■ 夢間の邂逅 ■




それがどこなのか、誰も知らない。
いつから存在するものなのか、誰も知らない。
それは、ここへ来ることでしか、その存在を確認できない場所。
だが、どうやってここに来たのかは、そこにいる者達でさえ解らない。
ただ、ここでしなければならないことだけは、この場にいるもの全てにとって、きわめて鮮明なること。
だからこそ、名もないその場所を、住人達は仮初めにこう呼んでいた。
懺悔と贖罪の間―――と。


「に……ゃっ?」

突然―――それはまさに突然の出来事であった。
例えるなら、手練れの手品師が、何もない空間から、一瞬で札や鳩、あるいは炎を出現させるがごとく―――突然、この場に仔猫が現れたのである。
それは大層な珍客、であった。

「?……んだぁ?またずいぶんと妙な新入りが来やがったな」

最初にその出現に気付いたのは、仔猫の出現箇所の一番近くにいた人物。
かつて第6十刃を努めていた、グリムジョーであった。

次いで、彼の側で静かに瞑想していた者―――ウルキオラが、ゆっくりとその目を開いて仔猫を見つめる。
そして一言、こう言った。


「―――異質、だな」
「ぁん?何が?」
「気付かないか?あの者は、まだ生きている」
「は……まさか。冗談だろ」
「そのような冗談を言えるほど、オレはあの生き物の出現を楽観視していない。あれは間違いなく生きている。よく感覚を澄ませてみろ。魂にぬくもりがあろう」
「………マジかよ」
「ん、にゃ…ぁ?」

驚く二人を余所に、あり得ないお客様は、自分の置かれている状況をまだ把握できていないらしい。
きょときょとと周囲を見回して「ん?」と首を傾げている。
だが、それもほんの少しの間のこと。
ここが見知らぬ場所で、自分の一番大好きな人がいない。
そのことに気付いた仔猫の目には、みるみるうちに涙が溢れ……

「っにゃ、ふ……にゃ、にぁぁぁゃぁぁぁ……!」

それはもう、見事なまでに泣き始めた。
驚いたのはグリムジョー達だ。
ただでさえ目を疑う状況、それが把握も精査もろくに出来ぬうちに、分析対象が泣き出したのだ。


「だぁぁっ!おいっ、どうすんだよこれ、泣き出したぜ!?」
「どうする、と言われても……」
「言われてもじゃねぇよ!どうにかしねぇとマズいだろ、なんとかしろよ!お前、第4十刃だろうがよ、頭捻れよ!!」
「……過去の階級を持ち出されても困る。大体、猫なら同類はお前だろう」
「てっめ、誰が猫だ誰が……!」
「それに……力で物事を片付けないようになりたいと願ったからこそ、オレ達はここへ来たのではないのか?」
「う……っ」

それはそうだが、とグリムジョーが言い淀む。
『懺悔と贖罪の間』と住人達が名付けた通り、ここは死に際して自らの所業を心から悔い、それを贖いたいと強く願った魂が、長い時間をかけて転生を待つ場なのだ。
本来、大罪を犯したものが赴くは地獄。
裁きを受け、罪に応じた種々の罰を、決まった期間受けることで、懺悔と贖罪を果たす。
だが彼の地の苦行は、肉体的なものが主。

対しここは、肉体と言うよりも、魂そのものを苦行にさらす場。
加えて、その期間がどれほど続くものなのか、一切解らない。
否、時間というものそれすら、ここには存在していない。
己の深淵を覗き見ながら、いつ訪れるとも知れぬ転生をここで待つ。


一定の普遍的基準を持つ時間と、第三者の裁き。
それらを携えぬ苦行を続け、転生への期間を過ごすことは、凄絶に苦しい。
何をどれだけすれば、己の罪業を贖えるのかが解らないからだ。
無論、誰もそれを教えてはくれない。

ここは、そういう場所なのである。
過去、煩わしい面倒事とあらば、大方のものを力で片付けて来たが、今はそれをしないことを望むからこそ、二人ともここで時を過ごしている。
しかし、さりとてこんなにも激しく泣きじゃくる仔猫のあやし方など、知るはずもない二人である。
かつては犬猿の仲であったと言うことも忘れ、顔を見合わせたグリムジョーとウルキオラ。
そうして良いアイデアでも出てくればよいが―――どうも、先行きは絶望的。

そしてその間にも、仔猫は泣き続けている。
幼さ故か全力で泣くその姿は、だからこそどうにかしてやりたくなる。
だが、二人揃えば文殊の知恵とは相成らず。
とうとう為す術なく、頭を抱えようとした時、ふらりとこの場にやってきた者達があった。


