■ 我侭と独占の勝敗 ■





いつの世も、女同士の戦いというのはなかなかに激しい。
それは、ここのところ毎日のように九番隊で勃発する戦いにおいてもそうであった。

「あーっ!、ちょっと修兵!どうしてアタシの方のお団子が小さいのよ!」
「何言ってんのー?そんなに変わんないじゃん」
「だったら、そっちのと取り替えてよ!!」
「やーだよー!これは修ちゃんが白にくれたんだからー。修ちゃんは大好きな白のために、こっちのお団子くれたんだよねー。っていうかー、
白のためにこのお団子作ってくれたんだよねー?」

「なに言ってんのよ!修兵は、アタシがここに来ることを見越して、わざわざお団子作って待っていてくれたんじゃない。あのね、言っときますけど
修兵が好きなのはアタシなんだからね!」

「ぶっぶー!違いますー。修ちゃんが好きなのは白ですぅー」
「もう!二人とも!」

困り果てた様子で、修兵が叫ぶ。
ここは、九番隊の隊長副隊長執務室。
もう一人の主が不在のそこで、お盆を持った修兵は、やつれたような顔をして溜息をついた。

「はぁ……どうして顔を合わせるたびに喧嘩なさるんですか……」

元仮面の軍勢達が復帰したことにより、ここのところ毎日のように開かれている隊首会。
その合間を縫って隣隊から乱菊がやってくる事自体は構わない。
訪問の理由がたとえ仕事サボリたさであろうと、お八つ食べたさであろと一向に構わない。

だが、やってくる度に白と女の戦いを繰り広げることは大いに構う。
しかもその原因たるや、いつも大したことはないのだ。
やれ修兵が先に声をかけたのが自分だの、お茶を先に配ったのがどちらだの、茶菓子の量がどうだの……

「お願いですから、白さんも乱菊さんも仲良くしてくださいよ。9番隊と10番隊は、何かと合同任務も多いんですよ?これから一緒に仕事する
機会も多いっていうのに……どうしてそんなに仲が悪いんですか?」

「だーってだってー!いっつもこの人がねー!修ちゃんが自分のものだーっていうんだもん!」
「そうよ?間違ってないもの」
「それが大間違いなんだもーん!修ちゃんは白のなのー!」
「ぬわぁんですってぇ!?」
「きゃー!怒鳴ったー!修ちゃーん!白怖いー!」
「ちょっと!なに勝手に修兵に抱きついてんのよ!!」
「………はぁ」

修兵にしてみれば、とんだ災難である。
色っぽい表現をすれば、自分を巡っての争いなのであろうが、それが恋愛がらみでないことなど百も明らか。
どちらかを恋人に選んで、はい終わりというわけにはいかない。

そもそも修兵には拳西、白には鉢玄というれっきとした恋人がいるし、乱菊にも未だ忘れられぬ想い人がいる。
だからこそ、修兵には白と乱菊の言葉が意味する「自分のもの」の概念が良く理解できないのだ。
一体どういう意味で、二人は修兵を「自分のもの」にしたがっているのかが、全く解らない。つまり、どうすれば二人の喧嘩が収まるのか、
皆目見当がつかないと言うわけで……そうして、白と乱菊の喧嘩はとどまるところを知らなくなるのである。

まぁ、吉良や真子などからしてみれば、それは極めて単純な事態なのだろうが。
つまりこの二人の喧嘩は、「年の離れた姉二人による可愛い弟争奪戦」、なのである。
拳西や白が復帰するまで、修兵の姉のポジションは乱菊だけのものだった。
しかもただの姉ではない。
「弟にさんざん手を焼かせる姉」である。
そして乱菊にとって、そのポジションはきわめて大切なものだったのである。
まぁ、反抗期のない弟たる修兵は、乱菊のような我が儘一杯の者からしてみれば、しごく貴重な存在だろう。
恋人に甘えるのとはまた違った意味で、乱菊は修兵に甘えていたのである。


ところが、そんな乱菊とよく似た存在―――白が現れた。

しかも9番隊第3席に復帰した白は、復帰するなり我が儘一杯修兵に甘やかされているとの噂。
事実、修兵の白への接し方は、乱菊のそれと近かった。

拳西などは「白を甘やかさなくて良いからな」というのだが、これまで乱菊を相手にしてきた修兵からすれば、もはや白タイプの
人間を甘やかすことは習い性。

白の我が儘―――拳西であれば眉間の皺を三倍増しにして却下するそれ―――を、修兵はいとも自然に受け入れる。
鉢玄とデートに行きたいから休みが欲しいと言えば仕事を調整してくれるし、甘いものが食べたいと言えばさりげなくお八つを出してくれる。

