで、艶やかな雰囲気を漂わせているこの青年は、
霊術院五回生の檜佐木修兵である。
どうやら、院からの帰りらしく、片手に教書の包みを抱え、もう一方の手で、所狭しと屋台に陳列されているハロウィン菓子を品定めしている。
(えっと、今年は……いくつ必要なんだっけ?)
去年は二十個用意したが、今年はもう少し多く必要になるはず。
(来年は、衛島さんの所も二人目が生まれるしなぁ……帰って一度、正確な数をリストアップしてこないと、無駄にお菓子が余っちゃうかな)
なら、今は下見だけで済まそう―――そんなことを考えながら、透明なカボチャのケースに入ったチョコレートを眺める。
そう……今や修兵は、菓子を貰うだけの年齢ではなくなった。
もちろん、未だに多くの隊長達がハロウィンに菓子をくれるが、それだけでなく、イベント時、九番隊の既婚隊士の子ども達に菓子を配るようになるまで、
修兵は育ったのである。
しかも、昔から彼を知る誰もが驚くほどに……美しく。
事実、今も修兵の周囲で買い物にいそしんでいる女性死神達から、いくつもの羨望の眼差しをむけられている。当人がそれに気付かないのは
いつものこと。これほど美しく育ったというのに、己の魅力に無頓着な所は―――そう考えると、まだまだ子どもなのかも知れない。
すると折しもそこへ―――それこそ、修兵をまだまだ子ども扱いしたいと考えている―――二人の隊長がふらりとやってきた。
修兵に負けず劣らす女性から人気の高い、京楽春水と浮竹十四郎である。
どうやらこの二人も、ハロウィンの買い出しにやってきたらしい。
隊長自らとは奇特なことだが、子ども好きの浮竹の買い物に、恋人である京楽が付き合うのはいつものこと。
浮竹は身体も弱いから、どうしても心配になるのだろう。
特に、修兵が拳西に引き取られたばかりの頃などはそれが頻繁で、羅武とローズのカップルと共に、子どものための服や玩具を買い出す二人の姿が、
あちこちの店でよく見られたものだ。
それは修兵がこの年になっても変わらない。
どれだけ美しく育とうとも、京楽や浮竹にとって、修兵が可愛い子どもだということは変わらないのである。
「おやぁ?あれは……修兵君かなぁ?」と、修兵を見つけた京楽の目は、だから父親のように穏やかなもの。
声に気付いて振り返った修兵に、京楽はのんびりとした調子で問いかけた。
「おーい、修兵くん。お買い物かい?」
「………あ、京楽隊長、浮竹隊長」
自分を呼んでいるのが二人だと気づき、修兵も少し幼さを帯びた表情で笑顔を返す。
綺麗な顔が、瞬く間に可愛いそれへと変化する様子は、なかなか見られるものではない。
自然、周囲の女性達から黄色い声が上がったが、相も変わらぬ鈍感っぷりでそれをスルーした修兵は、人混みを抜けて、京楽達の元へと駆け寄ると、
「こんにちは。京楽隊長も浮竹隊長も……もしかして、ハロウィンのお買い物、ですか?」
「うん。今年ももうすぐだからね。丁度二人揃って仕事が一段落したから、春水に付き合ってもらって、お菓子や飾りを沢山買いに来たんだよ」
「わぁ……十三番隊はいつも飾り付けが凝ってるから、子ども達に大人気なんですよね」
「十四郎は、本当に子どもが好きだからねぇ……今年も気合い入ってて。そう言う修兵くんも、すっかり準備する側に回っちゃってるようだね」
「はい。こういうの、拳西さん、一番苦手な分野ですから。白さんは、例年通り、鉢玄さんのところで鬼道衆のお手伝いですし」
「今年も久南くん達はあれかね。鬼道レンジャー……だったっけ?」
「えぇ。白さん、戦隊もの大好きですからね。今年も鉢玄さんや鉄裁さんと一緒に、鬼道レンジャーの格好して、ハロウィンを過ごすそうですよ。
浮竹隊長のところにも、お菓子ばっちりもらいに行くんだーって、今から張り切ってました」
「おやおや。それなら大分沢山お菓子を買っておかないとなぁ」
