■ 尽言の数字 ■



現世を巻き込んだ、藍染達との戦いが終わっておよそ一月。
一時の争乱状態から完全に脱した尸解界は、実に平和になった。
どれくらい平和かというと、オレを含めた護廷十三隊の全ての隊の隊長が、仕事上がりの定時から何時間にもわたって堂々と酒を飲めるくらい。
今もあちこちから杯を交える音が聞こえてくる。
つまり現在、全隊長出席の酒宴が催されているのである。
ちなみに酒宴の名目は、オレ達元仮面の軍勢組の隊長職復帰祝い。
場所は一番隊隊舎、総隊長が普段執務を執り行っている部屋だ。
出席者は全員隊長と言うこともあり、いわゆるどんちゃん騒ぎの酒宴とはなっていないが、ムードメーカーの京楽、浮竹、それに怖いもの知らずの
羅武が、良い具合に周囲の者達を巻き込んで、結果、宴はなかなかの盛り上がりぶり。

―――――が、オレは全くもって盛り上がる気にはなれなかった。
常に寡黙な朽木がそうしているように、全体の輪から外れ、手酌で酒をあおる。
視線は完全に外。櫓状になっているここからは、瀞霊廷全体がよく見える。
ただ残念なことに、天気は雨。
修兵から聞いていた通り、宴会が始まった少し後から降り出していたようだ。
雨に煙る瀞霊廷を眼下に、オレは手酌の酒を飲み続けていた。
仮にも今日の主役の一人として、あまりほめられた態度でないことは重々承知だが、こんな鬱々とした気分を押してまで周りに合わせるほど、
オレは社交的なタイプではない。
周囲の楽しそうな声を余所に、むしろこの宴が早く終わり、とっとと修兵の元へ帰らせてはくれないものかと考えながら、オレは立て続けに杯をあけた。
値段からすれば美味いはずの酒は、なのにちっとも美味く感じられない。
原因は二つ。
一つはオレ自身の問題。もう一つは、さっきからオレの横でぺらりぺらりと喋り続けているこの男―――三番隊の隊長に復帰した真子だ。
こちらが返答しないのも何のその、どこで息継ぎをしているんだと疑問に思う喋りが、さっきから一向に止まらない。こいつ専用のストッパー
であるひよ里がいてくれればと、頭の片隅で思うが仕方がない。かと言って、真子に付き合う気もなく、オレはしばらく無言の行を続けた。
すると、しばらくして、ふ、と真子の言葉が途切れる。ノンストップの喋り魔も、レスポンスの期待できない独り言にはさすがに飽きたらしい。
やれやれ、それで良い。早いところ、ローズや羅武たちのいる方へ行っちまえ。
だが、その希望的憶測は甘かった。

「……なぁ、拳西」
「………」
「拳西って、なー聞こえてんのやろ?」
「………」
「おーい、けーんせーい?」
「………」
「……筋肉バカ」
「んだと、こらぁっ!?」
「なんやねん。やっぱり、ちゃーんと聞こえとんのやんか。無視すんなや」
「ちっ……」

やられた。
のるつもりのなかった挑発に、思わずのってしまった。
こうなったらもう、真子の勝ちだ。

「で?」
「……何だよ」
「せやから聞こえない振りはナシやっちゅーに。あのなぁ、修兵との新婚生活はどないやって聞いとんねん」
「っだ、誰が新婚だ、誰が!」
「お前と修兵。他におるかいな。噂に聞こえてきてるでー?もうずーっと一緒におるらしいやん。今だって、こんなワケわからん会で
呼び出されなければ、一緒におったんやろ?」
「……まぁな」
「?……なんやねん、覇気のない。やっと一緒になれた坊やないか」
「……じゃ」
「あん?」
「坊……じゃねぇよ。もう」
「……はん。そーいうことかいな」
「…………」
「やーれやれ」

打っても響かないオレに、聡い真子が、呆れたようなため息をついた。
大方、何をそんなことで思い悩んでるのかと、そう思っているのだろう。
だがオレにとって、事は深刻そのもの。
時の流れは、人を変える。
それは当然と言えば当然のことだし、もとより覚悟もしていたことだ。
だがそれを、これほど思い知らされるなんて……正直、思ってもみなかった。
しかも、変わっただけじゃない。
あの日、巨大な虚から救い出した小さな子ども―――檜佐木修兵は、百年以上の時を経て、見事なまでに成長していた。 
死神として申し分のない能力。
年には似つかわしくない位、落ち着いた所作。
そして、美人と形容するしかない、あの容姿。

