■ 贖罪の双傷 ■




「黒崎さぁーん、すいませんが、平子サンのところにお届け物、頼めますぅ?」
「………はぁあ?」

………嫌な予感は、薄々してた。
藍染達との死闘が終わり、現世も尸魂界も平和になった今、全ての死神達の活動は、いわゆる『通常業務』に戻った。
死神代行を続けているオレも、かつての繁忙期はどこへやら、今やせいぜい虚討伐を週に数回行うくらいのもの。
そんな平和な今、浦原さんがわざわざオレを呼ぶ理由なんて、良いトコ、新しい発明品の被験者にされるか、尸魂界への使いくらいだって
想像がついたはずなのに。
「いやー、さすがは人徳者の黒崎サン。聞きましたよぅ、二つ返事で来てくれたって」
「………よく言うぜ」
上機嫌で扇子をひらひらと振る浦原さんに、思い切り顔をしかめて見せる。
校門の前であんなごっついおっさん―――鉄裁さんのことだが―――に待ってられた、こっちの身にもなってくれっての。
授業が終わって、やれ楽しい放課後が来たと思いきや、校門で仁王立ちする鉄裁さんに「一大事なのです、黒崎殿」と顔面どアップで迫られ、
間髪入れずに、同級生達からは好奇の目が向けられ………また、そう言うときに限って井上もチャドもいないわけで――そうなれば、
とりあえずその場から退散して、鉄裁さんの言うがまま、浦原商店に来ざるを得ないだろうがよ。
まぁ、変だなとは思ってたぜ?
鉄裁さんが「一大事」って言う割に街は静かだし、死神代行証も何も反応してねぇし。けれど尸魂界で「一大事」が起きたって言う可能性は
否定できず、とりあえず言われた通りに死神化したオレは、鉄裁さんの案内で浦原商店の地下へ。
すると、そこに待っていたのは浦原さんと―――

「………なんだよ、これ」
「知りません?あぁ、黒崎サンくらいの年齢の人だと知らないかぁ。これはですねぇ、蓄音機っていって、レコード聞くときに使うものなんですがね」
「……いや、そーじゃなくてだな」
「はいぃ?」
はいぃ?じゃねぇっての。蓄音機くらいなら知ってるって。
オレが何だって聞いたのは、目の前の物体が、蓄音機とは似てもにつかない、かなり、サイケデリックな見た目をしたものだったからだ。
しかも……
「黒崎さぁーん、すいませんが、平子サンのところにお届け物、頼めますぅ?」
「………はぁあ?」
お届け物だぁ?
つまり……こいつを尸魂界まで、オレに運んで行けと?
「はい、そーいうことですよぉ」
「そーいうこと、って……何でオレが!?大体、こんなんどーやって……」
「それなら大丈夫。背中に担いでいけばいーんですよ。あぁ、でも精密機械ですから、くれぐれも落としたりしないようにね」
浦原さんはそう言うなり、鉄裁さんに手伝わせて、さっさとオレの背に、この妙ちきりんな機械をくくりつけてしまった。
思わず抗議の声を上げかけたオレに、しかしにんまりと笑った浦原さんは、のほほんとこう言う。
「まーまー、黒崎サンだって、あっちに行きたいでしょう?『あの人』の様子も気になってしょうがないでしょうからねぇ……?」
「う……っ」
くっそ……とことん策士だ、この人は。
っていうか、何でオレが『あの人』のことを気にかけてるって知ってるんだよ。
「平子サン情報ですよ。図星でしょ?」
………くそ、最悪のコンビだ。
だが、こうまで言われちゃ断る術はない。仕方なく、珍妙な機械を背負ったまま、オレは尸魂界へと向かうことになった。
しかし、今のオレの格好と来たら、ちんどん屋のそれよりワケがわからない。
おかげで穿界門を通るなり、オレを出迎えてくれた吉良イズルは、ひっそりと吹き出してくれるし、隣にいた平子は……言うまでもない。
地面で腹抱えて大爆笑。

