■ 仔猫と銀色の魂 ■




「……だって、類は友を呼ぶって言うじゃない。だったら、無垢で一途な魂は、やっぱりそれを呼んでくれるのかなって、そう思ったの」
――― 晴れた秋の日、瀞霊廷内の小高い丘の上で、乱菊は吉良にそう言った。
そして、少し離れたところで楽しそうに駆け回る小さな仔猫をじっと見つめながら、「バカよね……」と寂しそうに呟く。
普段は強気な鉄火肌を自負してやまない十番隊副隊長の、いつになくそのはかなげな様子に、隣に座る吉良は返す言葉を持たない。
ただ黙って乱菊と同じように、無邪気な仔猫――― 九番隊副隊長の檜佐木修兵を目で追う事しかできなかった。
そして、ふと思う。
 (不思議な取り合わせに見えるだろうな……)

乱菊、修兵、そして自分……確かに職位は同じ副隊長だが、この三人だけでこうして集まったことはほとんどない。
以前なら、恋次や雛森、あるいは乱菊の上司の日番谷や京楽らが同席するのが常だったし、今現在であれば、必ずと言って良いほど
九番隊隊長に復職した拳西がいるはずなのだ。
まして、今の修兵は百余年前の幼い姿に猫の耳と尾―――斬拳走鬼はおろか、言葉もろくに話せないという状況にある。
まさに無邪気な仔猫そのものだ。万が一何かあったとき、自分で自分の身を守ることがきわめて難しい仔猫の側には、だからほとんど
常にと言っても良いくらい拳西がいる。
もちろんそこには、拳西が修兵の恋人であると言うことも大いに影響しているのだが、しかしそれ故に、よほど都合のつかないとき以外の時間、
この姿の修兵の傍に拳西がいないことなど、億に一つも考えられないことだった。
だが事実、今の三人はその状況にある。こんな世にも稀な事態を作り出したのは、横に座る乱菊だ。
今日一日、修兵を貸して欲しい――― と。


 「………でも、よく承知してくれましたね」
「何が?」
「六車隊長ですよ」
「あぁ……うん。最初はやっぱりすんごい眉間に皺寄せてたわよ。けれど理由話したら、解ってくれたみたいでね」
「へぇ……」
「まぁ、本当のところの本心はどうかわからないけれど、少なくとも昔の自分と修兵の姿が、今のアタシとかぶったってことは確かね、だから……」
「………だから、僕たちは今こうしているって事ですか」
「えぇそう……そうね」

そう言うと、乱菊はこの場に持参した大きな風呂敷包みをするすると開き始めた。
副隊長としての習い性で、自然吉良もそれを手伝い始める。
修兵は、相変わらず楽しそうだ。この季節には珍しく空を舞っている蝶を、右に左にと追ってかけずり回っている。
ただ、どうやら蝶の方が一枚上手らしい。修兵の目の前に降りてきたと思ったら、次の瞬間には頭上を飛び越えて仔猫の後方へ。
それを真っ正直におっていた修兵は、後ろ向きにころんと転げて草の中。
まぁ、この丘にはまだ夏草がほぼ一面に残っているから、転んでも大きな怪我はすまい。

それでも一応仔猫の動きに注意を払いながら、乱菊と吉良はせっせと昼食の支度を調えていく。
とは言っても、すでに仕出し屋で作ってもらっていたものを、茣蓙の上に並べていくだけだ。
桜の季節に食する花見弁当のように豪華なそれや、人数分の取り皿を二人で手分けして準備していく。
ただ、これがなかなか半端な量ではない。ここまでそれを運んできた吉良が、思わずそれを口にする。


「あの、松本さん……ずいぶん沢山準備してきたんですね」
「まぁねー……あ、ごめん。重かったってこと?」
「いえ。これでも僕、一応副隊長ですよ?軽いと言えば嘘になりますが」
「あはは、それもそうね。でも、4人分って考えたらこうなっちゃったのよ。修兵も、あの姿になってからまた、一段とよく食べるって
六車隊長に聞いてるし」

「……なるほど」

それで、取り皿が3枚というわけか。
今の九番隊副隊長に使えるはずのない箸が3膳あるのもそれで納得だ。
来るか解らぬ4人目の客……自分がこの場に招かれたのも、そのためか。
ここまでの乱菊の言動から何となく予期していた今日の集まりの趣旨――― それを、ここに来て確信した吉良は、あらためて野を駆ける
仔猫の姿を見つめた。