(あんな風に育ってるなんて、普通は思わねぇだろうよ……)

突然の再会まで要した月日は、確かに百年以上あった。
それにしたって、あの変わり様は反則だ。
今や修兵は押しも押されもせぬ護廷隊の副隊長。しかも自分の部下として、毎日忙しく立ち回っている。
それは修兵自身が望んだことではあった。だが、副隊長なんてものは、職位とはまるで無関係の仕事に追われていることが多い。
要は、雑事の処理だ。修兵も例外ではなく、毎日文机に向かって、大量の書類と格闘している。文句一つ言わずに。
あるべき副隊長職を絵に描いたように、修兵は真面目で有能だ。隊長職に復帰してから、まだ一週間も経たないと言うのに、
どの隊の隊長からも、修兵が副隊長であることの幸福を幾度となく聞かされるのだから、修兵は本当に有能なのだ。
だが自分の目に狂いがなければ、その能力は副隊長を遙かに凌ぐもの―――もう隊長になってもおかしくはない力を、
修兵は持っているはずなのだ。
現世での戦いぶりを見てもそう思ったが、こちらへ帰ってきて、修兵の評判を聞くに付け、ますますその考えは確信を深めていく。
文武両道の黒髪美人、とは京楽の弁だが、まさにその通りだと思う。
副隊長として腕が立つだけでなく、瀞霊廷通信の編集や隊内業務をそつなくこなし、隊士達の面倒もよく見ているようで、席官以下、
隊士からの信頼は厚い。
じゃあ、私生活が意外と抜けているのかと言えば、全くそんなことはない。
急な復帰で家らしい家を持たないオレは、修兵たっての願いもあって、あいつの家に転がり込んでしまったのだが、寝食を共にしてみれば、
衣食住の全てにおいて修兵のやることは完璧で。
それ以外の諸々についても文句の付けようがなく………とにかく、修兵は完璧にいい男に育ってしまったのである。

「ふーん。せやなぁ……修兵、マメやし、料理なんかもめっちゃ上手いもんなぁ……」
「あぁ……って、何でてめーが知ってるんだよ!?」
「だって、昨日手料理の差し入れもろてんもん」
「昨日?そういや午後に、修兵、妙にでかい荷物抱えて出かけてったが……」
「きっとそれやわ。七人分やからなぁ……そりゃかさばりもするで。せやで、オレだけとちゃう。オレら復帰組は全員もろたんよ。
最初はオレんとこ来てんけど、全部配るつもりやゆうて……そんなん面倒やろと思ったさかい、ひよ里達に地獄蝶飛ばしてなぁ」
「………何で、お前らなんかに?」
「『お前らなんか』とは非道いなぁ。そない灼くなや。ほれ、オレら復帰組はここんトコ忙しかったやん?修兵、オレらの身体のこと
心配してくれてんよ。他意はあらへんて」
「ふぅん……ちなみに、お前ら何食ったんだよ」
「なんやー、気になるか?もうな、めっちゃ美味いしキレーやし。懐石屋の仕出しの弁当みたくなっててんけど、オレらの好みに
合わせて、洋モンもぎょーさん入っててやー。けどな、昔ながらのこう、男がぐっと来る味の料理もパーフェクトやねん。あの
筑前煮とだし巻き。今思い出してもよだれ出るわー。なぁ、今日これからお前らんとこに……」
「断る」
「なんや、ケチやなぁ。どーせこれが終わったら、修兵の作った夕飯、食うねんやろ?」
「はぁ?んなこと誰が……」
「だってお前、さっきから何も食うてへんやん。酒ばっかし」
「う……」
 