「ぎゃはははははは!あーははははは!ぶぁっははははははは!!」
「………てっめ、これ壊すぞ」
「あぁあぁ、ちょ、それは堪忍してぇな。な、謝るからこの通り」
オレの怒気が本気だと察したためだろう。慌てて手を合わせて見せた平子は「ほれ、吉良も謝らんと」と、ちゃっかり責任転嫁までしてみせた。
こんな上司を持った副官も災難に、と思いきや、吉良は何事もなかったように頭を下げてくる。
どうやら、こういう上司には慣れ切っているらしい。
「荷物……変わりましょうか、黒崎くん」
「あぁ、いや……いーよ。ここまで来たから、三番隊まで持っていく」
吉良の様子に毒気を抜かれたオレは、結局、三番隊の隊長執務室まで、この厄介な荷物を運ぶことになってしまった。
仕方なく、肩に掛かる重みにしばらく耐えていると、ようやく目的地へ。
「はー……まったく一苦労だったぜ」
平子の趣味でレトロな風合いに整えられた執務室で、ようやく荷物から解放されたオレは、やれやれと肩を揉んだ。
お望みの品を手にした平子は、早速うきうきとした様子で機械のセッティングにかかっている。
「やー、ありがとなー、結構重かってんやろ。吉良、一護に茶ぁと菓子出したってや」
「はい、隊長。黒崎くん、どうぞそちらのソファに座っていて下さい」
「あぁ、どーも」
ここに長居をする気はないが、急ぐ旅路でもない。
折角だし、お茶くらいはご馳走になるとするか。
しばらくして吉良が運んできた高級そうな煎餅とほうじ茶に手を伸ばし、遠慮なくそれを胃に収める。
「あ、美味いなこれ」
「せやろー、煎餅も茶も、朽木の坊から貰ったもんやねん」
「朽木の坊……って、白哉?」
「まーな。オレから見たら坊や坊……なぁ吉良、悪いけどオレにも茶ぁいれてんか?お前の分もな。ちょうど三時やし一緒に休憩しよ」
「はい、隊長」
ふーん、なんやかんや言っても、ちゃんと隊長してるんだな、平子のヤツ。
向かいのソファにやってきた平子にそう告げると「拳西ほどとはいかんけどな」と言いながら、それでも三番隊隊長は嬉しそうに笑った。
「まぁ、言うても拳西と修兵は特別やから、比較自体が無茶やねんけどなー」
「………そーな」
分かり切っちゃいるが、改めてそれを言われると、やはり気分はヘコむ。
「……それでも、修兵んとこ行くんやろ?あぁ、オレは別に行くな言うてんのとちゃうで?ただな……今はあんまり良いタイミングとは
言えん思うて。雨降ってきてるし」
「え?雨?…」
意外な平子の言葉に思わず窓を見ると、確かに、しとしとと雨が降り始めていた。一体いつの間に……けれど、それ程強い雨ではない。
三番隊から九番隊までは少し距離があるが、それでも大して濡れたりはしないはずだ。
「あー、いや、そう言う意味やのうて……あー、なんちゅうたらええかなぁ」
「何だよ……結局行くなってこと?」
「いやいや、そうは言わんけど……無駄足になるかもしれへんってことや。ま、それでも何時間か待てば良いだけやろうから、
無理に止めたりせぇへんけど」
「……はぁ?」
よくわからねぇけど、つまり……別段、九番隊には行っても構わないって事だよな。
念のためにそう尋ねると、平子は「まぁな」と一言。
だったら、当初の予定を変える必要はない。
その後、何枚かの煎餅を腹に収めたオレは、しばらくして三番隊に暇を告げ、メインの目的地である九番隊―――修兵さんのもとへと向かった。



