■ 偶然の企図 ■
霊感が強いとクジ運も強くなるのか、昔からオレと夏梨はよくクジに当たった。
町内の小さな福引きは序の口、デパートの年末なんたらと言うのも毎年当たるし、雑誌の懸賞でゲームなんかも良く当たる。
今日の当選も、そんなわけでオレにとってみれば、別段取りたてて喜ぶほどのものでもなかった。
最初のうちは、むしろ「今日は運が悪い方だな」と感じていたくらいだ―――が。
そのうちオレは、ふと、あることを思いついた。
それはもう、言ってみれば年末の宝くじの一等以上の価値があることをだ。
そして思い立ったが吉日、大慌てで家へと帰ったオレは、取るものも取りあえず、尸魂界へと向かっていたというわけで―――。
「―――で、何がどう回り回って、ここへ来てるわけだ、てめーは」
「だーからー、何度も言ったろ。クジに当たったんだよ」
「全っ然わからん」
尸魂界へのツアー切符でも当たったってのかよ―――護廷十三隊九番隊の執務室、その長が座る席で、ややイラついたような顔をして
六車拳西はそう言った。
声音からすると、かなり不機嫌らしい。
そして、こいつがこんだけ不機嫌になる理由なんて、あの人のことしかない。
「な、修兵さんは?」と問えば、眉間のシワが一瞬で八割ほど増した。
………何より解りやすい証拠だ。
「修兵さん、今日オフなのか?」
「ちっげぇよ。誰が修兵一人でオフにさせるか。今日は昼から六番隊で書類業務なんだよ。アイツのあの……何て名前だったか、
赤い髪の後輩が、全く書類作成がなってねぇっつぅんで、朽木のヤローに頼まれたんだ」
「へー。よく許したじゃん」
遺憾ながら、この人と修兵さんの関係は知りすぎるほど知ってる。
ついでに六番隊の赤い髪の後輩―――もとい恋次が、そんな二人の仲を邪魔しようと、日々奔走していることも。
そんな状況下で―――白哉に頼まれたとは言え―――よく修兵さんを六番隊に貸し出したもんだ。
修兵さん一人と長時間接触でき機会を恋次に与えるなんて、犬に骨付き肉を与えるどころの騒ぎじゃない。
きっと四六時中舞い上がって、それこそ仕事なんて手につきやしないだろう。
それにその……もしも恋次が実力行使にでるなんて事になったら?
そんなもっともな問いに、だが、拳西は全く揺らぐ気配がない。
「修兵がオレ以外のヤツと、どうにかなるわけなんてねぇだろうが。第一あの赤い髪のヤツより、修兵の方が強ぇよ」と、色々な意味で
自信満々の答えが返ってくる。
「それに……あいつらのオフ日を、一日ずつ、オレと修兵に献上させた」
「は?」
「今日の報酬って事だ。そうでもなきゃ、誰が修兵を貸すかよ」
「……なーるほどね」
「で?結局お前、今日は何しに来た?」
「んー、だから、修兵さんに会いに。あげたいモンがあってさ」
「……修兵、誕生日はもう過ぎたぞ」
「そーいうんじゃねぇって。な、ここで待たせてもらっていいだろ?」
「駄目だと言っても、待つんだろ」
「まーな。仕事の邪魔はしねぇからさ。いいだろ?」
「邪魔できるほどの時間待つ必要はねぇよ。もうそこにいる」
「えっ?」
そこ、って?