「先輩を連れてきたのは、そういうことですか……」
「まぁ、ね。でも……だから言ったでしょ、バカね、って」
「……………」
「ふー……さあ、せっかくこれだけ美味しいものを揃えたんだから、とりあえず、ピクニック気分でも楽しみましょ。あの子もそろそろ
お腹がすく頃合いでしょ」

「そうですね……えぇ、折角ですしね」
「そうよ………うん。修兵……しゅうへー!!こっちいらっしゃい!!ご飯よ−!!」

そう言って、乱菊が修兵を大きく手招く。
すると、蝶追いに興じていた仔猫が、素直にとことことこちらへ走ってやってきた。
どうやらお腹が空き始めていたらしく、乱菊と吉良の前に置かれた美味しそうな食事に、嬉しそうな鳴き声を上げる。
さすがは乱菊、修兵が好むものも沢山盛り入れてもらったようで、大好きなウィンナーやハンバーグを見た仔猫は、
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。

そんな仔猫を膝に座らせ、早速その口に好物を口に運んでやる。

「ほーら、美味しい、修兵?」
「みにゃーぅ……にゃぁ、にゃぁ」
「ん?はいはい、今度はこっちが欲しいの?」
「んみゃ。んなーぁ……なーぁぁ」
「……うわぁ、本当によく食べますね。これ、もしかすると市丸隊長の分まで平らげ……」
「……………吉良」
「ぁ……すみません。失言、ですかね……」
「些少ね……」
「にゃぁー……?」
「ん?良いのよ、気にしないで食べて良いの。あーんな薄情なヤツのこと、アンタが気にする必要ないのよ、修兵……」
「松本、さん………」
「みゃぁ……」

仔猫の小さな手が、乱菊の頬にそっと触れられる。
優しいその堰の周りにあふれていくのは、抑えきれない乱菊の涙。
仔猫の心配そうな鳴き声が引き金となったのか、零れだしたそれと嗚咽が吉良にも鮮明となる。
だが、乱菊と異境の同遇にある吉良には、その涙を止めることは出来ない。

失った人は同じ。だがその意味は違う。
だからこそ、慰める術を持てずにいる吉良ができる唯一のことは、きっと修兵に全てを任せることだったのだろう。
2人の様子を吉良が静かに見守る中、泣きじゃくる乱菊の声を包むように、修兵が鳴き続け、しばし――― そして、
いつしか修兵の小さな身体を抱きしめていた乱菊の口から、泣き声以外の言葉が溢れ出す。


「修兵、修、兵……ごめんね、ほんとは、今日だって六車隊長と一緒がよかった、のよね。けど、アタシ、どうしても……っ」
「にゃぁ、んみゃぁ……」
「そうなの……今日ね、アタシ誕生日なのよ。しかもね、アタシの誕生日、決めたのってね、アイツなのよ……だったら、
帰ってきなさいよね、って、思っちゃうわよね、ぇ」

「にゃ……」
「だって……だって、帰るって、いったのよ、ぉ……アイツ……」
「みぁ……ぁー……」
「そう、なの……アンタならね、何か見えるかも、って思ったのよ。だって、修兵……アンタ、アイツに少し似てるんだ、ぁ……」
「みぃ……」
「わかって、る。でも、会い、たい……のよ、ぉ……ギン……」

悲しみと愛しさを絞り尽くすように声となった、その名。
すると、何を思ったのか、修兵が今までとは全く違った声を上げて鳴いた。

「にぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
「しゅう、へ、い……?」

驚く乱菊が思わず弱めた腕の力、するとその膝の上でくるりと身体を反転させた修兵は、先ほどまで自分が遊んでいた場所に
向かって、また同じような声で鳴いた。

何度も何度も……何度も。

「にやあああああああああああああああっっっっっっ!!!!」
「修兵……」
「檜佐木、さん……」

まるで怒っているかのようなその様子。
いつもにこにこと嬉しそうに笑っている仔猫の怒気に、2人はただただ驚くばかり。
それだけに、修兵の意図がまるで読めず、鳴き続ける仔猫をただ見ていたところ―――

