■ 切札の甘味 ■




二月十三日―――久南白にとって、毎年この日は戦いの日であった。
いや、戦いといっても死神が通常戦うべき虚との戦いではない。
この日、毎年決まって白が戦う相手は自分の上司――すなわち、自隊の隊長である六車拳西であった。

「ねー、拳西ってばー、いーじゃん一日くらいー」
「…………」
「ねー、拳西、きーてんの、ねーねー!!」
「…………」
「ぶー、拳西のばーか!おたんちん!」
「…………」
「うぅうー……ねぇねぇ、衛ちゃーん、笠ぽーん、白のこと助けてよぉ!」
「いや……それは無理っすよ、久南副隊長」
「久南副隊長の気持ちも分からないでもないですが、僕等も命が惜しいですから」
「もー、薄情者ぉー!」
「おらぁ、白!がちゃがちゃ言ってねぇで、とっとと仕事しろ仕事!大体、毎年てめぇが悪いんだろうが!!」
「ぶー!拳西のバーカバーカ!どーして乙女の気持ちが解らないのよ!!」
「あぁ?んなどーでもいいもの解るかボケぇ!!そんなに明日休みが欲しいならなぁ、ちゃっちゃと仕事しろ仕事!!」
「ぶー!!」

………と、毎年のようにこんなやりとりが、九番隊の執務室では繰り広げられているのである。
そして、このまま行けばおそらく今年も―――

「むー……ねー、どーしたらいいと思う、ローちゃん?」
「………何で僕に相談するの?」
「だーって、一番適してるのってローちゃんじゃん」
「……はい?」
「だってだってー、ひよりんはこーいう話は照れて出来ないしー、リサちんは同じ隊に相手がいるから白みたいな苦労ないしー、
真ちゃんと羅武っちはもらう方だし、二人とも茶化すしー……ね、ほらー、ローちゃんだけじゃん」
「なるほど……で?」
「なにー?」
「だから、白はどうしたいの」
「そんなの決まってるじゃん!明日のバレンタインにー、まるまる一日お休みもらってー、ハッちんとラブラブするのー!!」
「じゃあ、そうすればいいじゃない」
「だからー、それが出来ないからローちゃんに相談に来てるんじゃん!!」
「……あ、そういうことか」

やっと合点がいったという顔で、目の前の紅茶を一啜りしたのは、三番隊隊長、鳳橋楼十郎、通称ローズ。
仕事が一段落した三時の休憩時間、明日の予定をあれこれと考えながら気に入りの紅茶を楽しんでいるところに、まるで台風のような
勢いで白がやってきたというわけ。
しかも「明日のバレンタインがピンチなのー!!」と開口一番叫ぶなり、そこからはもう、白特有の文脈がよく分からない言葉の嵐。
白の言わんとすることをやっとローズが理解してみれば、つまり、明日のバレンタインに白の恋人「ハッちん」すなわち鉢玄と一日ラブラブに
すごすために休日が欲しいが、この休みをどうやって貰うか、ということを自分に相談したいらしい。

「ねー、どーしたらいいかなぁ、ローちゃん」
「そういわれてもねぇ……」
「ぷー、ローちゃん冷たいよー!そりゃ、ローちゃんは良いよね、羅武っちも隊長だから、二人で好きなときにお休みとれるしさー、
どーせ明日は二人でラブラブなんでしょー?」
「そりゃ……まぁね」

ローズとその恋人、七番隊隊長愛川羅武。仲間内では一番落ち着いた、まるで熟年夫婦のような雰囲気を醸し出す二人である。
明日のバレンタインももちろん、二人で過ごすことに決めている。もちろん、羅武に贈るチョコレートもしっかり用意してあるらしく、
ローズの執務机には、それらしいシックなラッピングの箱が置かれていた。
いつの時代に現世から持ち込まれたのか、もう大分前から瀞霊廷には「バレンタイン」と言う風習が根付いている。
各隊舎周辺にはチョコレート菓子を並べた出店が並び、女性死神達は、自分の想い人相手に贈るチョコレート選びに余念がない。
人気があるのはやはり、浮竹、京楽両隊長。
二人が隊長を務める隊には女性隊士が多く、また隊外からも毎年山のようにチョコレートが届くという。
ところが……白が所属しているのは猛者揃いの九番隊。
隊士の九割以上が男性と来ているところにもって、隊長である拳西がこの手の行事に全く興味を示さない。
自分のところに届けられたチョコレートも、すべて隊士達に配り分けてしまうという徹底ぶり。
これは確かに「バレンタイン」を理由に休みを貰うことは不可能に近い。
しかし、拳西とて、隊士達に休みを与えないわけではない。
むしろ彼らに気兼ねなく有休を取らせるために、自ら率先してきちんと休みを取っているくらいだ。
ただそれは、仕事をきちんと片付けた、という前提があってのこと。
だからこそ、白もきちんと仕事さえ片付けていれば、あるいは明日も普通に休みが貰えるのかもしれない。
だが、きちんと仕事をこなさないところに、白が白たる所以があるのだ。
そんなわけで、毎年、「ハッちんとのラブラブなバレンタイン」は夢のまた夢。
定時に仕事から解放してくれるのが、せめてもの情けなのかもしれないが……それで満足できるなら、最初からローズのところに
相談などしに来ない。
そこのところの事情もすべて含めて「どうにかならないかなー、ローちゃん」と、白は言うのである。