■■■■■■■■■■■■



「ちわーっす、修兵さーん、いるー?」

予想通り、雨はやはり懸念するほど強いものではなかった。
それでもわずかばかり濡れた死覇装をばさばさと振りながら、いつものように隊長・副隊長合同の執務室窓から潜り込んだ九番隊隊舎。
だが、そこにいるはずの二人―――修兵さんと拳西は不在。
のみならず、珍しい人物がそこにはいた。
「あれ、あんた……技局の阿近じゃん」
「ん?……あぁ、何だ。黒崎一護か」
間違いない。いつもくわえている煙草こそないものの、特徴的な額の三本角と白衣、それにこの無機質な声。技術開発局の阿近だ。
「珍しいね。あんた、どうしてここに?」
「用事があるから。それに、お前ほど珍しくはない。どうせ……お目当ては修兵だろう?あいつなら六車隊長と一緒に地下の部屋だぜ」
「地下……あの隠し部屋?」
「あぁ。雨が降ると二人とも駄目でな。今日は元々ここに来る予定だったんだが、さっき急遽伝令を貰った。二人は今から薬飲んで眠るところだ。
付いて来るならこれ持ってくれ」
「え、あぁ……」
まだ「行く」とは言ってないんだが、返事を待つ気はそもそもないらしい。
事情がよく飲み込めないまま、水差しが二つのったお盆を持たされたオレは、阿近の後に付いて階段を下りていった。
その終着地点の部屋にあるのは、見慣れたキングサイズのベッド。
そしてそこに二つの影―――修兵さんと拳西だ。
どうやら、阿近の言葉は本当だったらしい。
確かに二人共、あまり調子が良さそうには見えない。ただ、修兵さんの方が大分具合が悪いように思える。
半身を起こした拳西にぐったりと身体を預け、呼吸はやたらと不規則。
息を吐き出すとともに瞼が一瞬だけ下りる。
そのまま眠ってしまうかと思われたが、何がひっかかるのか、また瞼が持ち上がる。その繰り返しだ。
そんな修兵さんの様子に、拳西は大層な憂い顔だった。
何度も修兵さんの顔をのぞき込み、その身体の苦痛を和らげるように、ゆっくりと頭を撫でてやっている。
こいつのこんな顔や行動って、修兵さんがらみでしか見ることはない。
そんな拳西に「どうも、お待たせしました」と阿近が声をかける。