「え……?」
「な、に……」

まるで、修兵の声に導かれるようにやってきたもの。
ふわりふわりと宙を舞う、季節外れの蝶――― それは、先ほどまで修兵が追い戯れていたあの蝶だった。
3人の元へと舞飛んできたそれが、しばらく修兵の目の前で滞空する。
すると、修兵が怒ったように鳴くのをやめ、その小さな両手を蝶に向けてそうっと差し出した。
ここに舞い降りろ、と言うことなのだろうか。
まさかと思いながらその光景を見つめていた乱菊達の前で、しかし、蝶はゆっくりと修兵の手の中にその身を置いた。
それこそ、まるで修兵の言うことが解っているような動きである。
それは、乱菊達には驚くばかりのこと。しかし修兵は一人動じた様子もなく、むしろ満足そうな声で蝶に鳴きかけた。
いや、少したしなめるような響きも含まれているように聞こえるのは気のせいか。

「修、兵……?」
「みゃぁー……」

だが、戸惑いながら修兵を呼んだ乱菊に対しては、嬉しそうに笑った修兵。次いで、蝶が乗った自身の両手を、乱菊に向けて差し出す。

「え、これ、どうすればいいの……修兵?」
「んみゃ?…………にゃーぁ、にゃっ!」
「アタシに?……手を、同じにすればいいのね」
「にゃぁぅ!……にゃー……みゃん、みゃん」

仔猫と同じように、両手を杯のような形にした乱菊、そこへ修兵が蝶をそっと下ろす。
その時点まで、何が何だか解らないでいた乱菊の脳裏に、そのときふと、懐かしい声が響いた。
ごめんなぁ、乱菊――― と。

「っ……ギン!?」
「えっ?」

乱菊の口から零れ出たその名に、吉良もぴくりと反応する。
そして、仄かに燐光を帯びていた蝶の姿に、修兵の意図も何もかも了解したらしい。

「あれは……市丸隊長の魂、その一部なんだね、檜佐木さん」
「みにゃ、ぁ」
「そうか……会いに来てたんだ、ちゃんと。でも……やっぱり市丸隊長らしいなぁ」
「みーぅ!」
「うん。それでさっき怒ったんだね、檜佐木さん……ちゃんと松本さんに伝えろって」
「みにゅ!」

吉良の言葉を肯定するように、修兵が鳴く。
その間にも、乱菊の手の上で、蝶は光り輝き続けていた。
市丸が何を伝えているのか、吉良には解らない。
だが、嬉しそうに笑む乱菊の姿を見れば、それが二人の望んだものであると知る。
しかし、今はまだそれは、時間制限のあるものであるらしい。
光り輝いていた蝶は、徐々に徐々に、自身の光の中でその輪郭線を朧にし、最後には一つの小さな丸い光源となって乱菊の
手の中で消えていった。


「………行って、しまいましたか」
「うん……今はまだ、ちゃんと帰れないって」
「じゃあ、いつ……」
「……アンタも知ってるでしょ、アイツの性格。相変わらず、のらりくらりとはぐらかしてったわ。そのくせ、待ってて欲しいって
……勝手よねぇ、修兵」

「にゃー……」
「でも……でも、そうよね……アンタだって、百年以上頑張ったんだもんね。アタシが頑張れないなんて、おかしいよね」
「みにゃー……」
「松本さん……」
「………ありがとう、吉良も。それにごめんね。アタシばっかりアイツと話しちゃって」
「いいえ。市丸隊長が望んだことです。元部下として、そこは尊重しますよ」

そう言って、ふ、と笑った吉良は「あの人に振り回されるのは、慣れっこですし」と付け加えてから、やれやれと肩をすくめて見せた。
決して本意でないその行為に、乱菊も笑う。
それが、本心からの笑顔だと、修兵には解ったのだろう。
「んーんー……」と、嬉しそうに鳴いた仔猫は、乱菊にきゅぅっと抱きついて、甘えた声でまた鳴いた。
それからしばらくして再開した三人の昼食、けれど今は不在を余儀なくされたもう一人のために、そっと取り分けられた食事が、
そこにはあったのである。



<あとがき>
本誌のでギンと乱菊さんがあぁいう形でお別れをしたときに書いたものです。
東仙さんにしろ、ギンにしろ、いつか魂の転生を経て、ソウル・ソサエティの大事な人の元に返ってくるという
気がしています。もちろん、どんな形で帰るか解らないけれど。
そしてこのお話は、スパークで出した短篇集−巻之玖の中に収録した「夢間の邂逅」というお話に
繋がっていきます。
そんなところも意識しながら、読んで頂けると嬉しいです★




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