「まったくだね。ところで……修兵くんは、今年もお菓子は貰いに来てくれるかい?」
「え、えぇ……でも、いいんでしょうか」
オレ、もう五回生なんですけど―――そう言って、修兵がそっと頬を染める。
幼い頃と比して、大分シャープになった輪郭線だが、それでもまだうっすらと残る膨らみ。
それが可憐に色づく様を愛おしげに見つめながら「勿論だよ!」と浮竹が嬉しそうに言う。
「毎年可愛らしい仮装をして、君が来てくれることが、僕は本当に嬉しいんだよ。春水も…・そうだろう?」
「うんうん。今年は何を着て見せてくれるのかなーって、毎年楽しみなんだよねぇ。それに、君からのトリートも」
「っ……ぁ、あれは、その……」
「いやぁ、可愛い君にほっぺにちゅうしてもらえるなんて、これ以上のお礼はないよ」
「は、はぃ……」
薄い桃色だった頬が、瞬く間に紅色に変化していく。
その様子もまた、この上なく可愛らしかったのだが、恥ずかしがり屋の修兵を困らせては可哀想だ。
「こら、春水!あんまり修兵くんをからかうんじゃない」と、恋人をたしなめた浮竹は、「でも、本当にね、僕たちは嬉しかったんだよ」と修兵に言う。
「例え冗談でも、大好きな人達に悪戯するぞなんて言いたくないって、君が……そう言ったと、愛川君から聞いてねぇ。ハロウィンがそう言う
行事だって解ってからも、やっぱり君は、トリックオアトリートじゃなくて、トリートアンドトリートだったものねぇ」
「は、はい……」
「そうなると、君は一度も、トリックオアトリートは言ったことがないわけか」
「そう……なりますね。でも、今年も多分……」
「はは。僕らとしてはそっちのほうが嬉しいけどね。ちょっとだけ、六車君に悪い気もしてねぇ」
「?……拳西さんに?どうしてですか?」
「あー……うん、いや、まぁね」
なんと言ったらいいものか、と京楽が苦笑しながら口籠もる。
そんな京楽の様子に、幼い頃のクセもそのままに、きょとんと瞳を大きくした修兵は、説明を求めようと浮竹に視線を送る。
だがこればかりは、浮竹としても説明のしようがない。
あはは……と、お茶を濁すように笑った浮竹は、「でもねぇ……」と言葉を繋ぐ。
「一度くらい、トリックオアトリートでも僕たちは、全然構わないんだよ?トリック、って言ったって、本当に悪戯をする必要はないわけだし」
「そうそう。それにさぁ、仮に悪戯って言ったって、せいぜい、相手をちょっと驚かすとか、そういった類のものだからねぇ」
「そう、なんですか?」
「多分……まぁ、もしかしたらハロウィンの本場では、かなりハードな悪戯がされるのかもしれないけれどさ、楽しい雰囲気を壊すようなことは、
しないんじゃないかなぁ」
「なるほど……それもそうですね」
「しかしそう言ったら、僕らは日々、君にトリックなんだけれどね」
「?……どういうことですか?」
「ん?どういうことって、そりゃ―――」
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それからしばらくして、九番隊隊舎へと帰隊した修兵は、くすぐったい思いを抱えながら、隊首室へと向かっていた。
(………もう、京楽隊長も浮竹隊長も、ご冗談が過ぎるんだから)
清潔に磨かれた床を滑るように歩きながら思い出すのは、先程の二人の隊長の言葉だ。
日々トリックだなんて言うから、一体何のことかと思ったら、その内容があんなことだったなんて、と思わず苦笑が零れてしまう。
だが、それは修兵以外のものからすれば、恐ろしいほど明らかな事実。
ところが一方、修兵本人だけが、それを解っていないという、拳西にしてみればやや厄介な事実でもあった。
案の定、京楽と浮竹の言葉を、今も全く真に受けずにいるらしく、拳西さんだってきっと笑うよねと、実に純粋な思考でその頭をいっぱいにしたまま。
だが、少し気にはなっているようで……
(だったら、一度、六車君にしかけてみたらいい、か……)