「ねー、ローちゃーん。どーしたらお休みもらえるかなー」
「そりゃ……仕事を終わらせれば良いんじゃないの?僕だって隊長だっていっても、そこはちゃんとやってから、明日の休みを貰ってる
わけだからねぇ。羅武ももちろんそうだよ」
「ぷー、そんなこと言ったって、白、書類書くのとか大っっっっっ嫌いなんだもん!それに、絶対あと半日くらいじゃ終わんないもん、仕事」
「一体どれだけため込んでるのさ」
「えー……三ヶ月前の書類がまだ残ってる感じ」
「……そりゃ、拳西だって許可出すわけがないよ」
「そーだけどぉ、そこはさぁ、特別な日なんだよ?なのにどうして解らないかなぁ」
「まぁ、拳西にはそう言うのは………」
「?……ローちゃん?」
「ねぇ……白。拳西には、毎年チョコレートあげてるの?」
「んー、最初のうちはね。お休みもらえるかなーって思ってあげてたんだけど、折角用意してもチョコレートは受け取らないし、お休みも
くれないし、挙げ句の果てに、こんなもん買ってる暇があったら仕事しろって言うしー」
「そっか……」
「だから、チョコレート懐柔作戦は無理だよー」
「そうかなぁ」
「ん?」
「確かに、去年まではそうだったかもしれないけどさぁ、けれど多分……今年はそうでもないんじゃない?」
「……何か思いついたの、ローちゃん!?」
「うん。まぁね」



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「………おい、藤堂。白の阿呆はどこ行ってやがる?」
「さぁ…三時の休憩前に、勢いよく飛び出していったのは見ましたけれど……たしか、三番隊へ書類配りでしたっけ?」
「あぁ。けれど、んなのとっくに終わってるはずだ。……ったく、どこほっつき歩いてやがる。あれからもう二時間だぞ二時間。
オレはもう帰るからな。白は残業させとけよ」
「はは。まぁ、久南副隊長のサボリ癖はいつものことですけどね……今日は大方、明日の休みがもらえないからって、
どこかで寄り道して憂さ晴らしでもしてるんじゃないですか?」
「ったく、あのヤローは……休みが欲しいなら仕事を片付ければ良いんだ。それもせずに休みだけもらおうなんて、不届きも甚だしいぜ」
「まぁまぁ、隊長」
「はー……せめて今日一日だけでも真面目に仕事すりゃあ、明日の午後くらいなら休みにしてやっても良いと思ってたのによ。
それも取り止めだ取り止め」
「そりゃ厳しい。ところで……隊長は、明日はお休みで?」
「休み?何で?」
「何で、ってそりゃ……」
「なぁ?」と、藤堂が衛島や笠城に問う。

そんな藤堂に、衛島と笠城は揃って「うんうん」と肯いた。
だが、それを見て「はぁ?」と首をかしげる拳西。
藤堂達にしてみれば、明日は当然拳西は休むものだと思っていたのだが、今のところ拳西には、その気どころか心当たりも全くないらしい。
微妙に流れる気まずい沈黙―――すると、それをぶち壊さんばかりの勢いで、その時部屋に入ってきたものがあった。
「たっだーいまー!!」そう言いながら、大層ご機嫌で帰ってきた白である。
先ほどの不満っぷりはどこへやら、満面の笑みである。
しかし、そんな白を見て一気に不機嫌になったのはもちろん拳西。
こめかみに幾筋もの青筋を浮きだたせ、白に向かって勢いよく怒鳴りはじめた。

「おらぁ、白!てっめ、今までどこほっつき歩いてやがった!!」
「いーじゃーん、どこでもー。それよりさー、拳西にプレゼントがあるんだよー」
「はぁ?プレゼント?てめ、そんなモンで明日の休みを貰おうなんておも……」
「じゃっじゃじゃーん!はーい!!」
「……けんせー」
「しゅ、修兵!?」