そうして白を甘やかす時間が増えたのと反比例するように、修兵が乱菊を甘やかす時間は減っていった。
それは一方で、修兵が拳西と過ごす時間が増えたことに大きな要因があるのだが、それを承知の上で、乱菊は修兵が自分を甘やかす
時間が少ないことが、すなわち白が修兵に甘やかされていることが不満らしいのである。
白も勿論、修兵を譲る気はない。

というわけで、今日も二人の喧嘩が終わる気配は全くない。
これが終わるとすれば―――

「おい、いいかげんにしねぇか、松本」
「白もだ。修兵を困らせてんじゃねぇ」
「あらぁ、隊長」
「ぶー、莫迦拳西、もう帰ったのー?」

自隊の隊長達の帰還に、それぞれの部下達が不満げな声を上げる。
対照的な声を上げたのは、勿論修兵。
「拳西さん。日番谷隊長。お帰りなさい」と、ホッとした様子で二人を出迎えた修兵は、急いで拳西の元に駆け寄った。

「お疲れ様です、拳西さん。いますぐにお茶を入れますね。日番谷隊長も……大したものじゃないんですが、よろしければお団子
食べていってください」

「あぁ、いつも悪いな……松本、そっちに詰めろ」
「はぁーい、隊長」
「なにが「はぁーい」だ。毎日毎日檜佐木に迷惑をかけて……少しは自重しろ」
「してますよぉー」
「どこが……」

もはや仕事をさぼったことを叱っても無駄なことは知っている。
だからせめて、修兵には迷惑をかけるなと忠告してみるのだが、やはり乱菊には通じない。
すまないと拳西に目で告げた日番谷は、しかめっ面で目を閉じた。
拳西も拳西で白に何か言いたいところだが、一応白は9番隊の第3席。
「お八つだから、修ちゃんと一緒にいたんじゃん!」と言われてしまえば、反論の術はない。
というわけで、こちらもしかめっ面で隊長用の席に腰を下ろす。
そこへお茶とお団子がのったお盆を持って、修兵がやってきた。
「お疲れ様です、日番谷隊長」と言いながら、まず日番谷へと給仕。
次いで、拳西のもとへ向かうと、「お帰りなさい、拳西さん……」と告げて、お茶とお団子をおく。
そして………その場から動かない。

「ちょっと、修兵、こっち来なさいよー」
「修ちゃーん、白の隣あいてるよー?」

そう言って、乱菊と白が呼ぶも、修兵は無言の笑顔で緩く首を振るばかりで、拳西の傍を離れようとしない。
そうして何をするかと思いきや、お茶のおかわりを注いだり、お団子の追加を持ってきたり、ともかくまめまめしい。
「お前は食べないのか?」と拳西に聞かれ、ようやく自分も腰を落ち着けたが、それはしっかりと拳西の横。

隊長机まで引っ張ってきた椅子に座り、拳西に手渡されたお団子をぱくんと一口。
しかし、そうしながらも、視線は拳西に集中している。
「今度は、みたらしも食べてみてぇな」と拳西が言えば、「じゃあ、来週に作りますね」と言い、拳西が持つお団子から餡が垂れそうになれば、
とっさにその下にあった書類を取りよける。

そして極めつけは、これ。

「あ……拳西さん、あんこが付いてる」
「ん?どこに?」
「ここ……取ってあげるから、じっとして?」

そう言って、ごくごく自然な動作で拳西の口元についたあんこを指でぬぐい取った修兵は、それをそのまま、自身の舌でぺろりと舐め取った。
そして、ふわりと笑いながら「拳西さん、こういう時ってちょっと子供みたい……」といって頬を染める。

そんな修兵の様子を見て、「むむぅー」と唸ったのは白。乱菊もやや不満そうな表情だ。
ただ一人、穏やかに茶を楽しんでいる日番谷は、「それ見たことか」と至って冷静な様子で呟いた。

「何やかんや言ったって、檜佐木が六車以上に甘やかす相手なんていねぇっての……」






<あとがき>
仮面の軍勢組復帰で、我侭いっぱいの姉を2人を持つことになった修兵。
ちなみに妹的な存在は3名います。やちる、雛森、ルキアです。
我侭いっぱいという修飾語を付けなければ、姉的な存在はあとリサ、ひよ里、七緒。
でも実は、ひよ里は我侭いっぱいで修兵に接している白を少し羨ましいと思っています。
真子はそれを知っていて、しょっちゅうひよ里をからかいます。
そして、自分が我侭いっぱいの兄のように振る舞って見せては、ひよ里にどつかれてます。
えぇ、ついでに拳西にも鉄拳喰らってますよ(笑)
残りの女性陣のポジションは、またいずれ。




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