相変わらず霊圧の捕捉が下手だなと笑う拳西の言葉を背に、きょろきょろとあたりを見回すと、おもむろに部屋の扉ががらりと開いて、
大人びた穏やかな声と、まるで子どもみたいなテンションの大声が聞こえてきた。
「ねー、先輩ってばー、いーじゃないですかぁ、ねーねー!」
「お前、いい加減諦め悪いなぁ。だから、オレはこれから拳西さんと夕飯食べに行くの。お前に付き合ってる暇はねぇの」
「えぇえぇー、だーかーらー、オレも一緒でいいじゃないッすかぁ」
「だから、何でお前が一緒に飯を食う必要があるんだよ?」
「そーんなぁひーどいーぃぃぃ……」
おーおー、案の定だな、こりゃ。
ま、拳西って言う最大のライバル抜きで修兵さんと話せるチャンスを、恋次のヤツが見逃すはずはないとは思ってたけどな。
ただ、拳西のいるこの執務室までくっついてくるとは思わなかった。
……あいつ、本当に修兵さんに飢えてるな。
これで拳西の断地風が吹っ飛んでこないなら、おそらく修兵さんの細腰にひっつくくらいはしてるはずだ。
「久しぶり、修兵さん!」
そんな恋次に溜息をつきながら、拳西に「ただいま」を言おうとしたであろう修兵さんを呼んだオレは、想い人のもとへダッシュで駆け寄った。
「あれ、一護じゃん」と初っぱなから名を呼ばれ、どきりと心臓が音を立てる。
だが、そんなオレの事情を修兵さんが知る由もない。心中の動揺を悟られないよう、なんとか平静を保って言葉を返す。
「拳西から聞いたよ。今日は午後から六番隊だったんだって?今、仕事上がり?」
「あぁ。一護……どうしたんだよ急に。学校は?」
「もう終わってる時間だよ。ね、元気してた?結構久しぶりだよね」
「そうか……そういえばそうだな。お前こそ元気だったのかよ」
「もっちろん」
修兵さんに会いたくって仕方がなかったけどな―――なんて言葉は、拳西がいる手前一応呑み込んで、にぃっと笑ってみせる。
そんなオレに「ん?」と、首を傾げた修兵さん。何が不思議なんだろうと思ったら、いつの間にか修兵さんを追い越していた
オレの身長に気が付いたらしい。
「あ、お前、また勝手にでかくなっただろー、ずっりぃのー」って言って、軽く拳でオレの胸板を叩いてきた。
オレと修兵さんって、何つーか、男子校のマブダチのノリ。
多分実年齢からすれば、修兵さんはオレよりもずっと年上のはず。でも、屈託なく笑うと、まるで同い年に見える。本当に不思議な人だ。
身長が伸びたおかげで、オレの高さから見える修兵さんはちょっとだけ上目遣いになってて、これがまたたまらなく可愛くて。
あぁ、拳西はいつもこんな修兵さんを見てるわけか、なんて今更のように理解する。
「……一護、なぁ、本当にどうしたんだよ、急に」
「あ、あぁ。実はさ、修兵さんにあげたいものがあって来たんだ」
「オレに?」
「そう。これ……いや、今日の学校帰りにさ、たまたま買い物に行ったショップが入ってるとこで、福引きやってて。これ当たったんだよ。
オレ、昔っからクジ運だけは良くってさ」
「えぇ、すっごいじゃん。でも、良いのかよ、オレがもらって」
「もちろん」
「ありがとな。ところで……何なんだ、これ?」
「んー。修兵さんが、好きそうなモノ。開けりゃわかるよ」
「?……―――あ!!」
「好きだろ?」
「好き、だけど……うわうわ!えっ、良いのかよ、これ凄く高いんじゃねぇの?」
「良いって。言ったろ。たまたま当たったモンなんだって」
それに当たったはいいが、使い道がない。
自分で使うわきゃないし、ルキアや井上はこう言う色のタイプじゃない。
この手の色のモノをやったって、口の周りに黒々と円を描いて「どろぼーのおじさーん!」なんて、寒いギャグが関の山だ。
まぁ、元値の安いモノなら、それでもいいかと思ったが、水色曰く、結構良いブランド品らしいとのこと。
実際に値段を聞いて驚いた。思っていた値と二桁違う。
ルキアと井上を「どろぼーのおっさん」に変身させるだけでは、さすがに勿体ない。
しかし……ならば誰に?
