■ 救済の使者 ■




もしもね、もしも……一人で持てないものがあったら、二人で持てばいい。
一人で持てても、それがとても重たいものなら、やっぱり二人で持ったらいい。
冬獅郎おにいちゃん、前に修にそう言ったよね。
その時は、おにいちゃんが修が持ってたものを一緒に持ってくれたけど、きっとね、今度は修がそうする番だよ?
だからね、だから………


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今日はおひるねの途中までは、いつもの今日だった。
朝、けんせーに頭をなでてもらって起きてから、ご飯を食べていろいろ支度をして、けんせーのお仕事のお部屋に連れてってもらった。
そこからけんせーは、ずーっとお仕事。邪魔したらダメだから、修はけんせーの傍で絵本を読んだり、字の練習をしてた。
お昼ご飯はラーメン屋さんが持ってきてくれたチャーハン。
ちゃんと残さず全部食べて、ジュースを飲んでたら、お昼寝の時間になった。

いつもはけんせーのお膝の上でねんねだけど、今日はけんせーはお仕事が沢山。だから、断地風を呼んでくれた。
修の大好きな断地風。

ソファに座った断地風にだっこしてもらって、ぬくぬくのお昼寝。
おやつの時間までぽかぽかのお昼寝。

けれど、今日はそこからがちょっと違ってた。

断地風に頭をなでてもらいながら、うとうとしてたら、お部屋のドアからこんこんって音。
それを聞いて、けんせーがちょっと怒ったような気がした。
修のお昼寝の邪魔をしないようにって、いっつもこの時間は、誰も来ないようにって言ってあるから。

でも、もしかしたら急に大変なことが起きたのかもしれない。
「しょうがねぇなぁ……」って言いながら、けんせーがドアにかけていた鬼道のカギをとく。
そして「入れ」って一言。
そうしたら「失礼します、六車隊長」って、聞いたことがあるような声がした。
多分、修が知ってる人。
でも、いつもと違う声―――誰だろうって思いながら、何とか目を開けると、お客さんはお隣の隊の乱菊お姉ちゃんだった。

お仕事かなぁって思ったんだけど、ちょっとお姉ちゃんの様子が変………。
乱菊お姉ちゃんって、いつも楽しそうに笑ってて、それは冬獅郎おにいちゃんに怒られたときだってそう。
なのに、今のお姉ちゃんの顔は、とっても悲しそうに見える。

何かあったのかなって心配になって、眠たい目をこしこしと擦る。
それに気付いた断地風が、修を静かな地下のお部屋に連れて行こうとしたけれど、修はいっぱい首を振って「ここにいる」って断地風に言った。
「修兵は、眠たい時間だろう?」ってけんせーも言ってくれたけど、頑張って首を振る。

何だかよく解らないけど、お姉ちゃんは、修に会いに来たんじゃないかって思ったから。
眠たいけれど起きなきゃって思って、なんとか身体に力を入れた。


「修兵、ごめんね……起こしちゃったわね」

お姉ちゃんは修が起きたのを見て、嬉しそうに、けれどやっぱり悲しそうに笑った。
お姉ちゃんのそんな顔を見て、修はますます心配になった。
だから「お姉ちゃん、どうしたの?」って、思わず聞くと、修の側にお姉ちゃんは来て、まるで、今にも泣き出しそうな声でこう言った。

「助けて、修兵。もう……アンタじゃなきゃ駄目みたい………」


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「………冬獅郎おにいちゃん、ねんねしてるの?」
「そうね、今は……でも、きっとあんまり眠れていないと思う」
「そうなの……」
「修兵…その…本当に一人で平気なの?」
「うん。大丈夫だよ。だって、冬獅郎おにいちゃんだもん」
「そう…でも、何かあったら、必ずアタシを呼ぶのよ?アタシは隣の部屋にいるからね」
「わかった」
「じゃあ……お願いね」

日番谷隊長を助けてあげて―――お姉ちゃんはそう言って、修を冬獅郎おにいちゃんのお部屋に残していった。
冬獅郎おにいちゃんのお部屋は、入った時からとっても静かだった。
でも、それだけなら、あんなに乱菊お姉ちゃんが心配する事じゃない。
この時間はいつもそうだって、さっきお姉ちゃんは言ってた。
おにいちゃんも修とおんなじでお昼寝するんだよ、って。

でも、そのお昼寝は、少し前からとっても苦しいものに変わっちゃったんだって。
ううん。お昼寝だけじゃない。
普通の夜のねんねもすごく苦しいはずなのって、お姉ちゃんは言ってた。

そしてそのせいで、冬獅郎おにいちゃんは今、起きている時も苦しい。
ご飯はほとんど食べないし、お姉ちゃんがお仕事サボっても、全然怒らない。
いつものようにお
仕事しながら、ずぅっと思いつめたような顔をしている。

