■ 零度の高熱 ■
(これは、な、何が起きたんだ……)
ピントのぶれた脳味噌をフル回転させ、オレは必死に考えた。
薄らぐ視界に広がるのは、横たわる死覇装の山。現在オレの目の前に広がっている光景は、あろうことか、数え切れない位の死神達が、
床に倒れ伏しているという衝撃映像で。
(待て待て、冷静になれ、オレ!今日は、今日は確か……)
そう。今日は確か、暑気払い……だとか言う名目での大宴会、あー……そもそもの言い出しっぺは乱菊さんだったはずだ。
そう……思い出したぞ。今日のこの集まりは、一週間位前の隊長・副隊長合同会議の席で、乱菊さんが提案したことだった。
あの人のことだから、間違いなく目的は、仕事のサボリだったんだろうが、その場に京楽、浮竹両隊長がいた故に、日番谷隊長の
反対にくじけることなく、ほとんど全ての隊の席官格を巻き込んだ大宴会が開催されることになった。公平なクジ引きの結果、
場所は三番隊の隊舎、酒や肴は各隊から持ち込む、と言うことで話が決まり、そして今日。
仕事上がりの定時を少し過ぎた頃、総隊長の音頭で大規模な宴会は始まった。
各隊から持ち込まれた山海の珍味、そしてそれを遙かに超える量の酒、酒、酒。
ビールに焼酎、日本酒、洋酒、果実酒に……あぁ、樽酒もあった。
これだけ酒が揃えば、もう後のことは決まりだ。ものの三十分も経たないうちに、会場は無礼講とどんちゃん騒ぎの嵐―――
オレはいつものように吉良を捕まえて飲みながら、元仮面の軍勢組に囲まれて、六車隊長の傍から片時も離れようとしない檜佐木先輩を、
何とかこっちに連れて来れないかと考えをめぐらせていた。
そうやって悶々としたままで、およそ一時間くらいが経った頃。
それより少し前に席を立っていた吉良が、こちらに戻ってくるなり、オレにこう言ったのだ。
「ねぇ、阿散井君。これって何だと思う?」
「?……何だ?お前、どうしたんだこれ?」
「いや、今ね、あっちにおつまみ取りに行って来たんだけど、机の上にこの箱が置いてあって。綺麗な箱だよねぇ。何だと思う、これ?」
「あーん?」
不思議そうな顔をした吉良が持っていたのは、なんだか妙に豪華な装丁の箱。
六番隊隊長―――すなわちオレの上司である朽木隊長の家なら、そう言ったものもありそうだが、オレがこの場に搬入を任されたものの
リストには、こんな箱はなかったはず。
ならば、他隊のものだろうが……一体どこの隊が持ち込んだものだ?
「まぁ、開けてみれば分かるんじゃねぇ?」
「それもそうだね」
少なくともこの場にあると言うことは、誰が開けても良い、と言うことだろう。
やたらとしゃちこ張った封を解き、ぱかりと蓋を開けてみると………
「……何だ、こりゃ」
「現世の……チョコレートに似てる気がするけど」
中に入っていたのは、確かに吉良の言うとおり、現世でよく見かけるチョコレートに似ていた。もっとも、チョコレートと言えばこの形、
と言う板状のものではなく。色とりどりの砂糖衣でくるまれているタイプのもの。オレも現世で何度か食べたことがある。
ただ、今オレたちが見ているものは、その色が………
「……派手だねぇ」
「目、くらむな」
そんな感想を思わず漏らしてしまうほどの、まばゆい黄金色。たかだか豆粒ほどの大きさなのに、まるで金箔でコーティングして
あるみたいに、その輝きは強烈だった。
屋内の照明にあたって、所々に乱反射をしてくれるものだから、部屋の中にいたほとんどの死神達が、これに気付いたらしい。
「やーだ、なーにそれー?」