「――― 一体、何事だ、騒々しい」
「そーそ。昼寝くらい、静かにさせてくれよ、お二人さん」
「あっれぇ?スタークはんは、いつだってよぉ寝とるやん。少しは起きてたほうが、身体にえぇんとちゃいますぅ?」。

元十刃のハリベル、スターク、そして元護廷十三隊三番隊隊長、市丸ギンである。
この三人も、ウルキオラ達と同様、ここで転生を待つ身。
彼らはそれぞれ、悔いている事柄も、償いたいと考えていることも違う。
だが、いずれもあの争いに身を投じていたことは確か。
そのため、同遇にある数多の魂が集うこの場所で、彼らは自然、お互いを近くに置くようになっていたらしい。

今も、この異常を感知できる位置にいたらしく、なんだなんだと物見遊山気分でやってきた、というわけだ。
そして、状況を認識するなり、二名はグリムジョー達と同じ反応を、しかし残りの一名―――市丸ギンは、彼には珍しいくらいの素っ頓狂な声を上げて驚いた。


「あれぇえ?まさかそれ、檜佐木くん?」
「ふ、み……ゃ?」
「んんん?あららららら、こりゃ間違いないみたいやなぁ。えーと、わかる?この前、乱菊やイヅルと一緒の時に会うたよねぇ。あの時は、君に大分怒られてしもうたんけど」
「みー……ぃ?」
「市丸ギン。乱菊の……えーと、何て言うか、まぁ―――」
「ふ、ゃ……にゃぁぁぁぅっ!」
「おわぁ?……っとと」
「みゃうっ、みゃぅっ、にゃぁーぅっ!」
「んーん、解っとるよ。六車隊長がおらんし、一人で怖かったんやねぇ……あらら、そんなに強く袴にしがみついたらあかんよ。抱っこできへんよぉ?」

そう言うとギンは、自分に向かって一直線に駆け寄ってきた仔猫を、苦笑混じりで抱き上げた。
対する修兵は、ようやく見知った霊圧を持つ相手に会えて安心したらしい。

「ふみゅぁ、ぁぁ」と泣きながら、一生懸命ギンにしがみついている。
それでも一時に比べれば、泣き方は穏やかなもの。
ひくん、としゃくり上げながら、何事かを訴えるようにギンへと身を寄せて、時折、発作的に泣き声を上げることを繰り返す。

応じてギンがぽんぽんと背を叩いてやれば、ゆっくりと身体の力が抜けていくのが解った。
その様子に、ひとまず安堵の元十刃陣。
がしがしとクセのある長髪をかきながら、スタークがふぅと息を吐く。

「やれやれ、どうにか泣き止みそうだなぁ。ずいぶんお前さんに懐いてるじゃねぇの」
「んー……まぁ、臨時の飼い主さんとして、ボクは合格ってとこやね。本来の飼い主さんには比べるべくもないけれど、ひとまず懐いてくれてよかったわ」

ギンはそう言って、よっこらしょと修兵を抱き直した。
首根っこにしがみつかれているよりは、顔が見えた方が安心すると思ったようだ。
すると、これが見事に的中。

拳西とよく似た銀髪になお信頼感が増したのか、ふかりとした尻尾がゆらゆらと揺れたと思ったら、それがしゅるりとギンの腕に巻き付いていく。
どうやら、緊急事態は去ったようだ。だが、謎も残る。
そもそも元十刃の四人にしてみると、ギンの腕で保護されている仔猫が、一体何者なのかすらも解らないのだ。
なぁ、市丸よぉ、と四人を代表してスタークが尋ねる。

「その、ちっせぇ……猫の耳と尾っぽが生えてる子どもは一体誰なんだ?あんたの知り合いなのかい?」
「んー、まぁ、せやね。でも……スタークはんとハリベルはんは、この子に会うたことがあるはずやねぇ?この子、護廷隊の副隊長やねんから」
「………護廷十三隊とは、耳と尾が生えた幼児を副隊長に据えるほど、慢性的な人材不足なのか?」
「いややわぁ、ハリベルはん。そないなことあるわけ……あぁ、でも、十一番隊の副隊長さんがおるから、一概に反論はできんか」
「?」
「あぁ、いや。こっちの話。それはともかく、この子は元々こんな姿と違う。こうなってんのは、護廷隊にもおる変人科学者さんの仕業やろ。元々はえらい美人の……ここ、左の頬に、大きい入れ墨を彫ってる子ぉなんよ」
「頬に入れ墨?……となると、確か、バラガンじっさまの従属官を倒してた?」
「そ」
「ということは、アパッチ達が生み出したアヨンに………」
「ぴぃーんぽーん」