どうしてこういう事にだけは鋭いんだ、こいつ。
返す言葉に詰まっていると「図星やなー」と、にんまり笑ってくる。
あぁ、確かに図星だ。
数時間前、酒宴へ赴こうとしたオレに、夕方、雨が降るからと傘を持たせてくれた修兵は
「ご飯は、あちらで食べてこないんですよね?じゃあ、拳西さんが帰ってくるまでに、オレ、夕飯作って待ってますね!」
そう言って、玄関先でとびきりの笑顔を見せてくれた。
口角と共に少し持ち上がった頬には、オレと同じ数字。
一生消えない印――――それを刻ませたのは、他でもないこのオレだ。
今から数ヶ月前、それが叶うことだけで驚きだった再会は、あの69で更に驚きに満ちたものへと変わった。
一番望んで、けれど一番起こりえないだろうと思っていたストーリー。
なのに、修兵の頬に刻まれた消えない数字は、あっさりとそれをオレに許した。
何を言葉にしなくとも、何を声に出さずとも、修兵の頬に刻まれた数字は、修兵自身の想いを何より雄弁に語ってくれた。
だからこそ今、修兵はオレの傍にいる。
だが一方で、あの69が今のオレを揺らがせてもいた。

「それは……何でやの?」
「何で、って、だからなぁ……」
「修兵がめっちゃキレーで可愛くて優しくて、おまけに強くて有能やから?」
「………」
「自信喪失中か?拳西?」
「………うるせーよ」

こう言うところまで、図星をさしてくるなよな。
大体、自信喪失どころじゃない。
修兵にとって今のオレは、消せない数字に見合うだけの存在になれているのか。
それが、心底不安でたまらない。
修兵がどうしてオレの傍にいてくれるのか、その理由に確証が持てない。

「はー……今更やなぁ。大体気になるんなら、修兵本人に訊ーたらえぇやん」
「阿呆。訊けるか、んなこと」

傍にいる相手は、オレなんかで良いのか、って。
そんなこと訊けるはずがない。
否、訊けるが、答えを聞けない。
聞きたく、ない。

「重症やなぁ……」
「わかってんなら、放っとけよな」
「放っとくんは簡単なんやけど、お前がそんな調子やと、修兵が―――ありゃ、ま」
「?……何だよ、いきなり間抜けな声出しやがって」
「いやー………ちょお、あそこ見てみ、拳西」
「はぁ?」

真子が指さしたのは、オレ達が今いる場所からよく見える一番隊隊舎の正門、その前で雨に濡れて立っている一人の死神。
短い黒髪、細い身体。そして左頬の……
「!?………あんの莫迦っ!」
一瞬だけ目を疑って、刹那の間に確信して―――その後は、瞬間的に身体の細胞全てが反応した。
手にしていた杯も酒瓶も放り投げ、今までもたれていた欄干を飛び越えて、そのまま一気に地上へ降り立つ。
多分、優に十メートルは高さがあったと思うが、足への衝撃も気に留めず、オレは無我夢中で走った。
すぐ後ろから真子が付いてくる気配がしたが、構っちゃいられない。
最後の障害物―――一番隊隊舎正門を飛び越えたオレの目に映る69の文字。
雨の中、全身を濡れるに任せているそいつの前に降り立ったオレは 「この莫迦!」と一言怒鳴りつけて、着ていた白羽織を脱いだ。
雨粒で漆黒の度を強めた死覇装にそれを掛け、これ以上の浸蝕を防いでやるが、いかんせん、既に全身が濡れ切っている。
露出した二本の腕にはほとんど体温がない。短い髪の先端からは、ぽたぽたと雫がこぼれ落ちてくる。
このままでは、確実に風邪をひいてしまうだろう。
そんなことくらい、賢いこいつが解らないわけがないだろうに。
「修兵、お前、こんな所で、傘もささねぇで一体何やって……!」
自殺行為も甚だしい修兵の行動に、ついつい責めるような口調で詰問してしまう。
いつにないオレの怒気に当てられて、修兵の肩がびくんと跳ねたが、それどころじゃない。

「あぁ見ろ、完全に濡れてるじゃねぇか。一体どうしたってんだ」
「だ、って……」
「……修兵?」
「…………」
「おい、何だ、どうしたんだよ?修……っ」
 
本当に、どうしちまったんだ、こいつ。
飛び込むように抱きついてきた、冷たい身体。
震えて震えて……けれどそれは、寒さのせいじゃない。
「修兵?お前……泣いてるのか?」
間違いない……泣いてる。けど、何故?
ワケが解らず、柄にもなく狼狽えて、修兵の身体を抱き止めてやることしかできないオレに、真子が苦笑混じりで言う。
「阿呆やなぁ、何で解らんねん。そんなん、お前が恋しかったからに決まっとるやん」
恋しかった?オレ、が?
「そう、なのか……?」
「っ……」
「修兵、ちょっと…こっち向け」
「や……だぁっ」
「修兵……頼むから」
ほんの少しだけ抵抗する修兵の顔を、無理矢理上向かせる。
「っ、お前……」
家の玄関先で修兵に見送られたのは、ほんの数時間前。なのにこいつは、一体どれだけの時間、泣き続けていたって言うんだ。
雨に濡れた69の頬からは血の気が引いて、そのくせ目の周りだけは真っ赤で。
「修、兵……」
呆然とその名を呼んだオレに、修兵の喉が短く鳴る。
次いでその口から、堰を切ったように、立て続けに言葉が零れ出した。