「六車隊長、修兵……どうですか?」
「あぁ、いつもに比べて特別悪いって事はないが……やはり辛そうでな」
「そうですか。じゃあ、早速薬飲ませましょう。ここに持ってきましたから。あとおまけも」
「おまっ?……あぁ、なんだ黒崎か。何でここに?」
「何でとはご挨拶だな。ちょっと浦原さんに頼まれたことがあって、平子のところに行ったんだよ。それで用も済んだし、まぁその……」
修兵さんに会いに来たわけだけど、と続けたい言葉は、身の安全のために心の中に。
代わりに「二人とも具合悪いわけ?」と尋ねてみる。
「阿近が言ってたけど、雨が降ると駄目って……」
「あぁ。だから、悪いがお前の相手はしてやれねぇよ。修兵も無理だからそのつもりでな」
「あ、そ……う」
「……露骨に残念そうな顔しやがったな。まぁいいが……お前が持ってる薬、こっちにくれ。あぁ、盆ごとそのサイドテーブルに
置いてくれればいい」
「はいはい」
言われるがまま、二つの水差しがのったお盆を置く。
すると、その拍子に立った小さな音に気付いたのか、修兵さんの身体がぴくんと反応した。
そしてそこで、初めてオレの存在に気付いたらしい。
今まではおそらく、目が開いていても意識は揺蕩うていたのだろう。
「いち、ご……」
弱々しい声が、途切れ途切れにオレを呼ぶ。
「来て、たの……か」
「あ、あぁ。修兵さん……大丈夫なのかよ」
「あぁ、いつものことだから……気にすんな」
「けど……」
「薬飲めば、平気、けど……しばらく相手してやれねぇ……ごめん」
「いっ、良いよそんなの!それより早く薬飲みなって」
「ん……」
「良い、修兵、起きるな。そのままでいろ」
「拳西、さん……」
「口開けろ、そうだ……ゆっくり飲めよ、ゆっくり……」
そう言って薬が入った水差しを手に取った拳西が、それを修兵さんの口元に持って行く。
手慣れているところを見ると、雨が降るとこうなるというのは、どうも嘘ではないらしい。 
薬は半分を修兵さんが、そして残りの半分を拳西が―――ということは、修兵さんと拳西が間接キスをしたわけだが―――飲み、
空の水差しが盆の上に戻された。次に、もう一方の水差し―――これはただの水なんだそうだ―――を同じように二人で飲み合う。
薬は、大分即効性の強いものらしい。
拳西が再び修兵さんの頭を撫で始めた頃には、修兵さんは瞼を閉じ、とろとろと眠りに落ちつつあるようだった。
その様子を見た拳西が「オレも眠る」と言うなり、今まで背中の下に入れていた枕を放り投げ、身体をベッドに横たえる。
そうしてみれば、拳西の胸部と修兵さんの右頬が、ぴったり密着した状態に。
相変わらず、羨ましいまでの独占ぶりだ。
「阿近、薬はいつも通りのものか?」
「えぇ。ですから三時間くらいは目が覚めませんよ」
「そうか。あぁ、それから……アレはもう外してオレの机の上にある」
「………了解っす。じゃ、オレ達はもう上がるんで。行くぞ黒崎」
「え……」
行こうぜ、と言われても、折角久しぶりに修兵さんに会えたんだけど―――後ろ髪を引かれる思いでその場を離れられずにいると、
阿近がからかうようにこう言った。

「二人の寝姿を、三時間見てるのは結構きついぞ。特にオレやお前はな」
「う……」
確かに………それは否定できない。
ぴったりと身体を寄せた二人は、お互いに全てを委ね合って眠っている。
しかも意識がないはずなのに、どうしてか時折、修兵さんは拳西の胸に頬をすり寄せ、拳西の手がそれに応じるように頭を撫でる。
「……な?辛くなるだけだ」
「………そうだな」
阿近の言葉を、こうまで解りやすく実証されては仕方がない。
来たときと同じように、阿近に付いてそろそろと階上に上がったオレは、最後にぱたんと床の蓋を閉めてやった。
これから三時間はこのまま―――なるほど、平子の言葉はそう言う意味だったのか。
色々と複雑な思いで床を見つめていると、不意に阿近から声がかかる。
「さて……オレは二人の目が覚めるまでここにいるが、お前はどうする?」
「え……あぁ、もちろんオレも残る」
元々三番隊と九番隊以外、行く予定はなかったのだし、久しぶりの修兵さんとの会話が、あれだけではいかにも寂しい。
とは言え、ただ三時間待つというのはさすがにきつい。
「茶でも飲むか」という阿近の提案にのり、オレ達は執務室内に作ってある小さな給湯室へと足を向けた。
「………相変わらずまめまめしいな、あいつ」
同感―――決して広くはない給湯室は、けれどその狭さを感じさせないくらい、どこもかしこもきちんと整理整頓されていた。
掃除もしっかり行き届いている。
「あー、茶菓子は確かこの辺だったはずだ」 
阿近がそう言った通り、目的のものも所定の位置にちゃんと納まっている。
棚から取り出してみると、平子のところとは対照的に、買い置きの茶菓子はどれも甘いものばかり。
「はは、修兵のやつ、相変わらず子ども味覚だな……」というところを見ると、この趣味は修兵さんか。
確かに子どもが好みそうな菓子ばかりだが、けれどどれも美味しそうだ。
「これ、食べていいわけ?」
「あぁ。オレとお前なら平気だろ。茶道具一式はその棚な。湯は適当に沸かせ。修兵が何度かやってるの見たことあるだろ。じゃ、あとはよろしく」
「えっ?おい……!」
浦原さんと同様、技局がらみのヤツって言うのは、皆こうマイペースなのか?
すたすたと給湯室を出て行く阿近を見てオレはげっそりと溜息をついた。
でもまぁ怒ってみても始まらないし、実質、年齢的に言えばオレの方が下だろうし。
とりあえず、この前修兵さんがやっていた事を思い出しながら、オレは慣れない手つきで茶と茶菓子を準備した。
一通りのものをお盆にのせて戻ると、ソファにふんぞり返った阿近が、なにやら書き物をしている。
「ほらよ」と茶を勧めれば「あぁ」と応じるものの、こちらを見ることもしない。
何をそんなに熱心に書いているのだろう。

