■ 永続の一品 ■





二月十三日―――真央霊術院の女子院生達、ならびに女性死神協会にとってこの日は色々な意味で特別な日であった。
いつの頃からか瀞霊廷に根付いていた現世の風習―――「バレンタイン」
初めのうちは死神達の間だけで行われていたようだが、いつしかその文化はイベント好きの学生、すなわち霊術院の女子院生にまで
広がっていった。そして完全に「バレンタイン」が定例イベントとなった折、女子院生、女性死神の中には手作りのチョコレート菓子を
想い人にプレゼントしたいと考える者達が現れた。
そんな女性達が毎年バレンタイン前日に開くことをはじめた有志の料理教室。
場所は四番隊の隊舎。
毎年、瀞霊廷内の菓子店からゲスト講師が招かれ、参加費と材料費を支払えば、誰でも参加できる仕組みになっている。回を重ねるごとに
執行部もきちんと定められ、毎年五十人前後の参加者がやってくるこの会の代表は、自然四番隊隊長卯ノ花烈と決まっていた。

「はい皆さん、お静かに……そろそろはじめますよ」
今日ばかりは隊長装束である白羽織を脱ぎ、代わりに割烹着を着込んだ卯ノ花が、そう言ってぽんぽんと二つばかり手を叩く。
するとそれに呼応するように、こんこんと部屋の扉を二つ叩く音。
「どうぞ」と卯ノ花が応じれば、
「失礼します。六回生の檜佐木修兵です」と言う声とともに、カラリと扉が開いた。
その瞬間、少しばかり会場内がざわめき立つ。
それを「静かに」と嗜めた卯ノ花は、「いらっしゃい、檜佐木六回生」と笑顔で修兵を部屋に招き入れた。
「今年も良くいらっしゃってくださいましたね」
「はい。今年もお世話になります……すみません、時間ギリギリで」
「かまいませんよ。霊術院の卒業が間近ですからね、六年間筆頭のあなたには、卒業前にやることが色々あると、六車九番隊隊長から
うかがっています。さ……あちらへ」
「はい。ありがとうございます。皆さんも、今年もよろしくお願いします」
そう言って、礼儀正しく頭を下げた修兵に、会場からうっとりとした溜息が漏れる。
九番隊隊長六車拳西が、縁あって幼いころに引き取り、今や誰もが認めるその恋人たる檜佐木修兵。
霊術院での成績は六年連続筆頭、その容姿は端麗の一言に尽きる。
おまけに女性に対するさりげない優しさにも定評があり、一体何人の女性院生、女性死神が修兵に憧れているか解らないくらいの人気ぶり。
しかし一方、自分たちがどれほどモーションをかけても、修兵に振り向いてもらえることはないと、彼女たちは十分すぎるほど理解している。
きめ細かな肌、その左頬に彫り込まれた「69」の刻印が何よりそれを表している。
そんなわけで、修兵は様々な意味で『高嶺の花』。
姿勢良く歩くその姿に多くの院生や死神達からは、感嘆の溜息があがる。
だが無論、修兵がその意味を理解しているわけもない。
「一途」というのは修兵のためにある言葉なのではないかというくらい、修兵は拳西以外見ていないのである。
多くの女性達の憧れの的―――そんな修兵を気軽に呼べる女性は限られている。

「おー、修兵、こっちやこっち」と、修兵を呼んだ相手がその一人。
十二番隊副隊長、猿柿ひよ里である。
この会では、一つの調理台の使用限度人数によって、参加者はグループわけされており、一グループにつきその人数は大体三、四名。
一回生の頃からこの会に参加している修兵は、毎年ひよ里と同じグループ。
あとのメンバーはリサ。年によっては卯ノ花や夜一がここに加わる。
これはもちろん、変な虫が付いて拳西にキレられては大変との、料理教室執行部の判断によるものだ。