「おやまぁ、ずいぶんと綺麗なものが出てきたねぇ」
どれほどしたたかに酔っていても、こういう事にはめざとい二人―――乱菊さんと、京楽隊長が、ひょいと顔を出す。
二人も交えてしばし協議したオレ達は、とりあえずこの場にあると言うことは食べられるものだ、と言う判断を下した。
それでも一応毒味がてら、技局からの参加者で、甘味マニアでもある壷府リンに簡単な検分を頼んだのだが……
今思えば、それが大層まずかった。何故かってその……この問題物質を創り出した当の開発者本人に検分を頼んで、
それが異常であるとの結果が出ようはずもなかったのだ。
しかし、その時のオレ達は、そこまで頭が回っていなかった。
「別段、何でもないですよ。ただの砂糖菓子ですね。しかも多分、かなり上質の」
壷府の、その言葉が決め手だった。
安全と分かれば、何の問題もない。
見た目の珍しさも手伝って、次々に色々な死神がこの謎の菓子に手を出し、その味に舌鼓を打っていた。
―――で、そこからである。
「あぁあー……えー、と……?」
味は確かにうまかった。中は和三盆にも似たコクのある砂糖で出来た何かで、甘党のオレはもちろんのこと、
辛党の京楽隊長や一角さんも感心する味だった。
だが、それを口にして数分もたたぬ内に………オレは軽く意識を失った、のだと思う。
しかも、意識を失ったのは、オレだけではない。今もぼやける視界で辺りを見渡せば、見知った顔がばたばた倒れているのが見て取れる。
そしてそんな中で、やけにきびきびと動いている三体の影………
「ふむぅ……これはいかんネ」
「ですねぇ。理論上、配合割合は完璧だったはずなんですけど」
「あぁ!なんて事ダイ。席官クラスをこっそり実験台に出来る願ってもない機会だったというのに、この有様……おいネム!
各人によって、現れる症状に違いはないのかイ!?」 「耐性に差があるくらいかと……」
「あぁ、そんなの全く面白くないヨ!お前は本当に役に立たないネ!」
「でも局長、その耐性が問題なのかもしれませんよ」
「どういう事ダイ、リン」
「いえ、席官クラスの死神ともなれば、外的な干渉に対する霊的な耐性が整っていると仮定して構わないでしょう。そうなると、
その耐性が今回の薬の効果を阻害する要因になっていると考えることは可能です」
「おぉ!ならばその耐性を奪ってしまえば良いわけダネ!」
「えっ、それはちょっと問題じゃないですか?」
「イイんだヨ!私なんだからネ!」
(おあぁぁぁぁぁ………!)
特徴的な白衣姿の三人―――涅隊長、副隊長、並びに技局の壷府だ―――が交わす会話の内容を理解するにつれて、
オレの背中には膨大な量の冷や汗が流れ出した。
(今、耐性を奪うって言ったよな、耐性って……!)
じゃあ、耐性が強いのか一番最初に目が覚めてしまったオレなんて、あの三人にとっちゃ格好の実験材料じゃねぇか。
なんの実験をされるのかはいざ知らず、このまま行けば、オレは間違いなく実験体一号として技局にご優待だ。
(………逃げるしかねぇ)
未だ意識を失ったままの席官達が、次々と技局の手にかかっていくのを放置するのは忍びないが、このままではどうしようもない。
皆を技局の魔の手から救い出そうにも、まずオレ自身がどうにかならないと、手の打ちようがないではないか。
この際、部屋の出口近くにいたのは幸いだった。
技局の三人組に気取られぬよう、ゆっくりと匍匐前進をしながら部屋を後にしたオレは、どこか身を隠せる場所をさがしながら、
よろよろと三番隊の隊舎内を徘徊した―――と。
「……ん?」
吐息……?
