■ 欠乏不可能 ■



修兵が小さな姿になってから、早半月。

物見遊山で九番隊に押し寄せてくる隊士達の数がようやく減り始め、しかし一方、可愛い修兵の姿見たさに九番隊に
押し寄せてくる隊士達の数が増え始めたある日のこと。

今や、ソウルソサエティ内で一番入室が困難となっている九番隊の執務室では、唯一そこへのフリーパスを持っていると
言える集団、元仮面の軍勢組が勢揃いしていた。

彼らはもちろん、小さな修兵に会いに来たわけであるが、とりあえず部屋のもう一人の主への挨拶も忘れない。

 

「よぉ、今日も修兵にべったりだな、拳西」

「もー、朝から晩まで修ちゃんのこと独占してー!!ちょっとは白にも抱っこさせてよ!」

「……オマエら、言うに事欠いてそれかよ」

 

羅武と白の先制攻撃に、びき、とこめかみに青筋を浮かせたのは、もちろん拳西。

しかしそれ以上の反撃がないのは、二人の言葉が紛れもない真実であるためだろう。

実際、どうしても修兵と離れていなければならない場面を除き、拳西は常に修兵と共にいる。元の姿―――すなわち、
修兵が大きいとき―――でもそうなのであるが、身体の密着時間だけなら、今の方が遙かに多いと言える。

まさに今、この時もそうだ。

午後2時―――昼寝の時間を終え、拳西の膝の上に座った修兵はお気に入りの虎のぬいぐるみを抱きかかえて嬉しそうに
皆を見回している。もちろん、背もたれになってくれている拳西を見上げることも忘れない。
鳶色の目と紫がかった黒瞳がお互いを求め、出逢い、その後、片方の目があどけなく破笑する。

それを見、「あぁあ、相変わらず拳西が大好きなんだねぇ……」と、思わず呟いたローズを筆頭に、元仮面の軍勢組
全員の首が上下に振れた。

その意図するところはやはり「こんなにも可愛い修兵を独り占めできる拳西が羨ましい」である。
それぞれ生涯を共にするパートナーに恵まれているメンバーだが、修兵のことは全くの別件なのだ。

まぁ、ただでさえ皆のアイドル的存在だった修兵が、こうも小さく庇護の必要な可愛らしさを放出するようになったのだから、
拳西の独占が羨ましくなるのも無理はないのだろう。

もっとも、今の修兵にそれが察せられるはずもない。

拳西に対する無垢な「大好き」は留まることを知らず、結果それは子どもらしい甘えっぷりで発現する。先のローズの言葉にも
「うんっ!けんせー大好き!!」と嬉しそうに宣言して、きゅぅっとぬいぐるみを抱きしめて見せた。すると自然丸まった小さな
身体が、拳西の腕の中に深く沈み込んでいく。


「けーんせー……」


拳西と向かい合わせになるように座るのも好きだが、こうして寄っかかるように座るのも修兵は大好きだ。

お腹にそっと添えられる拳西の手と、なにより自分の髪の毛にくすぐったいちょっかいを出してくれる拳西が大好きでたまらないらしい。
その「ちょっかい」を期待するように、きゅっと首を竦めて見せれば、猫っ毛がぴょんぴょん跳ねている頭のてっぺんに唇を寄せた拳西が、
髪の毛の中に息を吹き込む。地肌に吹きかけられる拳西の息と、それによって持ち上がる髪の毛がくすぐったいのか、修兵から可愛い
歓声が上がる。ついでに足もばたつかせたその身体を覆い隠すように拳西が抱き込んだところで、さすがに数カ所から抗議の声が上がった。


「ちょっと拳西、それはずるいんじゃないかなぁ」

「そうデスヨ。みんな修兵サンのことが大好きなんですから」

「ウチらにもちょっとくらい―――」


だが、そんな折もおり、ひらひらと部屋に舞い込んできた「お邪魔虫」があった。文字通りの虫―――
一羽の地獄蝶である。
皆の抗議も一時ストップ。黒い肢体を翻した地獄蝶が、目的とする相手の頭上で次々と止まっていく。そして舞い込んできたときと
同じように、蝶はまたひらひらと部屋を出ていった。ちなみに伝令を賜ったのは拳西に鉢玄、真子にローズに羅武の男性組。