「良かったな。ギリギリ間におうて」
「はい。ひよ里さん、お疲れ様です。リサさんも……」
「うん。今年も白は参加せぇへんの?」
「はい。白さんはこう言うの苦手だからって。自分が作ったもの食べたら、鉢玄さんがお腹壊すに決まってるからって言って……」
「ふぅーん。相変わらず鉢玄がらみやと冷静やねんな、白も」
「ほんまにのぉ」
「そんなお二人とも……」
「フォローは無用やで修兵、事実やねんから………お、そろそろ始まるみたいや」
「あ、本当だ」
どうやら今年は、チョコレート菓子の専門店から講師を招いたらしい。
今まで卯ノ花が立っていたステージには、瀞霊廷で今、一押しのチョコレート菓子職人が、にこやかな笑顔で立ち、これから作るチョコレート
菓子のレシピを説明しはじめていた。
今年は、ガトーショコラをカップケーキサイズにしたもの。
個別に可愛いデコレーションも出来ると講師は説明し、一例として見せた自身の作品のかわいらしさに、女性陣から歓声が上がる。
実演も交えた説明は、およそ十分。
最後に上手に作るためのポイントを幾つか説明した講師は「さて、それでは皆さんも作ってみましょう」と一言。
それを機に、会場内は一気に賑やかになった。
チョコレートを刻む音や材料を計る音、鍋で湯を沸かしはじめる音などが各グループで起こり始め、それに伴って参加者達の様々な声も
あがってくる。その大半は楽しそうなものだが、しばらく経つとこれが所々で悲鳴に変わる。そして、各所で焦げ臭い香りが漂いはじめ、
講師の職人とそのアシスタント達が東奔西走する時間が始まるのだ。
ただし、ひよ里達のグループに限っては、全くその心配はない。
講師の役割を十二分に果たせるメンバー―――修兵がいるからだ。

修兵の料理の上手さは広く知られているところ。
拳西仕込みの料理の腕は、とうの昔に拳西を超えており、拳西含め九番隊幹部の食事はほぼ毎日院生である修兵が作っている。
調理作業自体に慣れているところにもって、優秀な頭脳にかかれば手順の理解も早く、その手際の良さと出来上がった菓子の
完成度に、毎年講師役の職人からスカウトがかかる程。
毎年この会では拳西へのチョコレートだけでなく、白や衛島、浮竹や京楽、真子、羅武、ローズたちへの菓子もてきぱきと作り上げてしまう。
そして本命の拳西へのチョコレートについては、毎年講師が教えてくれるレシピをその場でアレンジ、発展させて拳西に贈るためだけの
レシピを独自で作り上げてしまうのである。
そんなわけで、修兵の前に積まれている材料は、他の参加者達の前に置いてあるものに比べ、量も種類も遙かに多い。
もちろん、その分の材料費は払うと、毎年卯ノ花に申し出ている修兵だが「あなたが参加して下さることで、毎年参加者が増えているんですよ。
これはほんのお礼です」と、いつも笑顔で言われてしまっている。
リサやひよ里からも「えぇんやん?卯ノ花隊長の厚意に素直に甘えたったら」と言われてしまう。
ならばせめてと、料理教室執行部宛にも、修兵は毎年菓子を作っている。
つまり、毎年修兵は、計何人分といわれて、即答できないくらいの数のチョコレート菓子を作っているのである。
しかしそこは、毎日のように九番隊幹部の食事を作っている修兵。
今年も拳西に送る以外の菓子については、てきぱきと所用作業を終え、作業開始から三十分も経たぬうちに、何枚もの天板を修兵専用に
割り振られたオーブンへとセットしていた。
そしてそれが焼き上がる間に、飾り付け用の生クリームをホイップし、ナッツを乾煎りし、フルーツのカッティングも終えてしまう。
焼き上がったガトーショコラの粗熱が取れる間は、リサやひよ里の面倒を見ながら、しばし思案に暮れる。
もちろん、拳西へのチョコレート菓子のアレンジを考えるのである。

「うーん……と」

目の前の材料と少しの間にらめっこ。またその表情たるや、拳西のことを思い浮かべているせいか、やけに色っぽい。
目尻を薄い紅に染め、時折ほんのりと嬉しそうに微笑う。
運良くこの表情を見た女性陣から、一様に歓声があるのも当然のこと。
もっとも、その歓声の意味を全く理解していないどころか、歓声が上がったことにすら気づいていない修兵は―――
本当に拳西のことしか頭にないらしい。
「毎年、無用の心配やね、拳西も」
「案外心配性やからのぉ、ガタイに反比例してな」
そんな修兵の様子を見ながら、リサとひよ里は毎年のように苦笑する。
おそらく自分たちと一緒のグループに修兵を配置せずとも、あんな修兵に悪い虫が付きようはずもない。
なのに必要のない心配を必死でする拳西が、おかしくて仕方がないのだ。