そう考えてオレの頭に浮かんだのが、修兵さんだった。
あんまりノーマルな贈り物じゃないだろうけど、男が化粧したってオレは構わないと思うし、ましてやそれで、修兵さんが更にキレーに
なるんなら、なお良いんじゃねぇって。
つまり、だ。
オレが修兵さんにあげたものというのは―――メイク道具なのだ。
外は漆塗り、中はビロード張りのしっかりとしたボックスの中に、目に使うヤツと口に塗るヤツ、それに爪に塗るヤツが数個ずつ入ってる
メイク道具のセット。それぞれ塗るのに使う筆なんかもちゃんと付いてる。
色はどれも、黒と赤がベース。詳しい色の名前は知らないが、和っぽいカンジの黒と赤だ。
うん、やっぱりこれが似合うのって、修兵さんしかいない。
それに修兵さん自身、またこう言うのが好きらしい。しかも、結構凝り性だ。
前なんか、ボディーアートだかなんだかに興味を持ったらしく、クリスタルだのラインストーンだのを山程買い込んでは、義骸にペタペタと
貼り付けてた。
義骸で戦うことはほとんどないから、思いっきり好きなように着飾っているのだという。
ただそれがヘソの周りで、出来た作品をオレに見せようと、カッターシャツをまくり上げてくるのにはほとほと参ったが。
「この莫迦!」と、傍にいた拳西が慌ててシャツを下ろさせていたが、あの白い滑らかな、必要以上に筋肉の浮き出ていない綺麗な腹と、
そこにまた、えらいことよく似合うように配列されたラインストーンが色っぽいったらない。
無論、それは一瞬でオレの目に焼き付いた。
そんなことがあって以降も、修兵さんは現世のファッション研究に余念がない。
オレとは結構センスが合うのか、現世に来る度、オレに色々なことを尋ねてきてくれる。
そんな修兵さんだから、オレからのサプライズプレゼントに、おそらく喜んでくれるだろうと思っていたら………やっぱりだ。
「うっわー!色々あるじゃん!」
こう言うとき、副隊長って言う自分の立場も忘れて、床に座り込んでしまうのも修兵さんらしい。
オレがあげたものをラグの上で広げ始めた修兵さんは、一つ一つを手にとって、その度に歓声を上げている。
よかった。気に入ってもらえて。
「一護、ありがとな!マジですっげー嬉しい!」
「どーいたしまして」
「なんだよ、お前、修兵に何やったんだ?」
「先輩、何そんなに喜んでるんすかぁ?」
楽しそうな修兵さんの姿が気になったのか、拳西や恋次もやってくる。
そして修兵さんの手の中にあるモノを見、二人は対照的な声を上げた。
一方は好意的なもので、もう一方はその逆。
「へぇ、修兵に似合いそうだな」
「えぇえー?先輩は、こう言うイメージじゃねーっしょ」
ちなみに前者が拳西、後者は恋次。
拳西はともかく、恋次の台詞は聞き捨てならない。
「あぁ、何言ってんだよ恋次。修兵さんには、この手の色、ぴったりだろ。なぁ、拳西」
「そうだな。修兵にはこう言うの合うな。修兵だって、こう言う色、好きだろ?」
「はいっ!」
「えー。先輩は、自分の魅力をのなんたるかを解ってねぇよ……」
「じゃあ、お前はオレに何色が似合うと思うんだよ、阿散井」
「そりゃーやっぱ、ピンクとか?こー、ふわふわーっとして可愛いカンジのー………」
「………ぜってーヤダ」
「………どこに目ぇ付けてんだ、お前」
「センス皆無」
「んだとぉ!?誰がセンス皆無だ、一護!っつーか、先輩もヤダって、ひでぇよおぉー」
「だってお前、ピンクって……うわ、どうしたらそうなるんだよ」
そう言う色は雛森だろうよ―――そう言いながら、オレがあげたメイク道具を一つ一つ開け、それを少しずつ自分の手に塗ってみている修兵さん。