何か厄介事でも持ち上がったのか、すっかり眉を顰めてしまった5人にリサが問う。


「なに、どうしたん?」

 

だが、それに誰かが答えるより一瞬早く、修兵を抱き上げた拳西が隣室へと引っ込んでしまった。これに眉を顰めたのは、女性組だ。


「えー、なになにー?どして修ちゃん連れてっちゃうのー??」

「修兵のことで、何かあったん?」

「いや……そうやない。修兵には関係あらへんさかい安心しぃ。ただ鬼道衆も含め臨時で隊首会が開かれることになったらしいわ。
ちょいと込み入った案件やさかい、十分やそこらじゃ終わらなそうやねん」

「それじゃ、修兵は……」

「皆さんに見ていてもらうことになりますね。よろしいデスカ?」

「そりゃアタシらはかまへんで。けど当の修兵にはそれ……あぁ、それで拳西が」

「そう言うこと。しばしのお別れの挨拶中ってところだね」

「もとい、拳西からの熱烈なキスタイムな」

「………むっつりエロおやじ降臨中か」

「やーん!ずーるーいー!!白も修ちゃんとキスしたいー!!」


そう言うなり、隣室へダッシュしかける白。それを鉢玄が優しく宥める。

「まぁまぁ、白サン。ここは六車サンを優先してあげマショウ」

「ぷー、どしてー?ハッちんだってさっき、莫迦拳西が修ちゃん独占しすぎって怒ったじゃーん」

「えぇ、まあ。けれど十分に六車サンに甘えさせてあげないと、修兵サン、きっと泣いてしまいますから……ちょっと我慢しまショウネ」

「むー……ハッちんがそう言うなら、白、我慢するー」

「えらいですねぇ、白サンは」


そうして、待つこと10分弱。
隣室から二人が帰ってきた。 

どうやら修兵は少し泣いてしまったようだ。まだ少し潤んだ瞳のまま、ぎゅうっと拳西に抱き付いている。身体を離すその時ギリギリまで、
目一杯拳西にくっついていたいという想いが伝わってくるような抱き付き方である。

 

「ん……終わったん?」

「あぁ。急なことですまないが修兵を頼む。修兵……オレが帰るまで待っててくれ。用事が済んだらすぐに帰ってくるから」

「ん……」

「ごめんなぁ、修兵。帰ったら、みんなで甘味処に行ってあんみつでも食おな?」

「え……真子お兄ちゃんも行っちゃうの?」

「あぁ……白とひよ里とリサ以外は全員。なんや、拳西はそれ言わんかったんかいな」

「うん。修、けんせぇだけだと思ってた」

「ふぅーん……」

 

故意か否か―――瞬時にそれを判断した真子が、横目でちろりと拳西を見る。

一見、無表情のその顔だが、けれど確実に不機嫌さが増しているようだ。そしてその理由は、このすぐ後の修兵の言動にあった。

「じゃあ、真子お兄ちゃん達とも行ってらっしゃいのご挨拶するね」

その言葉を聞いた瞬間、拳西のこめかみには―――修兵に気付かれない程度に―――それは綺麗な青筋が走った。

それとは対照的に、にんまりと笑みを浮かべたのは真子だ。

「せやなぁ、ほな最初はオレとご挨拶しよかー?」

そう言うなり、拳西の腕からひょいと修兵を抱き取った真子は、ぷくぷくとした修兵の頬に自身の唇を寄せた。

「んー……修兵のほっぺ、やらかいなぁ」と、思う存分キスをした真子に、今度は修兵からお返しのキス。もちろんキスの場所は頬だが、
拳西が手放しでこれを歓迎するはずがない。結果、この行為が鉢玄、ローズときて羅武で終わる頃には、拳西のこめかみの青筋は、
最初のそれの3倍の太さになっていた。

それが解っていながら、真子があえて言う。

「ほな、これでみんなと行ってらっしゃいのご挨拶はすんだな?さて拳西、そろそろ隊首会に行こか?」

 