「しかしほんまに……毎年一生懸命やね、修兵」
「今年は、何作るんかなぁ」
「せやなぁ……なぁ修兵、今年はどうするん?」
「えっ、あ……えっと?どうする、ですか?」
「せや。拳西にあげるん、どーすんの?」
「あ、け、拳西さんにあげるのは、その……ホワイトチョコのガトーショコラをハートの形に焼いて、上には色々な果汁を練り込んで
作った色とりどりの生チョコを、こう積み木を崩したみたいに散らして、上からパウダーシュガーをかけてみようかな……って」
「へー、美味しそうやん」
「本当ですか?」
「うん。可愛いし。拳西喜ぶんと違う?なぁ、ひよ……あぁ、それどころじゃないねんな」
「?……わぁっ、ひよ里さん!それ、泡立てすぎですって……!」

―――と、まぁ、毎年恒例となっているひよ里のとんでも失敗を乗り越えつつ、それでも所定の時間内に、しっかりとすべての作業を
終えた修兵は、とりあえず料理教室執行部へ送る分だけ手早くラッピングすると、それを卯ノ花へと手渡した。
「毎年、ありがとうございます、卯ノ花隊長」
「あらあらまぁまぁ、今年も我々に下さるのですか?」
「はい。執行部の皆さんにはいつも色々とお気遣い頂いてますので……お口汚しにしかならないでしょうが、受け取って頂ければと」
「まぁ、何をおっしゃるの。九番隊の席官達から伺ってますよ?あなたのお料理の腕前。
檜佐木六回生が作ってくれる食事を食べると、仕事にもやる気がでるのだとね」
「そんな、お恥ずかしい……」
「謙遜は美徳ね。けれど事実は事実ですよ?ですから……今日のこのお菓子も、ありがたく頂きます。ありがとう、檜佐木六回生」
「いえ、こちらこそ……」
「良いバレンタインを……六車九番隊隊長も喜ぶでしょう」
「はいっ!卯ノ花隊長も、どうか良いバレンタインを……!」



■■■■■■■■■■■■



そして、翌二月十四日―――バレンタイン当日。
修兵が拳西に引き取られた年から、この日は隊長、副隊長ともに全休が慣例となった九番隊は、今年も朝から大にぎわいだった。
その理由はもちろん、修兵からの手作りチョコ。
一つずつ丁寧にラッピングされ、それぞれにきちんと宛名まで書いてあるそれに、九番隊の幹部達は毎年上を下への大騒動。
味自体がともかく美味しいところに加えて、小さな頃から知っている可愛い修兵の手作りともあれば、笠城や藤堂は男泣き必至。
普段はクールな衛島なども、この時ばかりは嬉しそうに顔をほころばせている。
「わー、今年はガトーショコラのカップケーキかぁ。はは、デコレーションが可愛いし、それにすごく凝ってるなぁ……修兵らしい」
「それに味がまた絶妙……相変わらず凄い料理の腕だな」
「まったく……隊長がうらやましい。修兵からの一番の愛情と一番のチョコレート菓子をもらえるんだからなぁ……」
「そう言えば、隊長は?朝飯にも来とらんかったよな。衛島、お前知っとるか?」
「野暮なこと言いっこなし……昨日の仕事上がりから、もう修兵のこと離さないで、ずーっと一緒ってことだろ」
「なーるほど」
「うらやましいなぁ……あんなに可愛い修兵だけでなく、修兵がこの世にたった1つだけ作った美味しいチョコレート菓子を
独り占めできるなんてさ」
「うむ。一体どんな味なんだろうなぁ……」
「さぁね。でも……」
「うん?」
「隊長、絶対メロメロだね」
「うんうん」

―――と、衛島の言葉に九番隊幹部全員が大きく肯いている頃。
当の拳西と修兵は―――予想違わず―――二人が住む家でぴったりとくっついていた。
無論昨晩からこうだ。
居間、寝室、浴室、そしてまた居間のソファと、二人でいる場所は変わっても、二人でいることそれ自体は、昨晩から全く変化がない。
今は少し遅めの朝ご飯にと例の手作りチョコレートケーキを食べているところ。
ソファに座った拳西の膝に修兵がのり、綺麗に皿へと盛りつけられたケーキをフォークでひとすくい―――そして、それをゆっくりと
拳西の口元へと運ぶ。
砂糖やチョコレートの甘い香り、そしてそれより甘い修兵の想いごと、拳西はケーキを口に入れた。
そして続け様、ケーキにのっている色取り取りの生チョコレートも修兵に所望する。
請われた修兵は薄いピンク色のチョコをフォークに指し、また拳西の口元へ。
イチゴの果汁を練り込んだ生チョコレートとホワイトチョコのガトーショコラ。
それらが口の中で混じり合い、さわやかな甘さが喉を過ぎる。