だいせいかーい―――そう言いながら、仔猫の涙を拭ってやったギンは、その手でちょん、と小さな鼻を突っついた。
子どもをあやすようなその動きと、良い意味で場の空気を茶化してくれるギンの雰囲気に、修兵は持ち前の無邪気さを、少し取り戻したらしい。

まだ瞳に涙は残っているものの、泣き声はすっかり鳴き声に変わり、それに従って次第に他の者達にも興味を持ち始めたようだった。
「お、もう泣かんの?偉いねぇ」と、ギンからの後押しももらえれば、いつしか愛らしい顔に、ふわふわとした笑みが浮かんでくる。
幼い顔の破笑に、ふ、と感情を揺り動かされる元十刃達。
中でも、己の魂を分けた幼い少女―――リリネットを忘れられずにいるスタークは、それが顕著だったらしい。
「市丸、少し……いいか?」と、こらえきれずに手を伸ばす。

「もし、その……そいつが平気なら、だが」
「ん、大丈夫やと思いはるよ?ねぇ?ボクのお友達なら、怖ないよねぇ」
「んみゃー……」
「ほら、大丈夫や」

そう言って、ギンが仔猫を抱き渡す。
すると、無事にスタークの腕に収まった修兵は、もう怖くないよ、と伝えたいのか、ぴたりと彼の胸に身を寄せる。
懐いてくれたと解るその仕草は、やはり嬉しいもの。
それに、在りし日のリリネットも、良くこうして身を寄せてきた。

己の魂の一部であるはずなのに、未だここに来ない少女。
その面影が、ふと仔猫に重なる。

「………随分と可愛いんだな、お前さんも」
「むゃーぅ?」

声に応じてスタークを見上げる紫黒瞳。
ぴこん、と跳ねた耳も愛らしく、「にゃん!」と嬉しそうに鳴いて、仔猫が笑う。
次いで、横にいたハリベルに、にこにこと笑いかけた修兵は、怜悧な美しき女戦士に向かって無邪気に手を伸ばした。

普段はとんと感情を表に出さないハリベルも、今の修兵には勝てない。

「お前は、私が怖くないのか……?」

「み?」
「いや、私だけじゃない……ここは怖くないか?」
「なー……みゃう!」
「そうか……お前は強いな」
「ふ?」
「話せるものならお前と……一度ゆっくり言葉を交わしてみたいものだ。お前のように澄んだ魂に、世界はどう見えているのだろう。私は、それが知りたい……」

そう言って、すぅと気配を落としたハリベル。
すると仔猫が、スタークの手を離れたそうな素振りを見せた。
意図を察したスタークが素早くハリベルの腕に子猫を抱かせると、修兵は満足げに「ふゃ」と鳴く。
そして、己の柔らかい頬と小さな鼻を、すりすりとハリベルの首筋に擦り寄せて、また「ふぁ」と鳴いた。

世界は、ハリベルのように優しくて、良い匂いがするところ。
まるでそう言っているかのような修兵の行動に、ハリベルは静かに笑うと、

「そうか。私は難しく考えすぎていたのかも知れないな。そして、世界のほんの一部しか、目に見えていなかった。少し振り返ってみれば、お前のように優しい世界もあるのだと、解ったはずなのに……非道いものだ。私は、世界が辛く哀しい場所だとしか、アパッチ達に伝えてやれなかった。そして、無用な戦いに巻き込んでしまったのだよ。あぁ……それなのに、お前達は、私に付いてきてくれたのだね……」

そうして、常に自分の支えとなっていた三人の破面達に思いを馳せながら、

「それにしても、お前はどうしてここに来てしまったのだ?」

そう言って、ゆっくりと仔猫の頭を撫でた。

「ここは……お前のような、綺麗な魂の子が来るところではないのだよ」
「みぁ?……みぅ……」
「うむ……まぁ、これはお前に聞いても解らないか……」
「まーぁ、そーだろね。でもウルキオラには何か考えがあるんじゃねぇか?」
「……………」
「違ったかい?」

そう言って、にんまりと笑うスターク。
第1十刃であったときも飄々とした空気を醸す男だったが、全てから解放された今、それは更に顕著だ。
一方、未だ昔とほとんど変わらぬウルキオラ、しかし、スタークの指摘通り、何か思うところはあるらしい。