それも、大層苦しそうな。
やっとのことで戻ってきた視力でもって目をこらすと、この建物の中でも死角になっている場所に、小さな扉があるのが見えた。
その扉自体、周りの壁と同質化するように作られていて、吐息が聞こえてこなければ、普段のオレだって気が付けたかどうか分からない。
察するに、オレと同じように一足早く目覚めた誰かが、偶然見つけたこの小部屋に避難したのだろう。類友とはちょっと違うかもしれないが
、同胞相哀れむと言うことで、ついでにオレもしばらく休ませてもらおうと扉を開けた。技局トリオに見つかっては大変だと、急いで身体を
滑り込ませ、後ろ手に扉を閉める。かちっ、と言う硬質な音は施錠音か?もしかすると、ここは三番隊の隠し部屋なのかもしれない。
「お邪魔しまーす……」
中は明かりが灯されており、存外と明るい。隠し部屋にしては広さも相当なもの。
先客は誰だろうと視線を遣れば、部屋の明かりにやたらと反射する色。
「あー……今はあんまり、その色見たくなかったっすねー」
「んー……?なんや、六番隊の赤わんこかいな」
「誰が赤わんこっすか!!」
毎度毎度、失礼な呼び名を献上してくれるものだ。あの技局の謎の物体と同じ、眩しい金色の髪。人をからかうような飄々とした口調。
白い羽織がこれまた眩しい人物は、元仮面の軍勢にして、現隊長職復帰組の一人、平子真子隊長だった。
しかし―――あれ?随分と元気そうだな。
オレが聞いた苦しそうな吐息とは、まるで無縁という感じの健康体。
じゃあ、あの吐息の主は?
ぐるりと部屋を見回したオレの視線が、ある一点で止まる。
「………え?」
まさか、あれって……
「ひ、檜佐木先輩!?」
「しー…静かにしぃや。でないと拳西に叩き出されるで?」
「うっ……」
その忠告は……おそらくマジだ。
でかい声出して騒ぎ立てれば、平子隊長の言う通り、多分、容赦なく叩き出される。
部屋の奥で、檜佐木先輩を膝枕して寝かせている、現九番隊隊長六車拳西に……。
しかし、今ここから追い出されることは、何としてでも避けたい。
仕方なく、借りてきた猫のようにおとなしく腰を下ろしたオレは、ついでに声のボリュームも絞って平子隊長にこう尋ねた。
「あの……檜佐木先輩、一体どうしたんですか?」
「どうもこうもあるかいな。今のお前と同じや。技局のせい。今さっき、阿近に薬作るように頼んできたけど、
そうそう早くは出来ひんしなぁ……」
「何で?阿近さんだって、あの変なヤツの開発に携わってるんでしょう?だったら……」
「いんや。珍しいことに、今回の技局の企み事、阿近はノータッチやねん。せやから、あの変なもののデータは一つも持ってへんねんよ。
修兵のためやから、阿近も本気出すやろうけど、一から薬作るんは、十分やそこらではなぁ……」
「先輩、そんなに具合悪いんですか?」
「自分の目で見てみいな……可哀想に……」
「あぁ、確かに……」
どうやら、檜佐木先輩は大分重症らしい。六車隊長に膝枕をしてもらうという、先輩以外ではあり得ない状況で身体を横たえ、
目を閉じている。一見すると眠っているようだが、しかしその表情は、安らかな寝顔とは程遠い。
「拳西、どないや?少しはよぉなった?」
「お世辞にも良好とは言えないな……脈が、おかしなくらい速い」
「けど、この後輩君は、もう動けるみたいやで?」
「効き目に個人差があるんだろう。何の差でこうなるのかは見当がつか……」