「ん……美味い」
「本当?」
「あぁ、オレ好みの味だよ……すげぇ、美味い」
毎年修兵が作ってくれる菓子は、どれも控えめな甘さが拳西好みの味。
拳西の味覚を知り尽くしている修兵だからこそ、作り出せる味だ。
「それに、お前に食べさせてもらうとまた格別……ほら、修兵も」
「あー、ん……」
「どうだ?」
「ぅん、今年もちゃんと合格点かな……」
「な、修兵、今度は指で……こんなフォークはそこらに置いとけ」
「ぁっ、もう……強引なんですから」
テーブルの上に放り出されたフォークを見て、修兵がちょっとだけ眉を顰める。
けれどそれは、あくまでも形だけのこと。
拳西からのリクエストに淡い紫色のチョコレートを指につまんで見せた修兵は、目の前の口元へそっとそれを運んだ。
ほんのりと染まった修兵の頬を見、満足気に笑った拳西が指先の紫色を口に入れる。
そしてチョコレートごと修兵の指にくっついているパウダーシュガーを綺麗に嘗め取り、ふっくらとした柔らかい指腹を甘く噛んでいく。
もちろん拳西に修兵を傷つける意図など毛頭ないが、時折感じる犬歯の感触は修兵にとって甘い刺激。
また自分の指を愛おしげに噛む拳西の姿が胸をくすぐる。
一方的な防戦線に、耳まで真っ赤になった顔で、「くすぐったい……」と、拗ねたような声で弱々しい抵抗の意を示すも、
にやりと笑った拳西に「可愛いな、修兵」と囁かれる。
初めて聞いたときから、一番大好きな拳西の声。
低い音の波に心地よく鼓膜をふるわされ、修兵の瞳がしっとりと潤む。
その機を逃さず、修兵に口付けた拳西は、時折、修兵の舌にチョコレートをのせ、自らの舌を絡めながら、ゆっくりとその甘さを堪能する。
何色ものチョコレートが、二人の間で溶け合い、その度に二人の距離は縮まっていく。
そして、ケーキの上の立方体が全てなくなった頃には、拳西の胸にぴったりと身を寄せた修兵が、パウダーシュガーで真っ白になった
拳西の右手の指を、愛おしそうに舐めていて。
そんな修兵の髪を項のあたりで撫で梳きながら、拳西がゆるりと問う。

「なぁ、修兵……また今年もだったろ?」
「ん……今年、も…?」
「スカウト」
「あぁ、はい。それに……」
「このチョコレート菓子のレシピか?」
「えぇ……是非もらえないかって。なんならお金も出すって……」
「金?」
「はい」
それも結構な額で―――そう言った修兵は困ったような顔をして、拳西の耳に一言。
隊長クラスの死神に毎月支給される給料で換算して、およそ三年分以上のそれに、思わず拳西も目を見張る。
「なんか……年ごとに値が上がってねぇ?」
「うん……でも、これは拳西さんのためだけにオレが考えて作るものだから……だから、他の人に作られるのなんて、絶対イヤ」
「修兵……」
「絶対、ヤダ………」
「………そーだな。オレも、お前の想いが他の奴らに喰われるなんて、ぜってー嫌だ」
「今年も、拳西さんだけだよ……」
「今年も、来年もな」
「うん。今年も来年も……ずっとね」

そう言うと、修兵は自分から拳西に口付ける。
いつされても甘い、けれど今日この日だけの甘さも含んだその味を、今年も一日、拳西は味わい尽くしたのであった。




<あとがき>
拳院生修バレンタイン。糖度だけで言ったらここが最高かな(笑)
いずれ書きたいと思っている話の中に、修兵が初めて拳西さんのために一人で料理を作るって言うものがあります。
さて、何を作ったと思いますか??いずれお話にしますので、予想が当たっていたか見てみて下さいね。
そしてリサとひよ里は、出来たチョコレートを誰にあげたんでしょうね★
ちなみに修兵が隊士になってももちろん、バレンタインデーは大騒ぎです(笑)
そのうち瀞霊廷通信に「バレンタイン特集!修兵先生のチョコレートクッキング」とかなんとか言う記事が(笑)
もちろん、そこで出すレシピと拳西さんにあげるチョコレシピは別物ですよ。そしてそれは門外不出★



→拳修部屋にもどる