ふいと仔猫に視線を合わせ、

「いや……あくまで仮説だ。証明する手立てもない。ただ、こうしてお前達がその者に触れることが出来ていることを考慮すると、おそらく……その檜佐木とやらは、今は現世か尸魂界で眠っているのではあるまいか?」
「はぁ?眠ってる?んなことで、ここに来れちまったっていうのかよ?まっさか」
「しかし、そう考えるのが一番合点がゆくのだ、グリムジョー。我らが触れられると言うことは、その仔猫も今は実体を持たぬ身。我々と同じく、純粋なるエネルギー体としての魂の形態をとっているという何よりの証だ。更に、ここへ来た時、この者はずいぶんと驚いていたようだった。いつの間にかこんなところに来てしまった、と言う様子でな」
「あぁ、そういえば……そんな感じだったな」
「先程、市丸が言っていた、尸魂界の変人科学者の実験と考えられないこともないが、件の本来の飼い主がこの仔猫を溺愛しているとなれば、それも難しいだろう。魂となって、無意識にこんなところにやってくる。残る選択肢として考えられるのは」
「眠って、夢を見てる……ってことか」
「あぁ……ここは、どこにあるかも解らぬ場所。実際ここに存在する我々でさえ、どうやってここに到達したかを知る術はない。ただ、大胆な仮説を承知で言えば、まだ生きている者にとって、ここは夢の中の世界として、稀に接続される場所なのかもしれん」
「ははぁん、つまりその稀な接続が、今、檜佐木君の身ぃに起こってしもたいうことか」
「あぁ。まぁ……もしそれが正しければ、心配はいらない。この者の実体が今眠っている場所で目を覚ませば、元いた場所へ魂も帰り着くだろう」
「ふーん。じゃあ、それまでは、誰かが面倒見てやらねぇとな」
「ふむ。ならば、誰よりふさわしい者がいるだろう……なぁ、市丸?」
「………あぁ、せやね。ほな、呼んできてぇな、グリムジョー」
「はぁ!?何でオレが……!」
「まぁまぁ。相性が悪いなんて言わんの。過去の遺恨もこの際水に流しぃ。ここはそういう場。それに、この子を前にして、そんな哀しいこと言うたらあかんよ」
「あー……あぁぁ!解った解った!!呼びゃあいいんだろ呼びゃあ!!くそっ!」

あの真面目男は、大概ストイックすぎんだよ―――そう文句を言いながらも、相手の魂から発せられる波動を手がかりに、グリムジョーは庇護者を迎えに歩いて行った。
その後ろ姿を見ながら、ウルキオラがぽつりと呟く。

「………やはり、気付いているか」
「そりゃそぅやろねぇ。あのお人かて、ボクらとそないに離れたりはしはらんから」
「きっと、誰より早く駆けつけたかっただろうな……少なくとも私なら、我慢できん」
「本当に、ストイックすぎるんだよなーぁ」
「………お前はやや軽すぎる」
「ぅあっ、ひっでーこと言うなぁ。なぁ、そう思うだろ?えーっと……」
「修兵。修兵っていうんよ、その子」
「へー、修兵か。どうよ、ウルキオラ。お前さんも抱いてみるか?」
「………あぁ」

実は先程から、ずっと触れてみたいと思っていた。
そう言ってウルキオラが、ハリベルからそっと仔猫を受け取る。

「あたたかい、のだな………」

すぐに何かがぬくもりを帯びていくのが解る。
それが自分の心だと、単純にうぬぼれる気はなかったが、それでも穏やかな温度が、魂を巡っていくのが解った。


「やはり……不思議なものだ」

『心』が何かを知った死に際、だが、体感する間もなく己の生は尽き、以降、『心』に触れることは叶わず、ここで時を過ごしてきた。
初めて直接触れたそれは―――大層あたたかい。甘美なぬくもりにしばし身を預ける。
するとそこに、足音も荒くグリムジョーが帰ってきた。どうやら、会う会わないでしばしもめたらしく、相手を力ずくで引っ張ってきたらしい。

「おらよ!お望み通り連れてきたぜ!」
「はいはい、ご苦労さん。ほらほら、そないに威嚇せんの。檜佐木くんが驚いてしまうやん」
「ぅ。んなこと言われても……あぁ?なんだ、今度はお前が抱いてんのかよ、ウルキオラ」
「次はお前がどうだ。良いものだぞ……」
「あぁ……お、なんだ、存外軽いんだな、お前。でっかくなっても細っせぇんだろ?これでマジに副隊長なのか?オレと同じ猫なら、強くなるために、まずしっかり食えよなぁ?」
「ふ?……うーぁぅ!」
「よっし。約束な。そしたら……最後は、てめぇだてめぇ!おい東仙!」
「……………」
「あぁ?いつまでも地蔵みてーに、無言でつったってんじゃねぇよ。ほら!こいつは本来、お前が抱いてやるべき猫なんだろ?」