………って、行けるはずがない。


明後日の方向で、ぶちん、と何かが切れるような音がしたと思ったら、羅武が抱っこしていたはずの修兵が、いつのまにやら拳西の
腕の中へ。そしてそのまま隣室へととんぼ返りしかけた拳西は、ふと思いついたように、真子達を見遣った。

「覗いたら、断地風ぶっ放すからな………」

無論、声には出さなかったが、それだけに迫力は120点。並の隊士なら、霊圧だけで気絶は必至だ。

しかし拳西の言うことを素直に聞くほど、一筋縄でいくようなメンバーではない。

襖の向こうに消えた二人を追い、あるものは気配を消しながらこっそりと、あるものはもう堂々と二人のキスシーンを観戦し、
その濃密な空気に苦笑しきり。

他人の――しかも拳西の――のキスシーンなど覗いて何の得があるというのか。しかし困ったことに、拳西にキスをしてもらっている
修兵が、極上の可憐さを纏うのもまた事実なのである。


「うゃ、ぅ、けんせ、ぇ……」

(うぉー……あっつあつやなぁ)

(つぅかよぉ、あれ子どもにするキスじゃねぇだろーよ)


副隊長の時とはまた違った、初々しくも幼い色香が、拳西からのキスによって、いっぺんに花開く。小さな耳たぶがほんのりと染まり、
頬に落ちた睫毛の陰影が無意識の瞬きと共に揺れ動く。拳西がどんなに強く噛みついてもそれに応じることの出来る弾力は、
修兵の唇だけが持つ特質だろう。

実際、先ほどのように修兵からしてもらう頬へのキスは、気持ち良いことこの上ないのだ。


「じゃあ、行ってくるな……修兵」

「ん……行ってらっしゃい、けんせ……早く帰ってきてね」

「あぁ……」

少なく見積もってもたっぷり5分―――どうやら思う存分2度目の別れの挨拶を済ませたらしい。ようやくリサ達の手に修兵を委ねた
拳西は、最後にもう一度だけ修兵の額にキスをして、真子達と共に1番隊隊舎へと向かった。

バイバイと自分たちに向かって手を振ってくれる修兵に笑顔を返しながら、一方、真子達は心中、それぞれが盛大に溜息をついていた。


(はー……やれやれ)

(どれだけ独占欲が強いのかねぇ……)

(真子サンも悪いんでスヨ。六車サンをあおるようなコト言うから……)

(だーって、悔しいやんかぁ。ほれ見てみぃな、あれ……)

そう言って拳西の襟元を見ながら、ぽりぽりと頬を掻いた真子は、呆れたような声音で拳西に問うた。


「お前なぁ、普段っから散々修兵とキスしてる癖に、それでも足りんのかいな?」

「散々って……んなにしてねぇよ」


(………嘘こけ)

拳西の羽織の襟に寄る皺は、修兵とのキスの時にだけ出来る流線。

この皺の癖の付き具合で、その日の二人のキスの回数が解ってしまうと言うことに気付いていないのは、当人達位だろう。

(バレバレだよねぇ……)

(どーして気付かねぇんだかなぁ)

(まぁまぁ、気付いたところで回数は減りませんよ)

(今日はさっきのも含めて……もう30回はしとるな)

だが天廷空羅の応用鬼道を用いて交わされる会話は、無論拳西の耳に届くことはなく―――つまり、この日隊首会が終了した後も、
拳西の羽織の皺はさらに増加の一途を辿ることになるのであった







<あとがき>
あすぼんさんとの合同誌で味を占めて(笑)しまい、またも書きたくなった拳仔修のちゅぅ。
いっつもがっつくのは拳西さんです(大笑い)
まぁ、この仔修は、副隊長修がちまっこくなっちゃった設定(「譲渡不可能−1」参照)なので、拳西さんもついつい、
副隊長修にするようにキスが深くなっちゃうわけで。
ちなみに、拳西さんが仔修にする「ちょっかい」ですが、実は私が愛犬にしてることです(笑)
グルーミングしてるときの一コマ。そんな裏設定事情です。




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