一生に一度きりの、トリックオアトリート。
(そりゃ、拳西さんが驚いてくれるとしたら、嬉しいけど―――)
でも、まさかね。
だが、そう思いながらも、心は淡い期待に膨らむ。
仮に、京楽や浮竹の言葉が単なるお世辞に過ぎないのだとしても、大好きな人に対するそれが実証されれば嬉しい。
否、拳西に対してだけ、それが事実と解ったら嬉しいではないか。
それに、例えそれが証明されずとも、拳西が自分へと限りない愛情を注いでくれているのは確かなこと。
だったら……
(駄目で元々なんだし………ちょっと恥ずかしいけど、やって、みようかな)
小さな決意をそっと胸に秘め、修兵は隊首室の扉をノックした。
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丁度その頃、拳西は修兵の帰りを待ちながら、ソファでくつろいでいた。
目の前のローテーブルには、一足早いハロウィンのお菓子が鎮座している。
どうやら、所用で外に出た際、修兵のためにと思わず買ってきてしまったらしい。
(あいつも、もう十分大人だってのになぁ……)
目の前の呑気なオレンジ色に、はは、と笑いが零れる。
この手に幼い修兵を引き取った日から、随分と時は経った。
恋の意味も愛の意味も知らず、それでも全身で自分を好いてきてくれた幼子は、もう今や、霊術院の五回生だ。
小さかった背はすらりと伸び、可愛さで埋め尽くされていたその魅力には、徐々に徐々に、大人びた美しさが加わってきている。
だが、ふとした拍子に、あの頃の面影が今を凌駕するのも事実。
特に、甘いものをその目に見せた時など、いつでも幼い修兵が、自分の前に姿を現すのだ。
(ま、今はまだ、それで良いさ……)
正直、日々大人びていく恋人に、ぞくりとしない時がないわけではない。
だが、そんな時に姿を現す自分の欲求は、恐ろしいくらいにストレートなもの。
情けない話だが、時々、それを抑え込むのに筆舌に尽くしがたい努力が必要な場合もある。
だが……せめて、霊術院を卒院するまでは、ちゃんと待っててやりたい。
出先で思わずこんな菓子を買ってきたのも、きっと、そんな自分の願望の表れなのだろう。
やれやれ、隊長が聞いて呆れるな、と、自嘲の笑みが零れる。
するとそこに、こつこつと控えめなノック。
この叩き方は、修兵だ。
「帰ったのか。入ってこいよ、修兵」
「はい……あの、ただいま戻りました」
「ん。お帰り。丁度良い……こっち来いよ」
「?……あ、ハロウィンのお菓子」
「あぁ。午前中にちょっと外に出てな。帰りがけに、目に止まったもんで、思わず買っちまった。食べるだろ?お前の好きなチョコレートも入ってるぜ」
「わぁ……本当ですか?嬉しい!」
「そうか。ほら、こっちに来い」
「はい……っ」
甘い菓子に誘われ、可愛い恋人がちょこんと横にやってくる。
やはり予想通り、その顔は幼い頃もそのままに無邪気な笑顔に包まれていて、何となく心がホッとしていくのを拳西は感じていた。
きっと、チョコレートを頬張れば、なおあの頃の面影が鮮明となるだろう。
そう思いながら、修兵がカボチャの形をしたポッドに手を伸ばすのを待っていたのだが、何故か、なかなか手を出さない。
「どうした?どっか具合悪いのか?」と、頬に手を当ててやると、なんだか妙に熱い。
だが、熱かと尋ねると違うと言う。しかし、そうは言っても肌は赤い。
「平気か?何か……あったのか?」
「うっ、ううん。あの……あのね、拳西さんに、お願いがあって……」
「お願い?何だ?」
「えっと……あのね、一度で良いから、トリックオアトリートって言ってみたくて、その……」
「あん?トリックオアトリート?……あぁ、ハロウィンの?」
「はい、その……オレ、今までずっととリートアンドトリートだったでしょう?でもね、さっきその……京楽隊長と浮竹隊長に言われたんです。