お姉ちゃんは修にそう言うと、「助けて」って、とっても悲しそうな顔でつぶやいた。
 「隊長を苦しがらせているもの、退治してあげて」って。
そう言われてね、修はすごく迷った。
修に何ができるんだろうって、そう思ったからだよ。
だって、冬獅郎おにいちゃんはとっても強い。
そんなおにいちゃんを苦しがらせてるものを、修が退治するなんて、無理だもん。
おにいちゃんを助けられるなら、助けてあげたい。
でも、修は……きっと、何もしてあげられない。
そう思ってしょんぼりうつむくと、断地風が頭を撫でてこう言ってくれた。

「修兵…傍にいるだけでも、だれかを助けられることがある。私や主にとってそうであるように、氷輪丸の主殿にとっても、きっとお前はそういう存在なのだ」
「傍に…?おにいちゃんにも、それだけでいいの?」
「あぁ。それだけで、氷輪丸の主殿は楽になるはずだ。私や主が常にそうであるようにな」
「……修兵」
「けんせー……」
「お前は無力じゃない。それはオレが誰より理解してる。それがどういうことか、ちゃんとお前にはわかるよな?」
「うん」
「なら、行ってやれ。多分、日番谷もお前を待ってる」
「……うん!わかった!修、行ってくる」

傍にいることしかできないかもしれないけれど ――― それでも、けんせーとおんなじで、おにいちゃんの苦しいのが減るなら、傍にいたいって思ったんだ。
それからすぐに、修はお姉ちゃんと一緒におにいちゃんのお仕事場所に行くことになった。
そうして今、修はこのお部屋におにいちゃんと二人だけ。


「冬獅郎、おにいちゃん……」

名前を呼んで、おにいちゃんがお昼寝してるソファに、そぉっと近付く。
そこでおにいちゃんは眠ってた。
でも、その顔はお姉ちゃんが言ってた通り、すごく辛そうに見える。
眉の間は、本気で怒ったときのけんせーみたいに、ぎゅぅってなってて、歯もぎゅって噛んでて、呼吸はとっても苦しそう。
おでこには細かい汗を沢山かいていて、まるで風邪をひいたときの修みたい。
なのに、さわった手は、氷輪丸が出してくれる氷みたいに冷たくて、時々苦しそうに着物の胸の部分を掴んでる。
「冬獅郎おにいちゃん、起きて」って何度か言ってみたけれど、おにいちゃんは起きない。
でも、こんなに辛いままで、苦しいままで眠ってたら、絶対駄目……だから、どうしたらいいんだろうって、修は一生懸命考えた。
そうしたら思い出した。
修も、時々怖い夢を見て、眠っているときに苦しくなっちゃう時がある。
そんなとき、いつも、けんせーがしてくれること……

「おにいちゃん、大丈夫だよ。修、ここにいるよ……」

冷たい手をにぎって、声を掛ける。
汗でいっぱいになっていたおでこを、持っていたタオルでふいてあげてから、髪の毛を撫でてあげる。

おにいちゃんはすごく苦しいみたいで、何度か修の手を強く握ってきた。
苦しがっているおにいちゃんの力はすごく強くて、爪で手に傷ができちゃったけど、そんなの全然痛くない。


「おにいちゃん、修、いるからね、一人じゃないからね」

何度も何度も声をかけて、髪の毛を撫でて……しばらくすると、おにいちゃんの呼吸が少しゆっくりになってきた。
手もいつもみたいにあったかい。

「よかったぁ……」

嬉しくなって、ほっとしたら、修も眠くなってきた。
そうだ、修も今はお昼寝の時間なんだって思いだしたら、どうしても眠くなってきちゃって。

「ごめんね、おにいちゃん……ちょっと隣、貸して……」

冬獅郎おにいちゃんもまだお昼寝みたいだし、修も少しだけ……そう思って、おにいちゃんの横にお邪魔する。
けんせーや断地風はおっきいから、ソファでねんねの時は、こんな風に並んで眠れないけど、冬獅郎おにいちゃんとなら、こうやって二人で並んで横になれる。
手は握ったままで、ころんって寝っ転がると、おにいちゃんの顔がとっても近い。
まだけんせーの怒った時みたいになっていた眉の間が、すこーしずつ、いつものおにいちゃんに戻っていくのを見ながら、修はゆっくり目を閉じた。
ちょっとだけ、ちょっとだけね……そう思ってたのに、それから、どれくらい経ったのかわからないくらい、修は眠っちゃって。
次にぱちん、って目が開いたときには、もうお部屋の中は夕方色だった。
お昼寝しすぎちゃったって思って、あわてて身体を起こしたけれど、その時まで、冬獅郎おにいちゃんはまだ眠ってたみたい。
修が起きあがって、握っていた手を引っ張ったことで、気がついたらしいおにいちゃんは、うっすらと目を開けると、不思議そうな顔して修を見た。

