■ 黒猫と白虎の遊戯 ■





元仮面の軍勢組全員のソウルソサエティへの帰還と、職位復帰が決まって3日。
総隊長から特別休暇をもらい現世へとやってきた修兵と七緒は、真子達と一緒に朝からデパートへと買い出しにやってきていた。
その目的は、帰還の際にソウルソサエティへ持っていくものの調達。
手ぶらで帰還しても生活するには困らないが、いかんせん現世暮らしが長いメンバー達はそれぞれ現世のものにひとかたならぬ
「こだわり」を持っている。例えば真子は帽子、羅武はサングラス、ローズはスーツとシャツと言った具合に。

そして、折角なら「みんなでデートしながら買い物したいよー!」という白の提案で、修兵と七緒が現世に呼ばれたのである。
七緒はリサと、そして修兵は拳西と、と言うわけだ。

そんな100年以上離れていた2組のペアに、総隊長は極めて寛大だった。
藍染達による破壊の爪痕がまだ根深いソウルソサエティでは、副隊長クラスの死神に休暇を許可する余裕など無いはず。
なのに、「特別任務」という名目の休暇が、二人にあっさりと命じられたのだ。
裏で浮竹や京楽も動いてくれたようで、結果、修兵と七緒は無事に念願の現世デートを楽しめることとなったのである。

「ほんなら、12時半くらいに一旦集まろか?それまでそれぞれペアで買い物したらええし」

そうして待ち合わせの時間と場所を決め、開店と同時に店に入ったメンバー達は、そこからは各ペア事に離散。
他のメンバー達がてんでに散っていく中、拳西は修兵と手を繋ぎ、目的の階へと向かった。

「何階でしたっけ、拳西さんが行きたいお店」
「んー……5階だな」

現世における拳西の「こだわり」はイヤーカフス。
5階に集中している貴金属店をまわり、気に入ったものを片っ端から買っていく。
「拳西さんには、これも似合う……」と修兵が言った品を買うことも忘れない。
ある店では「バレるとめんどくせーから、真子達には内緒な?」と、ペアのクロスネックレスも買った。
指輪は次回オーダーメイドでと約束して、ひとまず午前の買い物終了。
だが、時計はまだ12時半には程遠い。

「随分、時間余っちまったな」
「そうですね。あと……45分くらいかな」
「どーするか。お前が見たいっていってた店、見に行くか?それとも、どっか行きたいところあるか?」
「行きたいところですか?えっと……」

目の前の館内マップを相手に、修兵がしばし思案―――と、少しして満面の笑みを浮かべた修兵は、壁のマップのある一点を指さして言った。

「ここっ!オレ、ここに行きたいです!」
「んー?」

見れば修兵の指先が示していたのは、最上階のエリアに書かれた「ゲームセンター」という文字。
また、随分意外なリクエストである。拳西にとってもそれは同じだったようで。

「あぁ?ゲーセン?本当にゲーセンに行きたいのか?」
「そうっ!オレ行ったことないんですよ」
「えぇ?マジか?」

現世のアクセサリーやらファッションやらが好きな修兵だから、買い物ついでに行ったことがあるかと思いきや、そうではなかったようだ。
拳西自身は何度か羅武と行ったことがある。因みに羅武はアーケードゲームを。拳西はもっぱらパンチングマシーンやバスケットの
シュートゲームを楽しんでいたというのは、いかにもらしい。

「んじゃ、行くか。時間つぶしには最適な場所だしな」
「はいっ」

幸い知らない場所ではないので、修兵をスムーズに連れて行ける自分が嬉しい。
手を引き、エスカレーターを使って最上階へ向かう。
最後のエスカレーターが上昇するにつれ、テクノポップな音楽と何色ものライトが交錯している様子がわかってくる。
修兵はそれに心底わくわくしているようで、拳西と繋いだ手を無意識に揺らしていた。

可愛い仕草だな、と拳西が内心笑みを漏らしたのと、エスカレーターを降りたのはほぼ同時。

「おっし。ほら、着いたぞ?」
「ありがとうございます!わー、こういう所なんだぁ」
「あ、こら手ぇ離すなよ?迷うぞ」

今にも駆け出していきそうな修兵を、さりげなく拳西が引き留める。
手を繋いでいたい想いは無論だが、迷う可能性も嘘じゃないのだ。
そもそものフロア自体が広いデパートのゲームセンターは、とにかくだだっ広い。
平日の午前中では、メインユーザーの学生達も不在で、なおのことその広さが目立つ。
がらがらのゲームセンターでは、それぞれの機体が発する音がにぎやかに鳴り響いているだけだが、それはそれで修兵には楽しいらしい。

「わぁっ、これって、この前拳西さんの家でやった恐竜のゲームでしょ?あっ、こっちはレーシングゲームだ!ゲームセンターのは、
アクセルとブレーキがちゃんと着いてるんですね!」

どうやらかなり念願の場所だったようで、修兵は嬉しそうだ。
いろいろなゲーム機をまわっては、興味深げにそれらを眺めている。
どれも修兵にとっては初めて見るものだから、「拳西さん、コレなぁに?」と無邪気に尋ねてくる。
そしてそれにちゃんと答えを返す自分を、キラキラとした目で見つめてくれるのだ。
そうしてフロアーをまわっていると、しばらくして一際修兵の興味を引いたゲーム機があった。