「だって、だってオレ…ずっとずっと怖くって。待ってるって言ったけど、でも駄目で…っ、また、拳西、さんがいなくなっちゃったらって、
でもやだよぉ、そんなのやだぁ……」
「な、しゅ、修兵、ちょっと落ち着……」
「ねぇ……オレ、拳西さんの傍にいて良い?オレ、拳西さんの傍に立っていて良い奴に、ちゃんとなれた?ねぇ、オレっ、
拳西さんの傍以外、どこにも行きたくないよぉ……」

その言葉を最後に、修兵はオレの胸に顔を押し当て、激しく泣き始めた。
雨音でさえかき消えないそれが、オレの鼓膜を直接揺らす。
「修兵……何で……」
こんな……こんな修兵、オレは知らない。
まるで子どもみたいに支離滅裂に泣き叫ぶ、こんな修兵は知らない。
オレの知ってる修兵は―――

「………阿呆。いい加減目ぇ覚まし。目ぇ覚まして、ちゃんと修兵のこと見たり。どんなに見目が変わっても、どんなに強くなっても、
変わらなかったものがあることは、お前が一番解ってなあかんことやないか」
「真子……」
「ホンマに、腹立つくらい、お前が羨ましいわ。こないに一途に想われて……自信持ちぃな、拳西。お前が揺らげば、修兵かて揺らいでしまう」
「オレが?……何、で……」
「阿呆!しっかりせぇって!お前に修兵しかおらんように、修兵かてお前しかおらんねん!でなきゃ、こないに不安になったりせん
……せやろ、修兵」
「っ……平子、たいちょ……」
「怖かってんな。ずーっと拳西のこと想ってて、やっと拳西と一緒におられるようになって、なのに拳西の阿呆が何も言わんせいで、
逆に怖なってしもたんやな。安心せぇ。拳西はどこにも行かん。拳西が自分の傍にいることを許すんは、修兵だけや」
「ほ……んと?拳、西さんは、オレで良いの……?」
「んー……修兵もそれかいな。ほんまにもう、悩むとこまで一緒なんてなぁ。ま……それは、オレが答えることとちゃうわ。
拳西に直接訊き、な?」
「真子……」
「もうオレは戻るで?えぇな、拳西……これ以上、修兵を不安にさせるなや」
「………解った」
「総隊長達にはオレが適当になんぞ言うとくから安心し。せやさかい………」

ちゃあんと修兵とラブラブになりや―――そう言って真子は一番隊隊舎の正門を、ひょいと身軽な動作で飛び越えていった。
ラブラブ、とはいかにもあいつらしい激励だ。
でも……そうだな。
オレ達は、オレ達が今の関係に至るまでに、本当はしなきゃならなかった色々なことをしないままで、ここまで来てしまって
いたのかも知れない。離れていた百余年分の想い。それを、オレ達はどれほど伝え合えていたのだろう。
例え、オレ達が持つ69が互いの気持ちの全てを代弁出来るのだとしても、それに全てを委ねてしまうことは、決してしては
いけないことだったのに。
「………ごめんな、修兵」
未だ不安げにオレを呼ぶ修兵を、ゆっくりと抱き寄せ、もう一度顔を上向かせる。
不安定に揺れる黒瞳と、その下の冷え切った刻印。
「本当に……この数字に頼り切るのは、卑怯だったな」
「拳、西さ……っ」
オレの名を紡ぎ続ける唇を、オレ自身のそれでそっと塞ぐ。体温がほとんど残っていなかった修兵の唇は、なのに寒さとは違う
理由で小さく震えた。微かなその振動が、波となってオレに伝わってくる。
刹那、修兵が今まで抱えていた漠然とした不安が、まるでオレに流れ入るかのような感覚を覚えた。
そうして、やっと解った。
こうして傍にいられるようになって尚、オレはまだ修兵を独りきりのままにしていたのだ。
さぞ不安だっただろう。
たった数時間のオレの不在にすら耐えきれず、こんな所にまで来てしまうほど、修兵は不安でたまらなかったのだ。
たった一言でも良い。オレの69の数字が常表している言葉を、オレが声にのせて伝えてやるだけでよかった。
修兵の69が常表している言葉を、オレがちゃんと修兵の口から伝えてもらおうとするだけでよかったのに……。
「修、修兵……ごめん、ごめんな……」
今度こそ、何一つ逃しはしない。
修兵が全身に纏っている雫に浸食されるのも構わず、その身体を強く抱き寄せたオレは、しばらく身動き一つせずに雨に打たれ続けた。
勢いを増す雨の中、オレの肌には、すっかり平時のそれより下がってしまった修兵の体温が伝わってくる。
そして同時に、修兵の肌には、徐々にオレの温度が伝わっていく。鼓動、吐息、温度、匂い、抱きしめ合う手の感触、力の強さ……
数え切れないほど多くのものが、オレと修兵の間で確かに伝わり合っていく。伝わるべき相手に、確実に伝わっていく。
そしてそれと同時に、幾つもの言葉も。