普通ならオンナノコがするその動作も、修兵さんだと妙にサマになっているから凄い。
メイク道具を扱い慣れてることもあるんだろうけど、綺麗になりたいって言う想いにブレがないから、こう言う動作に違和感を感じないのだろう。
誰のために綺麗になりたいか。
その想いに、全くブレがないのだ。
「んーっと、こっちは……あ、これも理想的な黒……ね、拳西さん、もう今日はお仕事ないですよね?」
「あぁ……使ってみてぇのか、それ」
「はいっ!」
「んじゃぁ、ちょっといい店でも予約しとくか」
「?」
「折角綺麗にすんだろ?だったら着物も着替えてよ……今日はちょっとばかり洒落た店で飯食おうぜ?」
「いいんですか?やったぁ、拳西さん大好き……!」
「っ……お、まえなぁ」
「え?」
困惑したように眉根を寄せた拳西に、修兵さんがきょとんと瞳を丸くする。
いやまぁ……あれは反則だよな。
綺麗な顔がいきなり可愛くなって、すっげー嬉しそうに笑って、とどめは「大好き」だ。
拳西だけに見せる表情に、けれど拳西ですら慣れることはないらしい。
その攻撃力は無限大―――もちろん、オレと恋次も言葉を失った。ちなみに恋次は後ろを向いて首を叩いてる。
大方鼻血が出たんだな、あれは。
しかし修兵さん本人に、その自覚は皆無。
「美味しい梅酒が飲める店、新しく出来たんですって」と、さりげなく拳西におねだりをしてから、早速化粧を始めるべく、
鏡やらピン留めやら、必要なものを細々と揃え始めた。
そうしていざ、作業に取りかかろうとした修兵さんだが、オレがそれにストップをかける。
「なっ、なっ、修兵さん、ちょっとタンマ」
「ん?」
「ね、オレにやらせてくれない?」
「え、お前に?それはいいけど……出来んの?」
「んー、やったことはねぇけど、多分出来るよ。妹たちが玩具のそう言うので遊んでるのを、よく見るし……ほら、学校の女子だって、
けっこうしてるからさ、化粧」
「ふーん……」
「それにオレのセンスなら知ってるだろ?修兵さん、いつもオレの服のセンスが好きだって言ってくれるじゃん。な、もし気に入らなかったら
直してくれて良いし……だからいいだろ?」
「いい、けど……変な風にすんなよ?拳西さんに笑われたくねーし」
「わーってるよ」
ったく、つくづく拳西がからむと、恋する乙女になるんだよな。
あぁ、そう言った意味では、修兵さんはピンクか。
好きな人のためにキレーになりたいなんて、真っ直ぐすぎる想い。
拳西だけに向けられる想い。
拳西を想う修兵さんは、健気で一途でいじらしくて可愛くて、そして何より、キレーで。
おそらくそれは、相手が拳西だからこそのキレーさなんだろうと思う。
仮に、冬獅郎とかあの技局の角の人が相手だと―――うん、やっぱり違う。
(なんだよもう、すっげ………悔しいなぁ)
本当に、むっちゃくちゃ悔しい。
修兵さんに倣って、素直に自分の感情を表すなら、そう言うことになる。
修兵さんの中は、いつだって拳西のことで一杯だ。
義骸を飾るのも、まぁ、そう言うのが好きだって言うのもあるんだろうけど、何より一番の理由は、拳西のため。
拳西のために少しでもキレーになりたくて、いつも修兵さんなりの努力をしているのだ。
そういう発想も、ともかく可愛いんだよな。
けどまぁ、そうやって考えていけば、必ず行き着く当然の帰結。
修兵さんがこんなにもキレーなのは、愛し愛されている相手が、拳西だからなのだ。
拳西以上に修兵さんがキレーになる相手なんて、いやしないのだ。
けれど、簡単にそれを認めてしまうのは、男として何となくシャクじゃねぇ?