一度くらい、トリックオアトリートって言ってみたら、って」
「へぇー、あの二人がねぇ………なんだ、たまには悪戯くらいしてみろよとでも言ってたか?」
「へっ、あっ、は、はい……」
「ふぅーん……」
そりゃまた、あの二人にしては随分と珍しいことを言ったもんだと、拳西は思う。
まぁ、洒落っ気満点の京楽はともかく、真面目な浮竹までが修兵に悪戯を推奨するとは。
大体、あの二人は、修兵からのトリートを望んでいる第一人者ではないか。
(ん?あぁ、だからオレに言えってことかよ……)
さすが熟練の隊長達。こんな時でも抜け目がない。
だが、毎日のように修兵からのトリートをもらっている自分と、ハロウィンのような特別な時でもない限り、それをもらえぬ者達を比べれば……
その提案も必然か。
嫉妬心混じりの、ささやかな貧乏くじ―――だが、これくらいなら許容範囲内だ。
修兵の考えるトリックとやらにも、少々興味がある。
それに、修兵の初めてのトリックオアトリートが自分というのも、また悪くない。
だから、拳西は気軽に「いいぜ」とそれを引き受けた。
「要するに……トリックを選べば良いんだな、オレが」
「はっ、はい……あのでも、いい、んですか……?」
「あぁ。お前の可愛い悪戯ってのにも興味があるしな」
「っっ……ぁ、は、はい…その、大したことじゃないですから……」
「解ってるって。怒ったりしねぇよ……ほら、じゃ、早速言ってみな?」
「え、あ………は、えっと……トリック……オア、トリート……」
「おーし……じゃあ、トリックを頼むぜ、修兵」
「ん……」
「―――……ん?」
なんだ?目の前が、いきなり暗くなったな。
いや、暗いんじゃなくて……妙に綺麗な紫色が―――
(…………っっっっっっっ!?)
何で膝が重いんだとか、どうして腹の数字が温いんだとか、断片的な疑問だけが脳を回る。
だがその間にも、柔らかい唇はまるで誘うように口元をかすめ、さらりとした黒髪は首筋を蠱惑的に撫でていく。
こちらの銀髪をかき回す手の動きは、妙にじれったく、対照的に目の前にある紫黒瞳は、濡れたその光も露わにこちらを見つめていた。
多分、この行為があと十秒長く続くか、もしくは修兵がその綺麗な髪を持ち上げてうなじの一つでも見せようものなら、拳西の理性という理性は、
端から見事に崩れ去っていったに違いない。
だが、それが訪れるよりも少し早く、拳西から身を離した修兵は、いつのまにやらまた幼さを取り戻した笑顔で、こう言った。
「やった。拳西さん、驚いてくれた………嬉しい」
最初で最後の、トリックオアトリート。
だが、恐らく拳西にとっては、トリックイズトリート。
しかし、やはりそんなこと、全く解っていない修兵は、喜び一杯の笑顔でチョコレートを頬張りながら、ふわふわとこんなことを考えるのであった。
(京楽隊長や浮竹隊長がおっしゃった通り、オレ、少しは大人っぽく綺麗になってきたのかな……)
そして拳西はと言えば―――当然、気を抜けばすっ飛んで行きそうな己の理性を再構築するのに、それから優に一週間は尽力の時を過ごすのであった。
<あとがき>
拳西×院生修兵のハロウィンです★
寸止め(笑)で、拳西さん色々大変です★
なにがあれかって、修兵が天然美人って事ですよ!!
ちなみに、このころになると修兵は魔法使いの仮装が定番になってきます。
でも、吸血鬼も良いなぁ!なんて言うか、マントとかケープ系が良いvv
それで、トリックオアトリート!って言いながらやって来る、九番隊既婚隊士のお子さん達に、
お菓子を配ります。あ、でも他隊の子達にもあげてそうだなぁ、と、今思いました(笑)
そして、このころになると、朽木家の飾りにわかめ大使が出現します(笑)
子ども達に泣かれて、大分納得のいかないびゃっくん(笑)
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