「拳、西さん」
「修兵……」
 
初めに交わしたのはお互いの名だった。次に互いに謝り合った。
そしてそこからはもう「好き」と「大好き」と「愛してる」と「傍にいて」を数え切れない位。
いつしか二人揃ってずぶ濡れになって、けれど言葉は更に溢れ出てくる。
オレの中にあるものを、もっともっと修兵に伝えたくて、修兵の中にあるものを、もっともっとオレに伝えて欲しくて………そうやって何かを
発して受け取るたび、今まで以上に修兵が愛おしくなるのだ。
伝えるたびに嬉しくて、伝えてもらうたびに愛しくて。 
―――あぁ、本当に阿呆だなオレは。
考えてみればこれは、オレ自身がずっと望んでいた事じゃないか。長い時間ずっと願って、やっと出来るようになったことを、どうして今まで
しないままにしてしまっていたんだろう。
ずっとずっと、修兵に伝えたかったのだ。
修兵に伝えたい想いは、抱えきれないくらい沢山あったのだ。
けれど、しばらく前まで、それは決して伝わらぬ想いだった。
どんなに深く修兵を想っても、愛しても、傍にいない相手に己を伝えることは、決して出来ない。
そして同時に、修兵の想いがオレに伝わることも、決して………。
「修兵……」
けれど今、修兵は確かにオレの傍にいる。オレは確かに修兵の傍にいる。
百余年もの長い年月に、お互いの中で大切に育んできた相手への想い。
その全てを伝えたいと願った相手は、確かに今ここにいる。その想いの全てが欲しいと望んだ相手は、確かにここにいるのだ。
(ラブラブ……か)
何気ない真子の一言に込められた、万感の願い。
別の言葉で言うならば、『相思相愛』という名のそれ。
けれどそれは、69の文字だけでは、決して成し得ない。何もしないで『相思相愛』なんて、あり得ないのだ。
お互いを伝え合うからこそ、それは本物になるのだ。
そしてそれは、オレと修兵も例外じゃない。
だから、これからは―――

「………悪いな、修兵。先にあやまっとくぞ」
「え……」
「色んな意味で…しばらくお前をロクに寝かせてやれないみたいだ」
「………莫迦」

だがそんな言葉とは裏腹に、幸せそうに笑んだ修兵の顔。
他の何より愛おしいその笑顔ごと修兵を抱き上げたオレは、雨の中をゆっくりと歩き出したのであった。



<あとがき>
やっぱり、あんだけ美人に成長した修兵さんを見て、拳西さんが動揺しないわけはないよなぁ、と。
ライバルは多くて、でも「69」は確実に自分への想いの証で……だから心配することなんて
何一つないはずなのに、けれど……なんて言う拳西さんの煩悶を書きたくて書いたお話です。
まぁ、修兵さんは拳西さんしか見ていませんので安心して下さい(笑)
この二人は、お互いがお互いを全力で求め合えるんです。
要するに、極限まで愛しつくして欲しい、って。
だから、拳西さんも全力で修兵さんを求めていくし、修兵さんも拳西さんを全力で求めます。
ん、よーするにラブラブなんです(笑)



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