「ん、どないしたん?」
「………予定変更、辛いだろうが修兵を起こす」
六車隊長はそう言うと、気道を確保するためか、先輩の上半身を持ち上げ、自分の肩と腕に寄っかからせた。鍛えぬかれた身体は、
先輩の体重くらいじゃびくともしない。
「なに、寝かせておけへんの?」
「無理だ。身体が痙攣してる。呼吸もさっきと比べておかしい」
どうやら当初は自然に意識が戻るのを待つつもりだったらしい。だが、びくびくと、まるで痛みに耐えるかのように震えた身体と、
おかしなペースの呼吸にたまりかねたようだ。
首元に手をやり、脈の速さを確かめながら。六車隊長が先輩の名を何度も呼ぶ。
その声音は、先輩に対してだけ向けられるもの―――普段の冷静な隊長モードじゃない、感情の全てが籠もっているものだ。
一音一音に、これ以上ないくらい確実な愛情の存在を感じることが出来る。
そして悔しいことに、先輩はそれをちゃんと受信する。
オレのそれは受信してくれないけれど、六車隊長のは受信する。
胸中、だからオレは大層複雑だった。
今の状態で目を覚ましてもらわないことには、先輩自身が危険なことになる。
それは分かっていて、それでもなお、六車隊長の発信した想いで先輩の目が覚めないことを願ってしまう。
この二人の間の絆を、見たくないと願ってしまう。
だが、その願いは叶わず―――自身の名前を五度呼ばれたところで、先輩が、ふ、とその目を開けた。瞬間的にびくっと跳ねる
身体を、六車隊長がさりげなく押さえ込む。
とりあえず、意識は戻った。だが問題なのは呼吸の方だ。見ればすぐに分かるその異常。胸が上下するペースが、明らかにおかしい。
「ちょい過呼吸気味やな……」と、平子隊長が憂い顔で眉根を寄せる。
「修兵、息……ゆっくり吐け。それじゃ苦しいだけだ」
六車隊長もそう諭すが、自分ではコントロール出来ないらしい。
なおも苦しそうに息を吸い続けてしまう先輩の様子に、水でも持ってこようかと思った時だった。
「修兵……赦せよ?」
そう言うなり六車隊長は、ごくごく自然な動作で、先輩に口付けた。
あ、と声を出す暇もない。
一度開いた先輩の目が、また閉じられる。
間断なく痙攣していた身体は刹那の時間硬直し、その後ゆっくりと弛緩していった。ゆるゆると、まるで六車隊長に全てを委ねていくかの
ように、先輩の身体が沈み込んでいく。
触れて、離れて、それが幾度繰り返されただろう。
正味三分は続いたであろうそれが終わってなお、オレは固まったままであった。
そんなオレの傍らで、平子隊長が感心したように言う。
「ふぅん……人工的に、呼吸のリズム整えさせたんか」
「あぁ……どうしても吸っちまうなら、無理矢理にでも吸わせなきゃ良い訳だろ」
「そりゃ、確かに。お前にしか出来ひん荒技やけどな。まぁ、何にしても良かったわ」
そう言って平子隊長は、ほぅ、と安堵の溜息をついた。
けれど。えー……本当に良かったのか、これで?
平子隊長の解説通り、確かに先輩の呼吸は正常なそれに戻っている。
だが、だからって、その……キスする必要はあったのか?
しかも、やたらと慣れてねぇ?
色々と苦情はあったが、どれも言葉にならず、結果金魚みたいに口をぱくぱくとさせたままで固まったオレに、六車隊長は
しれっとこう言った。
「修兵の呼吸のペースなら、オレが一番知ってる。ついでに両手はふさがってた」
おぉい!そう言う問題じゃねぇよ!