「………修兵?」
「うん……おはよ、冬獅郎おにいちゃん」
「おは、よう………―――!?」
「ゎっ……!」

びっくりした。
ものすごい勢いで身体を起こしたおにいちゃんにはじかれて、修はソファから落っこちちゃった。
そしたら、今度はそれにお兄ちゃんのほうがびっくりしたみたい。

「修兵っ!?」って、また修がびっくりするくらい大きな声で修を呼んだおにいちゃんは、とっても焦った様子で修をソファに引っ張り上げてくれた。

「修、修兵!修っ、怪我しなかったか、怪我は……」
「おにいちゃん……?」
「すまない、痛かっただろ?あ、ぁ、よ、四番隊に行ったほうがいいか?それとも……?」
「………?」

どうしたんだろう。おにいちゃんの様子がおかしい。
確かに修は今、ソファから落っこちて尻もちをついちゃったけど、そんなの全然平気。
なのに、みるみる顔が青ざめていって、また呼吸が苦しくなって、修の左手を掴んだままで、なのに目は修を見てくれない。

「おにーちゃ……」
「あ…あ、ぁ、これ……これ、オレが、やったのか?」
「え?」

これ、って一体何のこと?
おにいちゃんの目が見ているものがそれなのかなと思って、おんなじところを修も見る。
おにいちゃんが見ていたのは修の左手の甲。そこにあった何本かのみみずばれをおにいちゃんは見ているみたいだった。
さっき、眠っていた冬獅郎おにいちゃんが、修の手を強く握った時に出来た傷…。

「あの、これは……」
「オレ、がやったんだな」
「ぅ…でも、おにいちゃん、ちょっとぎゅって握っただけだよ?眠ってるとき、苦しそうだったし……それに、修、全然平気だよ。痛くないよ?」
「嘘をつくな!!」
「っ……ぉ、にぃちゃ……」
「本当は痛いんだろう?すまない、本当に……すまない、修、こんな…傷つけたくなんてないのに……お前は一番、傷つけたくなんて、ないのに……っ」
「おにいちゃ…ん」

どうして、どうして、って頭の中がそれでいっぱいになる。
修は本当にもう痛くないのに、もともとほんのちょっとの傷なのに。
どうしてこんなにおにいちゃんは謝るの?どうして修が痛いって思っちゃうの?
おにいちゃんは、まだ謝り続けてる。
まるで、修の言葉なんか聞いてないみたいに、ずっと、ずっと………。
おにいちゃん、そんなの、修悲しいよ。
修はここにいるのに………。

「ふぇ…」

修の傷だけ見て、ずっと謝り続けるおにいちゃんに、どんどん修は悲しくなっていった。
今、苦しいのはおにいちゃんだって解ってるけど、涙がどんどん出てきた。
左手はおにいちゃんが握ったままだから、右手でいっぱい目をこすったけど、そんなの間に合わないくらい、涙がたくさん。
そのうち、ぬぐい切れなかった涙が左手の甲にもたくさん落ち始めた。
左手を握っているおにいちゃんの手も、修の涙で濡れていく。

なのに、それでもおにいちゃんは修を見てくれない。
涙が落ちてることも気づかない様子で、修の手の傷をずっとずっと撫でてる。
もう……修は限界だった。

「おにいちゃん!ねぇ、おにいちゃん!」
「修、修兵…痛いか?痛いよな、ごめん、ごめんな…ごめ…」
「っ……やだ、やだよぅ、ちゃんと修のこと見てよ!修、修、ちゃんとここにいるよ……!!」

だから修のことちゃんと見てよ、冬獅郎おにいちゃん!!―――もうぐちゃぐちゃな声でおにいちゃんを呼んで、おにいちゃんの手をぎゅぅって握る。
そうしたら……はっとしたように、おにいちゃんが修を見た。
顔はやっぱり青かったけれど、エメラルドグリーンの目が、ちゃんと修を見てくれた。
「修兵…?」って、今度こそちゃんと修を呼んでくれて、片手が修のほっぺを撫でてくれる。
多分、涙を拭いてくれようとしたんだって、そう思ったらほっとして、我慢してたものがどっかへ行っちゃって、修は思いっきり泣いた。
おにいちゃんは、沢山あわてて、「どうしたんだ、修兵、どうした?」って、おろおろしながら、それでも修を抱っこしてくれた。
いつもみたいに背中をゆっくり撫でて、「どこか痛いのか?それとも何か怖いものがあるのか?」って聞いてくれる。