「なぁ、アンタが今書いてるの何?」
「あぁ、カルテ。修兵と六車隊長の」
「へー……技局って医者みたいな事もするんだ」
「まさか。普段はそんな七面倒くさいことしねぇよ。医者なら四番隊がいるだろうが。オレは昔から修兵の主治医みたいなことしてて、
今は六車隊長もセットで診てるだけ」
「……例外?」
「そー言うこと……っと」
どうやら記入が終わったものか、阿近がカルテをひょいと放り投げる。
湯飲みと菓子入れを見事に避け、ローテーブルの端に着地したそれには、ミミズがのたくったような字の山。
一体何が書いてあるか分かったもんじゃない。
ただ、簡略化された絵で描いてあるものの正体だけは、オレにも分かった。
修兵さんの頬と、拳西の腹に共通しているもの。
しかし、69ではないそれは……
「……これ、傷だよな」
「あぁ」
「じゃあ、雨が降ると駄目っていうのは」
「そう。この傷が疼くんだよ。特に修兵は顔だからな。傷が熱もってぼんやりしちまう」
「………消せないわけ、あの傷って」
「あ?」
「いや、だからさ。雨が降る度にああなるんなら、あの二人の傷自体を消せばいいんじゃねぇの?技局の力を以てすれば、ぱぱっと消せそうじゃん」
だが、それこそ科学者にとって合理的であろうその提案を聞いた阿近は、何故かむっつりと押し黙ってしまった。
予想外のこの反応にオレが眉を顰めると、不意に立ち上がって何故か拳西のデスクへ。
そして、すぐに戻ってきたその手にあったものは、いくつもの環状の物体。
これがなんだか解るかと問われたが、そんなこと聞かれるまでもなく解る。
「いつも修兵さんが首に巻いてる輪っかと、拳西のピアスだろ?」
だが、どうもそうではないらしい。
「……持ってみろ、そしたら解る」
「?………え、何、だよこれ。何でこんなモンから二人の霊力が……なぁ、これって一体」
「龍状環……そう言う名前の罪人拘束用の特別縛道が二番隊にあってな。お前が今手に持ってる首輪とピアスにはその龍状環と同じ力を
持たせてある。ちなみに修兵のはオレが、六車隊長のはうちの先代局長が現世で作ったものだ」
「罪人拘束用の縛道だって?おい、それはどういう……」
「龍状環は装着者の霊力を食う縛道でな。それ故に、霊的拘束を必要とする罪人に用いられているものだ。もっとも使えるのは
二番隊の幹部隊士だけで―――」
「違う!オレが聞きたいのはそうじゃねぇ!何で修兵さんと拳西がそんなもんを……」
しかも一体どれだけの年月こいつを……?
手に持った幾つもの環からは、一年やそこらじゃ到底説明が出来ないくらいの霊力を感じるのだ。するとやはり、阿近の答えは……
「修兵は霊術院六回生の頃からずっと。六車隊長は現世に降りた頃からずっと」
「嘘だろ、そんな……」
『長い』と単純に理解できる時間の量に、オレは思わず言葉を失った。
二人が長年、己の霊力を食わせてきた環、その機能は、剣八の眼帯と似たようなものだろうが、決定的に何かが違う。
この環はとてつもなく哀しい。
一体何があったんだ?―――環が持つ、ただならぬ事情を知りたくて、阿近を見る。
すると、愛用の煙草に火をつけた阿近は、感情を押し殺したような声でこう言った。