拳西以外の要素で、キレーになる修兵さんを見てみたかった。
もっと正確に言えば、オレの手でキレーになる修兵さんを見てみたかった。
そんな折、ひょんな事から巡ってきたチャンス。オレの手で修兵さんをキレーに出来るかもしれないチャンス。
ほんの少しで良い。
オレの手でキレーになった修兵さんを見てみたい。
「………んじゃ、始めるね。こっち向いて修兵さん」
「んー……」
(う、っわ……)
なんの躊躇いもなく、オレにだけ向けられる視線。
修兵さんのキレーさって、ある意味危険物だ。
整った顔立ちのあまりの華やかさに、手元に引き寄せたメイク道具を、思わず落っことしそうになった。
いかんいかん。こんなんじゃ、恋次並みに前途多難だ。
さりげなく深呼吸をして息を整え、もう一度修兵さんに向き直る。
「あの……なぁ、修兵さん」
「ん?」
「えっとさぁ……指でやって良い?筆とか使った事ねーからさ、その……」
「あぁ、やりづらいって言うんだろ?良いぜ、別に」
「サンキュー」
真実半分、願望半分。
修兵さんの肌に触れられる機会なんてそうそうない。オレが化粧をしやすいようにと髪をピンで留めてくれた修兵さんと対面したオレは、
色々な意味でかなりドキドキしながら、修兵さんの肌に触れた。
そして思った以上の触り心地に、ますますドキドキしてしまう。
だって、すっげーやらけぇし、オレの肌にぴったり吸い付くカンジだし……良いなぁ拳西は。
今のオレみたいにわざわざ変な理由をつけなくても、いつだって好きなときに、思う存分この肌に触れられる唯一の男。
なのに、何でそう独占欲が強いかな。
「おい黒崎、いつまでベタベタ触ってやがる」
いつまでって、まだ五秒も触っちゃいない。けれど、相手は既に沸点間近。まぁ、全力の断地風をくらうのは正直ぞっとしないから、
ひとまず手を離してそれらしい言い訳など。
「いや、ほらさ、ベース……だっけ?肌キレーだし、もしかしたらいらないかもなーなんてさ」
「いらねーよ。修兵、そんなん元々使ってねーよ」
「へ……そうなの、修兵さん?」
「あぁ」
その理由は簡単、頬の「69」が、変に隠れるから塗りたくないんだって。ま、元々肌はすっげーキレーだから、そんな必要もなさそうだし。
修兵さんの肌に触れられる回数が減ったのは残念だが、拳西にキレられるよりはよほど良い。
「じゃあ、もう瞼とかに色のせちゃうよ?」
「ん、よろしく」
そう言って、修兵さんがそっと目を閉じる。
おーい……目を閉じてさえ、このキレーさは反則だっての。
拳西の手前、決して声に出せないその台詞を、思いっきり心の中で叫んでから、オレは修兵さんにあげたボックスから、目の周辺に
使うとおぼしき化粧品をいくつか取り出した。
残念ながら化粧に黒や赤を駆使している女性陣は周囲にいないため、何をどこにのせたら正解なのかは解らない。けれど修兵さんの
好みは大体わかるし、何より修兵さんのどこにどんな色をのせたらキレーになるのかも、何となくだけど解るのだ。
まずは瞼。鮮やかな色よりも、ここは深い漆黒がいい。けれど黒一色って言うのは、いかにも単純だ。そこで涼やかに持ち上がっている
目尻に、ほんの少しだけ赤い色をのせた。
(うん……イメージ通りだな)
何回か見たことがある。ここが赤く染まる時の修兵さんの可憐さは、言葉に出来ない。
恥じらうように視線を落として、拳西に寄り添って、微かに笑んで―――。
ん?あーくそ、何でそこで拳西が出てくるんだよ。
ふるりと頭を振って、拳西の映像だけ消去した後、気を取り直したオレは次の作業に取りかかった。目の次は唇だ。これも赤と黒がある。
少し迷ってから、黒い方を手に取った。
艶やかに赤く染めた唇も、修兵さんにはさぞ似合うだろうけど、あえて黒を塗って元の唇の色を抑えることにしたのだ。
修兵さんの肌の白さや、目尻に塗ったわずかな赤も、その方がきっと引き立つはずだ。
早速、指に口紅を取り、肌に馴染ませながらそれを少し柔らかくした後、薄く薄く修兵さんの唇に色をのせていく。
ぷにゅんとした心地良い弾力の唇に、途中何度か理性が吹っ飛び掛けたが、その度に感じる拳西の怒気で我に返った。