けれど、それも言葉にならない。
しかも、オレと一緒に先輩のマジなキスシーンを眼前で見たはずの平子隊長は、まったく動揺した様子もなく、
「呼吸がおかしゅうて、身体の中の酸素量が変な事になってたんやなぁ……身体の痙攣も、そのせいやろ」と、冷静に診断を下している。
やるせないことに、この二人のこういうシーンを見慣れてるらしい。
「拳西……さん」
更にやるせないことに、いつの間にか、先輩の表情がえらく色っぽいものに変わっていた。
声も、まるで六車隊長に甘えているようで、ますますやるせない。
「ん、起きたか……大丈夫か、修兵」
「あ、んまり、大丈夫じゃない……何…オレ、どうしたの?」
「あー……その、なぁ」
「技局の阿呆薬のせいで、ちょっちめんどーな事になっとんねや。そこの赤わんこもそう」
「だから、誰が赤わんこっすか!そう言えば、大体、どうしてあんたらは……」
「は?あんななぁ、いかにも怪しいもんに手ぇつけるかいな。というのは建前で、理由は二つ。一つはお前らがあれを食べてた時に、
オレと拳西だけちょっと酔い覚ましに外に出てたこと。もう一つはあの箱をこっそりと十二番隊副隊長が運んできてたのを見てたこと。
きっと危険物やろうから近寄らんようにしとこう思っててん。もしあれが話題になるようやったら、元仮面の軍勢組と修兵だけは
さりげなく避難させたろとも思うててんけどな、ちょっとばっかし、席外したタイミングが悪かったわ。ほんまにごめんな、修兵」
「っ……」
平子隊長の謝罪に、檜佐木先輩が苦しげな顔でゆるゆると首を振る。
元仮面の軍勢組のことを本当に慕っている先輩は、彼らをこんな風に自分に謝らせたりしたくないのだ。
それが解っているからだろう。
聞いたこともないような優しい声で「ありがとな、修兵」と言った平子隊長は、幾分照れたような顔をして言葉を続けた。
「はー……せやけど、修兵を無事に技局の魔の手から救い出せたんは、不幸中の幸いやったな。さすがは拳西、あの技局トリオに
ぐうの音も出させへんかったもんなー」
「え……拳、西さんが………」
「ホンマはオレが助けたかってんけどな。拳西相手じゃ、譲らざるを得へんわ。かーっこ良かったでー、拳西。今にも断地風
ぶっ放しそうな顔しててやー。マジ切れやったろ、お前」
「当たり前だろ」
「拳西さん……」
「………お前にこんなことをする奴は、誰だろうと許さねぇよ」
「は、い……」
えー……なんすか、その雰囲気。
なんかお互いに顔赤くして、やけに良いムードで。
ただそっちも大層気になるが、それより今の時点で、大いに気になってしまったことが一つ。
「あの……平子隊長。あんたらのお仲間は?ここには居ないみたいなんですけども」
「ん?あぁ、ひよ里達かいな。あいつらは自分のことは自分でどーにでもするわ。修兵はオレにとって可愛い弟みたいなもんやし、
拳西にしてみたら、修兵はもう……」
「るっせぇぞ、真子」
「おーおー、そない噛み付くなや。えぇやん、もう公認で恋人夫婦なんやし。まぁ、公認したないんも、中にはおるやろうけどなー……」
そう言って、こちらにちろりと物言いたげな視線が飛んでくる。
相変わらず、そういうことには聡い人だ。
だがそのくせ、オレの反応はどうでも良いようで、すぐに「ま、どーでもえぇか」と一言。
「どーでもよぉないんは、修兵や。なんや、いくらなんでも症状が非道いで。なぁ、修兵?お前、飲み会に来る前に
……なんか薬でも飲んだんか?」
「薬……あぁ、えぇ……」
「もしかして、いつものあれか?」
「はい……拳西さん」
「何や、いつものあれって」
「修兵の、この……顔の傷……今の季節疼くことが多いんだそうだ。瞼の上まで走ってるからな。薬って言うのは、
簡単に言えば、鎮痛剤だ」