「修兵も六車隊長も、昔それぞれ目の前で仲間を失ったことがあってな。二人の傷はそん時のものだ。
オレからすれば、どちらも本当に……不可抗力の出来事だと思う。だが……」
修兵さんも拳西も、その理由付けを決して許さなかったのだという。仲間を死なせてしまったのは、偏に己が無力だったせい。
全ての責任は自分にある。だから……
「自分は罰せられるべき……罪人だってのかよ……」
「……あの二人にとってはそうだったんだろう。仲間を死なせてしまった後悔の念と、なのに自分の命でそれを贖うことも出来ない事情。
あの二人はどうしても、お互いを諦めきれなかったんだよ。だから、その環は二人にとって、せめてもの贖罪の環だったのさ」
「そんな……」

もう一度会いたい、触れたい、出来ることならずっと傍にいたい―――ただその願いのために自分は生きている。
仲間を死なせて尚、自分は生きている。

けれど、だからって、自らを罰するために霊力を食わせるなんて……
「ん?……おいおい、黒崎。お前、何をそんなに深刻な顔しているんだよ」
「阿呆……深刻以外にどんなツラしろってんだよ。だって今も修兵さん達は……」
「はー……お前な、人の話はちゃんと聞けよ。オレは『贖罪の環だった』って言ったんだぜ?」
「だった?……え、じゃ、じゃあ」
「あぁ……よく考えろよ。どうしてこいつが今、二人の身から離れてるかってこと。もう贖罪の環はいらないんだよ。この前、オレにこいつの適正な
処分を頼みに来た二人が言ってた。仲間の死に対する後悔の念はやっぱり消えない。けれど二人で生き始めた今、彼らの命に対して、
自分達が出来ることは、あの時それぞれが負った傷を、その痛みを、二人で分かち合いながら生きて……必ず二人で生き続けることだって。
それが、自分達を共に生きさせてくれてる、かつての仲間達へのせめてもの恩返しだって……」
全くどこまでも真面目だよな―――そう言いながら、けれど阿近は笑っていた。
「確かに元々は、自分の罪を忘れないために消さなかった傷だったかもしれない。だが今の二人は、前向きな意味でそれぞれの傷を
消さないと決めた。それはまた、二人でずっと寄り添って生きていくって、そう言う事なんだよ。だから……あれはオレの一存では消せん」
「……悔しくない?」
「聞くな、阿呆」―――だが、そう言って見せた阿近の顔は、やはり嬉しそうで。
一方、オレ自身も不思議と悔しくはなかった。
寧ろ、不覚にもこう願ってしまった。
どうか、あの二人の贖罪の日々が、二人が共に生きる日々でありますように―――と。
                                



<あとがき>
何かを償うという行為には、時間の長短の別があると…そんなことを漠然と思いながら書きました。
推理小説を読んでいると、時々そんなことを深く考えるわけですが……うむ、言葉にしづらいですね。
なんというか……拳西さんと修兵だけに限らないと思いますが、皆、何か背負って生きているわけです。
大袈裟に言葉にしなくとも、皆そうしているはずと私自身は思っています。
拳西さんと修兵は、その「背負う」という行為を、これまでずっと「贖罪」として捉えてきました。
けれど、二人で添うことを始めた今、「贖罪」だけでなくそこに「恩返し」という前向きな意味を込めた。
その意味転換は、生きている二人のエゴかも知れない。
でも、それすら理解しているから、この二人は強いんだと思います。

実はタイトルの「双傷」の「双」なんですが。読み方は「そう」。これには「添う」の意味も込めてます。
そんな裏話つきのあとがきでした。



→拳修部屋にもどる