やっといつものおにいちゃんだ、って思ったら、もっと涙が出てきた。
でも、悲しくて出てきた涙じゃない。ホッとして出てきた涙。
でもおにいちゃんは、修の涙が増えちゃったことが、とっても不安だったみたい。
さっきよりももっと、ぎゅって抱っこしてくれて、何度も何度も「どこか痛いのか?それとも何か怖いものがあるのか?」って尋ねてくれる。
でも、本当に痛いのも怖いのも修じゃない。
だから、ふるふるって首を振って「違うよ……」って、修は言った。

「痛いのも、怖いのも、今はおにいちゃんの方だよ。そうでしょ……?」

そうしたら、おにいちゃんは全部解ってくれたみたい。
一瞬、ぴくんって肩を揺らしたおにいちゃんは、修の顔を覗き込んでこう言った。

「……松本、だな」
「うん。お姉ちゃん、心配してたよ……」
「そうか……駄目だな、隊長のくせに。部下に心配をかけて」
「隊長は、心配かけちゃだめなの……?」
「あぁ。修兵にも、たくさんたくさん心配をかけた。ごめんな……あぁ、もうこんな時間だ。そろそろ六車のところへ帰るといい。オレはもう、大丈夫だから」
「………嘘」
「ん?」
「おにいちゃん、嘘ついてる……修、わかる」
「そんなことはない。修兵が来てくれたおかげで、もうすっかり元気だ」
「……そんなの嘘だもん」
「嘘なんかじゃ……―――」
「じゃあどうして、まだ修の傷、気にしてるの……?」

修は痛くないって言ったよ ――― そう言って、修はおにいちゃんの羽織をぎゅうって握った。

「おにいちゃんが本当に元気になるまで、修、絶対帰らないもん……」
「修兵…」
「やだ!帰らない!!」
「…………」
「………おにいちゃん、お願いだから、ちゃんと痛いって言って。苦しいって言ってよ」
「修兵……だが、オレは隊長だ。隊長って言うのは、苦しいことも痛いことも、一人で頑張って耐えなきゃならないものなんだ。六車だって、そうしているだろう?」
「けんせー?……ううん。そんなことない」

けんせーは、一人で抱えたりなんて、絶対にしない。
苦しいこととか、辛いことがあったりすると、必ず修に「傍にいてくれ」って言ってくれる。
どうして苦しいのか、どうして辛いのかも、全部じゃないかもしれないけれど、ちゃんと修に言えることは話してくれる。
だから、隊長が全部一人で苦しいことを耐えなきゃいけないなんて、きっとそんなことないって、修はそう思う。

それに ――― もしもね、もしも……一人で持てないものがあったら、二人で持てばいい。
一人で持てても、それがとても重たいものなら、やっぱり二人で持ったらいい。
冬獅郎おにいちゃん、前に修にそう言ったよね。
その時は、おにいちゃんが修が持ってたものを一緒に持ってくれたけど、きっとね、今度は修がそうする番だよ?
だからね、だから………

「修ね、まだそんなに力もないよ?でもね、ちょっとでもおにいちゃんが重たいって思ってるもの、一緒に持ちたいって思うから……」
「うん……」
「だから、お話……駄目?」
「………いいや。話、しよう。聞いてくれるか、修兵?」
「うん」

柔らかくなったおにいちゃんの声に、こくんと修はうなずいた。
それからゆっくり時間をかけて、おにいちゃんは、おにいちゃんが苦しくて痛かった理由を、ちゃんと話してくれた。
少し前、とても大切な人を傷つけてしまったこと。
それはきっと、その時には本当にどうしようもなかったことだったんだけれど、もし、自分がもっと強くて冷静でいられたら、そうはならなかったかもしれないって、ずっとずっとそう思ってしまうってこと。
傷つけてしまったその人は、今はもう身体の方は元気だってこと。
でも、おにいちゃんは、まだ自分を許せなくて……

「だから、さっき、修兵の手の傷を見て、それをつけたのは自分だって……それで、頭がパニックになったんだと思う」
「そうだったの……」
「あぁ…なぁ、本当に、大丈夫なのか?」
「平気だよ。ちょっとヒリヒリするだけ」
「なら、いいが……でも、傷があったら、六車が怒るな」
「そうだね。じゃあ、明日までに治さないと駄目だね」
「明日?」
「うん。修、今日おにいちゃんのところにお泊まりしたい」
「………いい、のか?」
「うん。けんせーも、きっとそうしろって言ってくれるよ」
「そうか……」
(あ……)

おにいちゃんの顔が、ホッとしたように微笑った。
本当は、やっぱり一人じゃ苦しかったんだよね。
ねぇ、冬獅郎おにいちゃん。
今夜はちゃんとご飯食べて、お風呂入って、一緒に寝ようね。
きっと、きっと、今日はねんねしても苦しくないよ。修、傍にいるからね。




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