そう言ってグリムジョーは、ぐい、と修兵を目の前につきだして見せた。
この地でも、自ら望んで闇夜の世界を貫いている東仙。
だが、今目の前にいるのが誰なのか、見えていなくとも解るはず。
しかし……否、だからこそ手が出ない。手を出せない。
そのあたりの事情は、グリムジョーにしても何となく知ってはいる。
だが、考えるより先に行動するが信条の若き豹。
大体、今この仔猫を手にすることが出来ないなら、何故ここへ来たんだと鋭く問うたグリムジョーは、有無を言わさず。東仙の胸に仔猫の身体を押しつけた。

だが、やはり東仙の手は動かない。
支えてもらうべき腕がないため、修兵はぱたぱたと足を動かしている。そして、大層哀しそうな鳴き声を上げた。

こうなってくると、グリムジョーの方が持たない。
直接小さな身体を押しつけても、修兵を抱こうとしない東仙と、哀しそうな仔猫の顔に、とうとう業を煮やしたグリムジョーは、

「めんっどくせぇな!おら!ご託は良いから、とっとと抱いちまえ!!」

そう言うなり、ひょいと修兵を上空に投げた。

「!?……あ、な、何をするグリムジョー!……檜佐木っ!危ない!」
「ふみゃゃっ……!」

軽い身体と言えど、この場にも存在する重力のようなものには叶わない。
思いもしなかったグリムジョーの行動に慌てた東仙は、しかし、次の瞬間、しっかりと護るように小さな仔猫を抱きしめていた。

「うみゅーぅ?」
「………ぁ」

とても……とても近くに感じる、魂の柔らかなぬくもり。 
それらは、自らが歩むべき道を間違えたが故に、失ってしまったもの。
そして、失ったが故に解る、とてもとても―――懐かしく、大切な温度。

一方、ほんの刹那の時間、きょとんとしていた修兵は、けれどすぐさま東仙を、自分にとって特別な存在だと理解したらしい。
勢いも愛らしく尾や耳を動かし、嬉しそうな鳴き声を上げて東仙の懐に潜り込んでいく。
今更この子を抱いて良いものかと、思い惑うていた東仙。
しかし、そんな迷いも、純真な魂の柔らかさで瞬く間にほどけていく。
そして―――

「檜、佐木……」
「にゃん?」
「元気……だったかい?」
「みゃぁぁぁん」

感激で、声を詰まらせながらそう問うた東仙の魂に、仔猫の嬉しそうな鳴き声が、あたたかく谺していった。



■■■■■■■■■■■



「―――ふ……にぁ」
「?………お、修兵、起きたのか。今日はまた随分よく眠ってたな」
「みぃー……」
「なんだ、どうしたよ?まだ眠り足りないか?」
「んーんー……」
「?……修兵?」

この姿になってからの習慣で、今日も自分の膝の上で丸まって昼寝をしていた仔猫。
これまたいつもの時間に起きてくれたのは良いが、何だか様子が変だ。

思わず首を傾げた拳西の死覇装を、修兵がくぃくぃと引っ張る。
次いで、自分がくるまっていた拳西の隊長羽織をもう一度しっかりと身体に絡ませ、「みゃぁぁぁぁぅぅ」と甘えるように鳴いた修兵は、拳西に向けて小さな手を目一杯伸ばして見せた。


「あぁ……そうか、抱っこして欲しかったのか」
「みみゅぅぅん……」
「んー、解った解った。しかし、なんだか、いつにも増して甘えっ子だなぁ、お前」

何か、甘えたになる夢でも見たのか?
冗談交じりでそう問いかけた拳西に、すると仔猫が返してきたのはとびきりの笑顔。

「みーにゃーぁーん」
「あ?何だ、本当にそうなのかよ」
「みゃーん」
「ふぅーん……なら、ほら、来い、修兵。ありったけ、ぎゅーってしてやる」
「にゅ………みゃんっ!」

目の前で広げられた腕に、ぎゅぅっと仔猫が抱きつく。
そして、小さなその身体を、これまた拳西がぎゅぅと抱いてやると、一体何がそんなに嬉しいのか、仔猫は「みにゃみにゃ」と鳴いて、拳西の胸に潜り込んでいった。
そして、先程まで自分を抱きしめていてくれた腕を、仔猫は思い出す。
拳西とは違う、けれど自分にとってとても大切な人。
離れていても、自分を見守ってくれる優しい庇護者―――そうして、二人の庇護者の優しさとぬくもりに包まれた仔猫は、拳西の腕の中、いつまでも嬉しそうに鳴きつづけた。




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