■ 鬼事と転倒の結末 ■




「よぉ、白哉」

いつものように無礼に私を呼び、堂々と塀を乗り越えてきた無礼な不法侵入者は、見たこともない小さな仔猫を肩車していた。

「拳西から預かったんだよ。白哉に会ったことねーっていうから、連れてきた」

そう言って、私が座っていた縁側にすとんと仔猫を降ろす。
大きな猫目、ふわふわのくせっ毛、袖無しの死覇装とその上に重ねられた袖無しの羽織。
九番隊隊長と同じ格好をし、背中に刀を背負ったこの幼子は……

「……なるほど、兄は檜佐木副隊長か」
「固っ苦しいなー、今は修兵だって。恋次から聞いてるだろ?」
「……あぁ」

聞いている、と言えば聞いているな。あやつの……絶叫を。
小さくなった檜佐木副隊長が懐いてくれないだ、自分を見ると大泣きするだと、私には全く関係ないことを、ここ最近四六時中叫んでいる。
しかし……なるほど、懐いてもらいたい気持ちも分かる気がする。
もともとの檜佐木副隊長もそうだったが、この幼子は妙に私の心をくつろがせる。

「ほら、修兵。白哉だ白哉。ルキアのにーちゃん」
「白哉おにいちゃん……?」

あぁ、黒崎一護と違って、この幼子に名を呼ばれるのは心地が良い。
小さな頭を優しく撫でてやると、嬉しそうににこにこと笑ってくれた。
うむ、愛らしい笑顔だ。

「うわー、白哉に懐いたかー。オレ、絶対に泣くと思ってた」

………失礼な。どこをどうしたらそんな結論にたどり着くのだ。

「だって、白哉笑わねーじゃん。いっつも怖えぇ顔してさー。怖くねぇの、修兵」
「怖くないよ?だって、絶対優しい人だって、修、すぐに解ったもん」
「ふーん。子ども特有のカンってやつかぁ?」

そう言って、なおも不思議そうに首をかしげる黒崎一護。
失礼千万な見解だが、幼子の手前、千本桜は控えておいた。

「それより、兄らはしばらくここにいられるのか?」
「あぁ。今日は拳西、一日仕事だからな………えっ、嘘、いていいわけ?」
「……まぁな。好きなだけいると良い」
「わーい!!ねっ、白哉おにいちゃん、遊ぼうっ!」
「……うむ」

幼子に手を引かれ、庭に降り立つ。我が邸の広い庭は子どもが走り回るには格好の場所だ。鬼ごっこがしたいというので、
瞬歩混じりで参加してやると、「すごいすごい」と嬉しそうにはしゃいでくれる。

だが……

「朽木隊長ー、急の仕事ですんませんー、ここに判子を―――」
「ひぅ……っ」

突然現れたうちの副隊長に、幼子が喉の奥で小さな悲鳴を上げた。
その拍子に体のバランスを崩したらしく、前のめりで勢いよく地面に突っ伏す。

「うわっ、修兵……!」と、慌てて駆け寄る黒崎一護。
「大丈夫か、修兵?」
「ぅっ…ひっ…ふ、ふえええぇぇぇぇん」

………無理もない、あれは痛い。
鼻先とおでこ、それに手のひらをを思い切りすりむいたようだ。
白い肌には、うっすらと血が滲んでいる。
傍らでは、恋次が「おおおおい、またかよおおおおお!!!」と絶叫していたが、その前にやることがあるだろうが。
不肖の部下に「そこをどけ」と言い、地面で盛大に泣く幼子の前に跪く。
あぁ、思ったよりも広範囲の皮膚が擦れてしまっているな。

「痛いだろう。すぐに治してやる……」
「えっ、白哉、どうにか出来るわけ?」
「出来るから、隊長なのだ」

4番隊の精鋭には叶わないが、回復術の一つや二つ出来ずに隊長を名乗れるか。
傷口に手を当て、ゆっくりと霊子を送り込む。金色の光の中で、痛々しい傷が徐々にふさがっていくのが見て取れた。

「おー、すげえな」
「……もう痛くはないだろう」

そう言って、頬をしとどに濡らしていた涙を手で拭ってやる。
こくこくと上下に触れる首は、素直さの証だ。
服に付いてしまっていた芝生を払ってやると、くすぐったかったのか、笑い声が上がった。

「ありがとう、白哉おにいちゃん」
「あぁ……丁度良い。遊びは少し休んで十時の休憩にしよう」
「うん。………あ」
「うん?」

あぁ、草履が壊れてしまったのか。それもそうだろう、全速力で走っていたところに、いきなりの急停止だ。
鼻緒の部分が壊れてしまっては、もう草履の意味をなさない。

「えっと……」

なんとか足が汚れない場所を歩いていこうと、きょろきょろと辺りを見回している幼子に、二方向から手が伸びかける―――が。

「え……白哉おにいちゃん?」
「げっ」
「嘘?」

うむ……軽いな、このくらいの子どもは。
黒崎一護と恋次に比すこと一瞬早く、私は幼い副隊長を背におぶっていた。
ぴたりと背にくっついた子どもの体温が、羽織越しにもあたたかい。

「……落ちるぞ、つかまっていろ」
「あっ、う、うんっ……!」

思い出したように首に回される細い腕。大人の筋肉質なそれと違い、子どもの腕はぷにぷにとしていて柔らかかった。
肩にこてんとのった頭、ぴょんぴょんと跳ねている髪の毛がこちらの頬をくすぐる。

「ありがとう、白哉おにいちゃん……」
「………どういたしまして、修兵」

広い庭にこれほど感謝した日は、なかったかも知れない。
屋敷までの何十歩かをゆっくりとかみしめながら、私は幼子をおぶって歩いた。
背後から感じられる二人分の驚愕のまなざしには、気付かなかったふりをした。





 <あとがき>
ひっつんと仔修兵のお話を書くのも好きですが、実はびゃっくんと仔修兵の絡みも大好きです。
拳西も、仔修を可愛がってくれるのはありがたいと思ってます。
ただし、隊舎に送りつけられる「わかめ大使」グッズには、苦虫噛み潰してます(笑)
ちなみに。別のお話でさりげなーく出てくる予定ですが、びゃっくんは仔修に「朽木家系列店で販売されている物が全部タダになるカード」
(アニブリで一護が以前びゃっくんからもらっていた木製の印籠みたいなヤツのカード版)をあげます。
仔修に全開の笑顔で「ありがとう、白哉おにいちゃん!」って言われることが病みつきなびゃっくん。
え?えぇ、もちろん自分の部下は全力排除ですよ(笑)
「お前が来ると、修兵が泣くのだ……」って言って、卍解。
頑張れ恋次!略してガンバレンジ★(今年恋次に捧げるキャッチフレーズ@一条)




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