「はーん……それがあのキンキラキンと妙な反応おこしたんやな。ったくまぁ……ほんまにはた迷惑なもん作るで、技局は」
「確かにな。あれ単品だけ摂取しても、大分面倒なことになりそうだ。せめて阿近が開発に関わっていたら、もうちょっと
まともなものが出来たんだろうがな」
「?……あんたら、あのワケわからねぇもんの正体知ってるんすか?」
「あぁ、修兵連れて部屋出る前に聞いてん。あれなぁ、正式名は……まぁえぇか」
「………忘れたんだろ」
「そこでつっこむなや、拳西。あのキンキラキンはなぁ、簡単に言うと、人工的に個々の死神の最大霊圧を一定時間倍加
させるもん、のつもりで作ったらしいんやけどなー……」
「理論と計算だけで作った、見事な失敗作だな」
「せやなぁ、修兵も災難やわ……呼吸、大丈夫そうか?」
「あぁ。少し脈も落ち着いてきた。このまま、阿近が解毒剤を持ってくるまで持ってくれれば有り難いが……修兵、
どうだ?どこか痛むところあるか?」
「痛いところは、ないけど……頬が、熱い」
「熱い?ここか?」
「うん……あ、でも、拳西さんの手……気持ち良い……」
「手?」
「うん……拳西さんの温度が……冷たくって、ちょうど良くって……」
「ん……そっか……」
「気持ち、良い……」
そう言って、檜佐木先輩がうっとりと目を閉じる。本当に心地よさそうだ。
先程の過呼吸状態に比べれば、その容態は遙かに安定しているように見える。
だが、そんな先輩の様子を見、逆に顰められたのは六車隊長の眉。
理由は何となく分かる。オレと同じような体躯をしている六車隊長の体温は、決して低いものではないはず。
おそらく、普段は檜佐木先輩の方が低いはずだ。なのに先輩は、自分よりも熱いはずのその熱が冷たいと言う。
つまり、これは相当熱が高いと言うことだ。
よく見れば顔や首筋はおろか、死覇装から伸びるほっそりした腕も、妙に紅潮してしまっている。
この状況に、平子隊長は迅速だった。
「……あかんな」
そう言うなり、部屋を出、ものの三十秒ほどしてご帰還。その手に、ステンレス製の入れ物を持っている。
あれは確か……宴会の会場にあったアイスペールだ。
中には氷が入っているらしく、平子隊長の歩みに合わせてカラカラという音が聞こえてくる。
「……っしょっと。ほれ拳西、氷。あっちの部屋に残ってたん、持ってきたわ。冷やすんなら、本格的に冷やしたった方が、
修兵かて楽になるやろ」
「ワリぃ。あっちはどんな様子だ?」
「しばらくは行かん方がえぇな。阿近以外の技局メンバー勢揃いや。変な機械もぎょーさん持ち込んどるし………
運が良かったなぁ、六番隊副隊長」
「どぁあああああ……マジっすか……」
逃げてよかった。心から自分の回復力に感謝する。
「ま。どのみちオレらは、ここで阿近を待つしかないわけやからな。阿近が来るまで、少しでも修兵のこと、
楽にしたらんと……熱、どん位ありそうや?」
「想像もつかねぇな……ただ、どんどん熱くなっては来てる」
「ほな、早いところ冷やしたらんとな。えーと……あぁ、丁度良い。借りるで、それ」
「うわ……っ、ちょっと!オレの手ぬぐい!何するんすか、平子隊長!」
「何って、氷くるんで即席の氷嚢作るんよ。えぇやん、借りるゆーたやろ?」
「いや、まぁそうですけど、オレの承諾ってものもですねぇ……」
「まーまー……よっし、でーきた。ほれ拳西」
「おう、サンキュ」
「………おーい」
相変わらず人の話を聞かない二人だ。結局、オレがいつも頭に巻いてる手ぬぐいは、大量の氷を巻いてボール状になり、
平子隊長の手から、六車隊長の手へ。
まぁ、先輩のためになると考えれば、悪くはないんだけれど、何か癪なんだよなぁ。
しかしまぁ、折角オレの愛用品が犠牲になったのだから、しっかり使ってもらわないと。