そうして色々な意味で四苦八苦しながら、何とかメイクは終了。
最後に髪を留めていたピンを丁寧に外してあげてから、オレは修兵さんに声を掛けた。
「良いよ、目、開けても」
「ん……」
オレの合図で、スローモーションのように、ゆっくりと開かれる瞳。瞬間、後ろで恋次が息を呑む音がした。
否、それはオレが息を呑む音でもあったかもしれない。
「修、兵……さん?」
修兵さんだと解っていて、何故かその名を問うてしまう。
だって、修兵さんであるはずのその人が、修兵さんに見えなかったのだ。
変な表現かも知れないが、オレの目の前にいたのはある意味で、真実、死神だった。
通常の尺度では測りきれない、人智を越える美しさを纏った存在がそこにはいた。
正直なところ……予想以上だった。オレの手で、修兵さんはとんでもなくキレーになってくれていた。けれどそのキレーさは……
「一護……?どうしたんだよ、阿散井も」
黙り込んでしまったオレと恋次に、修兵さんが不思議そうな声で問う。
だがオレも恋次も、それに言葉を返せるような状況ではなかった。
そんなオレ達に、やれやれと溜息をついたのは拳西。
「ったく、まだまだガキだな」
そう言って、修兵さんの横にしゃがみ込んだ拳西は、次の瞬間、いとも自然な動作で修兵さんの唇を奪っていた。
「えっ?んっ、ぁ、けん、せ……」
前触れのないキスに、修兵さんの息がはねる。化粧をするためにきちんと正座をしていたはずの足は、拳西に触れられたことで
一瞬にして膝が崩れた。身体を支えていた箇所が籠絡すれば、あとはもう時間の問題だ。呆けた表情で二人を見つめるオレ達の前、
最終的に修兵さんは、完全に拳西の膝の上に。
拳西によって軽い酸欠状態にされたのか、とろんとした表情で喘ぐような呼吸を繰り返している。
しかもいつの間にそうしていたのか、オレが修兵さんにしたメイクは、ほとんどが落とされてしまっていた。
だがそれで、やっとオレと恋次の金縛りはとけた。情けなくも一気に脱力したオレ達に対し、こちらは余裕で修兵さんを抱きあやしながら、
呆れたように拳西が言う。
「やれやれ。これだからガキは甘い。修兵の魅力は底が知れねぇんだ。時々オレでさえ手に負えねぇんだぞ?それがまぁ、
いきなりホームラン打ちやがって」
「ぅ……」
「ま、でも序の口だけどな。言っとくけど、オレと二人きりだと、こんなモンじゃねぇぞ」
なぁ、修兵―――そう言って、修兵さんの耳に何事かを囁いた拳西は、修兵さんの左頬に先程のものに比べて遙かに優しいキスを送った。
すると―――
「ん……オレも……拳西さんが、一番大好き……」
甘えるような眼差しで拳西を見つめた修兵さんが、うっとりとした声でそう言った。
オレや恋次からもよく見えたその顔は―――俄に筆舌に尽くしがたい。薄紅に肌が上気し、瞳はしっとりと潤み、目尻は鮮やかな赤に
染まり、濡れた唇は珊瑚色。
―――やられた。
脳裏に『完敗』の二文字が躍る中、本日二度目の金縛りに突入である。
恋人の艶姿を見せつけるだけ見せつけた拳西は、修兵さんを抱き上げてさっさと退室。
そんなわけで、部屋に残されたオレ達二人は、恋次を探しにやって来た白哉に発見されるまで、しばらくの間仲良く地蔵と化していたのであった。
<あとがき>
化粧をする修兵さんっていうのは、一条の中で妙にしっくり来るイメージだったりします。
と言っても、可愛い系のメークじゃなくて、『ロックテイストな和美人』
……うむ、解りづらい(苦笑)
拳西さんの誕生日とか特別な日には、必ずお洒落してメークして、一日二人でラブラブです。
拳西さんも、そうやって自分のためにお洒落したりメークしてくれる修兵さんがとても好きで、けれど、
時々、どーしようもないくらい美人さんになってしまう修兵さんに気が気じゃないみたいですよ(笑)
でも、一番どーしようもなく美人さんになってしまうのは、「拳西さんが大好き」って顔してるときなんですけどね★
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