思わず言葉に詰まる拳西。
それはそうだ。
今日は一日仕事が忙しく、修兵の面倒をろくに見てやることが出来ないからと、逆に仕事がほとんどないと言っていた浮竹のもとに、
修兵を朝から預けてきたのだ。脇目もふらず仕事に没頭して、定時前に仕事を終えて……いざこれから十三番隊の隊舎へ迎えに
行こうとしていた相手が、いきなり目の前に。
しかも、だ。

「修兵、お前……顔、どうした?」
「……へん?」
「いや、変とかじゃなくって、だな。何でその……」
「んとね、あのね、白ちゃんとね、ローズお兄ちゃんが教えてくれたのー。一番大好きな人にね、チョコあげるんだよーって。
それでねー、どーやってあげたらいいのーって聞いたらね、大好きな人が一番よろこぶ風にあげたらいいんだよーって」
「それ、で……」
「うん。いっぱい考えたらね、思い出したの。けんせー、この前、修がいつかけんせーとおんなしにするって言ったとき、すごく
嬉しそうだったなーって。だからローズお兄ちゃんにね、チョコで書いてもらったのー」

そう言うと修兵は、無邪気ににこにこと笑った。
一方、そんな修兵の姿を見、驚きで固まってしまった拳西に、白がニヤニヤと笑う。
その場に居合わせた藤堂達は、全員笑いをかみ殺すのに必死だ。
「どーお、拳西?バレンタインの大切さが解ったー?」
そう言って、修兵の背中をぽんっと押した白。
「……白ちゃん?」
「拳西に抱っこしてもらいな、修ちゃん」
「いいの?けんせ、お仕事は……?」
「もう終わってるよ、修兵」
「衛島お兄ちゃん、ほんと?」
「あぁ、本当だよ。ついでに……明日は一日隊長と一緒にいられるよ、修兵」
「本当っっ!!ね、ね、けんせ、本当っ?」
「え、あ……」
「一緒ですよね、隊長?」
「………そう言うことか」

ここへ来て、先ほどの藤堂達の言葉の意味を、拳西はやっと理解したらしい。
修兵と一緒に迎える、初めてのバレンタイン。
修兵に出会うことで、ようやく特別な意味を持つようになったその日を、可愛い小さな恋人と過ごさぬわけがないと、
藤堂達は考えていたわけで。
「おいで、修兵」
「うんっ!」
嬉しそうに自分に向かって手を伸ばした修兵を、いつものように抱き上げれば、自分を見つめる大きな黒い猫のような瞳と、
その下に堂々と君臨しているチョコレートで描かれた文字。
「……オレと同じだな」
「うんっ!69はけんせーの数字だもん!」
「……どーすっか。食べたらなくなっちまうな」
「ん?だいじょぶだよ。もうちょっと大きくなったら、けんせーと同じに消えないようにここに書くから」
「な、莫っ迦、お前、ほっぺたに入れるつもりなのかよ」
「うん……だめー?」
「駄目、って……何でほっぺたなんだよ。オレはてっきり、オレと同じ場所か、せいぜい腕とか背中とか」
「だって、修はけんせーのだもん。ほっぺにそう書いておけば、みんな解るでしょ?」
「………っ」
「けんせ?」

無邪気な攻撃力を持つ修兵の告白に、思わず顔を赤らめて絶句してしまった拳西。
そんな拳西に、修兵はとどめの一言。
「だからね、けんせ……」
「な、んだ?」
「んっとね、修のことね、食べてもだいじょぶだよ?」
「――――――っっっっっ」

その瞬間、拳西は色々な意味で限界を迎えたらしい。
修兵の爆弾発言に藤堂達が目を丸くする暇もなく、二人は全速の瞬歩で執務室から姿を消した。
同時に、白が会心の笑みでガッツポーズを天にかかげたことは無論のこと。
そして翌日、すなわちバレンタインデーに九番隊の隊長、副隊長が揃って全休になったことも、当然無論の出来事なのであった。




<あとがき>
拳仔修バレンタイン〜★
以前日記でも書きましたが、最後の修兵の台詞は、白ちゃんが仕込んだものです。
ただし、白ちゃんがしこんだのは『修のチョコ食べても大丈夫』って台詞だったんです。
でも、まだちまっこくって舌っ足らずな修兵が、ちょっと間違えちゃったんですね。
………破壊力は、ちょっとじゃすまされないですけーどーも(笑)
拳西さんは、二人きりになったところで、ちゅーしてほっぺのチョコを食べます。
その後は、修兵の大好きな甘味をありったけ取り寄せます。翌日の二人の家は甘い匂い(笑)



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