「修兵、良かったな。真子が氷嚢作ってくれたぞ」
「?……氷嚢?」
「あぁ。お前、ちょっと熱が高すぎる。阿近が来るまで、これで冷やしとこう、な?」
「けんせぇ、さん?…えっ、やっ、いた…っ!」
「っ……修兵?」
「どないした、拳西」
「いやそれが……」
六車隊長が驚くのも、無理はない。
赤く染まった頬に、氷嚢を触れさせた瞬間、まるで稲妻にでも打たれたかのように、先輩の身体が跳ねたのだ。
過敏すぎる反応に、少しの間首を傾げていた平子隊長だったが、自身の手で先輩に触れてみることで、その原因を看破したらしい。
「あぁ、こらあかん。肌が熱を持ちすぎて、氷がやたらと冷たく感じてしまうんやわ」
「何?そんなに修兵の熱は高いのか?」
「高いも何も……あぁそうか、お前、さっきっからずっと修兵を抱っこしとるさかい、妙にこの熱さに慣れてしもてんやな。
せやったらゆーとくけど、あんまし悠長なこと言ってられる体温と違うで?はよう、なんとかして冷やしてやらんと……」
「それは解るが、しかし、それじゃ修兵が……」
そう言いながら憂い顔で躊躇う六車隊長の腕の中には、まだ、先程の痛みに震えている檜佐木先輩。
布越しの、たったあれだけの接触が、とんでもないダメージだったようだ。
だがそれは一方で、先輩の熱が尋常じゃないってことの証。
早く冷やしてやらないことには、この後どれだけ熱が高くなってしまうか想像もつかない。
だが、布越しですら氷は駄目、かといって人肌で涼を取らせるにも限界がある。
そうなると、一体何をどうすれば―――?
さすがの平子隊長も思案に暮れる中、すると行動を起こしたのは六車隊長だった。
手に持っていた氷嚢を、何故か分解し始めたのだ。
「拳西?……お前、何してるん?」
「いいから黙って見てろ……いや、あんましこっち見るな。特にそこの六番隊」
「あん?」
「は?」
一体何をする気だ、この人。
見るな、とは言われたものの、ついつい惰性でその行動を目が追ってしまう。
すると六車隊長は、即席氷嚢の中からキューブ型の氷を一つ取り出し、いきなりそれを自分の口の中に放り込んだ。
そして、それを咀嚼、後に嚥下。一体何がしたいのか、全くワケがわからなかったが、次の行動で、その目的が知れた。
「修兵……痛かったら言えよ?」
そう言って、真っ赤な先輩の頬に六車隊長が口付ける。
それだけならまぁ、オレが大袈裟に叫ぶような光景じゃなかった。
どちらかと言えば、先程の口同士のキスシーンの方が、よほど刺激的だった。
ところが六車隊長の行動は、これだけではすまなかったのだ。
(うぉ……な、なななな何してんだ、あの人……!)
自分のキスを痛がらない先輩の肌を、六車隊長が辿っていく。
否、もっと正確に且つ詳細に事態を述べれば、氷によって、ある程度冷たくなった六車隊長の舌が、檜佐木先輩の肌を滑っていく。
「ありゃま、これまた荒技やなぁ」と、平子隊長が感心したように言うが、待て待て待て!
それ自体が熱を持ってるものを氷で冷やせば丁度良い、ってのは原理的に理解できなくもないが、それがなんで舌なんだよ。
しかも何で……そんなに色っぽいんすか、檜佐木先輩。
六車隊長の舌が肌を滑っていく度、何かを堪えるように身体を震わせて、全身がとろけてるような甘い声出して
―――くっそ、こっちがどうにかなりそうだ。
「拳、西さん……」
「修兵…痛くねぇか?」
「うん……それ、気持ち良い……ねぇ、もっとこうして……」
「いいぜ?いくらでもしてやる……」
「ん……やっぁ……拳、せぇ……さん」
「どこが良いんだ、修兵?」
「や、そんなの、言えな……いよぉ……」
「ん……可愛いな、修兵……」
………うおぃ、ちょっと。
これって……いや、看病だよな?
でも、じゃあなんで先輩の死覇装が、どんどん肌蹴ていってるんだ?