「んー?これって?…………あっ!もしかして……」
「クレーンゲームだよ。UFOキャッチャーってやつだな。これは知ってるのか?」
「知ってるって言うか……前に同僚の副隊長達が現世でやってきたって言ってて。どういうゲームって聞いたら、「モノを掴んで
落っことしたら勝ち」って言ってたんですよ」

「そりゃまた、随分おおざっぱな説明を受けたな」
「違うんですか?」
「違っちゃいねぇが……ほら、ここに浮かんでるアームがあるだろ?コレをここのボタンで動かして、欲しいプライズの上に合わせるんだよ。
そしたらこいつが下がってきてプライズを掴もうとするんだが、バランスが悪いと持ち上がらねぇんだ。上手くいったらこっちの穴に
落としてくれて欲しいモノがもらえるって仕組みだよ」

「へー……拳西さん、やったことあるんですか?」
「いや。何回か他の客がやってるの見たことがあるだけ」
「そっか……そう、ですよね」
(………ん?)

なんだか修兵が妙にがっかりしたような……?
ふと首を傾げた拳西が修兵を見ると、その目が何かを追っているのが解った。
修兵の目が一心不乱に見つめていたのは、目の前のクレーンゲームの中にあるプライズ。
いかにも手触りが柔らかそうなカンジの巨大なぬいぐるみだ。
その正体は、頭の部分が大きくデフォルメされた黒猫で、どことなく修兵に似ていなくもない。
まさかとは思うが……

「……欲しいのか?それ」
「えっ?……あ、えと、その……」
「………欲しいんだな。取ってやろうか?」
「えっ、でもでも、拳西さんやったことがないって……」
「まぁな。でもまぁ……何とかなるだろこれくらい。要は、持ち上げられりゃいいんだろ……?そーなると、こいつは……ここか?」

そう言って、拳西がポケットから取り出した小銭をゲーム機にセットする。次いで、点滅を始めた2種類のボタンを操ると、アームを
目的の位置で見事に止めて見せた。後は、その読みが合っているかだが……

「………あっ、あぁ……わっ!持ち上がった!」
「おー、上手いこといったな……お、落ちた。ほら、これでいいのか?修兵」
「わぁっ!!ありがとうございます、拳西さん!すごく嬉しい!!」

そう言って、受け取った黒猫のぬいぐるみをぎゅーっと抱きしめる修兵。
こんな時、拳西の目には修兵が百年前と変わらない子供のように映る。
無邪気で甘えたがりな幼子に見える。
共に歩めなかった時間、けれどふとした瞬間に二人の間に戻ってくるそれ。
こんな一瞬が、拳西にはとても愛しくて大切だ。
目の前で嬉しそうにぬいぐるみと戯れる修兵に、拳西は目を細めて言った。

「そんなに嬉しいか?それ」
「はいっ!ほら、とっても柔らかくって可愛いんですよ!!ぎゅーってするとふにーって」
「ははっ、それじゃ説明になってねぇぞ?」
「むー……とにかく嬉しいんです!」
「解った解った。それじゃ……そろそろ時間だし行くか。真子達も買い物終えて、待ち合わせ場所に向かってる頃だろ」
「え?あ、……はい…それじゃ……」
「ん……?」

どうしてか、またいきなり曇った修兵の声。
「何でだ?」思いながら、再び修兵の視線を追うと、そこには今取ったぬいぐるみと少し模様が違った猫。白地に黒の縞がはいった
虎猫……否、どちらかといえば白虎に見える猫だ。

「修兵……なんだよ、これも欲しいのか?」
「はい……」
「えぇ?今のと色がちょっと違うだけだろ?荷物増えちまうだろうに……」
「だって、これ……拳西さんだもん。だから欲しい」

そう言って、まふっとぬいぐるみに顔を埋めた修兵。
赤くなった顔を隠そうとしたのだと気付くまで数秒。
そしてその原因となった言葉の意味を理解するのに、更に数秒………で。

「―――っっっっ!」

今度は拳西が赤面する番。
それでも、目的のモノは的確に一回で仕留めてしまうのだから、さすがは元隊長格。
結果、2人揃って赤くなってから30秒も経たないうちに、修兵の腕の中には、2匹の猫が仲良く並ぶこととなった。右腕で抱えたそれを
嬉しそうに見ながら、左手を引いてくれる拳西の後を修兵は着いていく。

そんな修兵を時折見つめながら、拳西も嬉しそうに笑う。
そんなわけで、2体の大きなぬいぐるみを抱えて嬉しそうな修兵と、そんな修兵になんだか幸せそうなカンジの拳西は、その後待ち合わせ
場所に既に到着していた真子達に、さんっざん事情を問いつめられることとなったのだった。



<あとがき>
拳修含め、仮面の軍勢組+七緒の現世デートは、一条にとってとても好きな執筆テーマです。
デート自体は、ソウルソサエティでもしますが、やっぱり隊長格の面々のデートって、結構制約があったりするわけです。
みんな関係は公認ですけれども、デートの途中で声を掛けられればやっぱり応じなければならないのが隊長格。
そういうことが全くない現世デートは、みんなのびのびとデートを楽しみます。
多分、一番デートらしい定番を行くのが、真子×ひよ里。
公園や海でのんびりお弁当&散策コースが鉢玄×白。
昼からムーディーにバーでゆっくりくつろぐのが、羅武×ローズ。
本屋や古本屋、博物館巡りをするのが、リサ×七緒。
意外にお家デートも多いのが、拳西×修兵。
って言う感じで、一条の中では設定されてます。



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