最初は綺麗に浮き出た鎖骨、次に肉付きの薄い胸。滑らかな曲線を描いている背中。
いつみてもかき抱きたくなるような細腰も含め、肌の全てが仄かな紅に染まっている。
そしてその紅を余すところなく辿っていく、別の紅色。
時折新しい氷で冷たさを補給しながら、先輩の肌をゆっくりと巡っていくそれが、そこかしこで、先輩の理性を籠絡させていく。
その度に漏れ聞こえる微かな喘ぎ声と、半開きになった唇が、また恐ろしいほどの色気をまき散らしてくれて、正直オレは―――
「はいはーい、そこまでやで、六番隊副隊長?」
「っ……ひ、平子隊長!?」
「残念ながらなぁ、こっから先は、お子様厳禁や。オレらは退散するでー」
「はっ?ちょ、何?退散!?んなこと言ったって、外には技局が……」
ついでに、このままじゃ檜佐木先輩と六車隊長は………!
「はーい、つべこべ言わなーい……よーいしょっとぉ」
「ぎゃあっ、な、なななななな何してるんすか、アンタは!?」
「何って、運搬作業。お前もまだ、身体は本調子とちゃうやろー?心優しい平子隊長様が、お前を運んでったるさかいに、
感謝せぇよー」
「誰が!運ぶってアンタ、これ、オレを引きずって行く気満々じゃねぇっすか!」
「おや、よーわかったねぇ」
「わからいでか!!」
だが抗おうにも、例の技局の薬のせいで、身体にうまく力が入らない。一方平子隊長は元気なもので、オレの足首をぐいっと掴むと、
そのままオレをずりずりと引きずり始めた。
「いでっ!いたた!いたいですよ、平子隊長!」
「あぁ、そー、ごめんなぁ」
「ごめんなぁって!くそっ、こうなったら何が何でも……ぐはっ!」
「……ありゃまー。自分、いたない?」
痛てぇよ!
何とかこの場に貼り付こうと身体を反転させてみたが、それが大失敗。
下半身は仰向け、上半身はうつ伏せという奇妙なシャチホコ状態で、オレは固まる羽目に。しかも、この体勢のまま、
平子隊長がオレを引っ張り始めたのだから最悪だ。
「ぎゃああああっ!平子隊長!ちょっ、マジでタンマ!マジ、マジでギブ!」
「はいはーい。ほなら技局に診てもらおーな」
「それは、もっとタンマァァァァ!」
こうして心から不本意な退出は、オレの絶叫と共に見事に完遂。
ばたりと閉じる扉の向こう、最後にオレが見たのは、六車隊長に自分から抱き付いていく先輩の姿だった。
そして檜佐木先輩は、翌日から三日間、副隊長業務を休んだ。
表向きは、技局の実験物による非道い熱のせい、と言うことになっていたが、どう考えたって、それだけじゃないことは、
オレにとっては明々白々。ただ悔しいかな、それを証明出来るのは六車隊長だけで、勿論、当の六車隊長が、
そんなことをわざわざ表沙汰にするはずもなく―――。
しかもその後、檜佐木先輩と入れ替わるように、オレは高熱を出して寝込んだ。
吉良や乱菊さんは、例の技局の実験物のせいだろうと、大いに同情を寄せてくれたが、大変申し訳ないことに、原因はそれじゃない。
あの後、二人の間で何が行われたのか。
檜佐木先輩が休業中の三日間、オレの頭の中を占めていたそれと、あの時見た檜佐木先輩の色っぽい姿にまんまと充てられた
オレは、結果、こうして布団の中で、なかなか引かない熱と、長期戦に突入する羽目になったのであった。
<あとがき>
一回、思いっきり恋次に見せつける拳修を書いてみたくてこうなりました。
うむー、しかしまだまだ微糖なり(え)
いずれ仔修兵が具合悪くなったお話も書く予定ですが、修兵限定で甲斐甲斐しくなる拳西がツボです。
前にちょろっと日記で書きましたが、仔修兵がケホケホ咳してたら、拳西は猛ダッシュですよ。
まずは柚蜂蜜に始まり、手作り卵粥、すりおろし林檎にあったかい白湯。
あー、もう白湯は哺乳瓶であげたらいい(笑)横抱っこしてね。
→拳修部屋に戻る