■ 追加不可能 ■



元々お洒落をすることが好きらしく、それも結構個性的な感じのものが好きらしく、現世に赴く度に服や靴やアクセサリーやバッグを山ほど
買い込んで、それで義骸や自分自身を色々とコーディネートして。
実際そうして着飾った姿は滅茶苦茶可愛くて綺麗で、オレに向かって「どうですか、拳西さん?」なんて聞いてくるところなんか、今すぐにでも
食っちまいたくなる位で。
けれど、否だからこそ、もう一つだけ修兵が身に着けてくれたらなと思うものもあって。
つーか、そもそもアイツの趣味なら、これも射程範囲内なんじゃねぇの、とか思ったり。
だったら早いところ興味を示してくれれば良いのによ、と理不尽にも少し腹を立ててみたり。
まぁ……つまりそれは完全に、オレの我が侭だというわけで。


■■■■■■■■■■■■■■


事は、昼飯の少し前。
それまでのオレは、護廷隊名物である書類業務に明け暮れていた。
と言っても、修兵という有能すぎるほど有能な右腕がいてくれるおかげで、オレがやらなければならないことと言えば、せいぜい書類の
内容を把握して判を押すことくらい。
今日の書類は、数日前現世から戻ってきた隊士達の任務報告についてのもの。
修兵が解りやすくまとめてくれてあるので、内容がすいすい頭に入ってくる。
紙の上を流れる墨は、書き手の有能さを余すことなく具現化しており、見た目にも好ましい。

(はー……いっつも読みやすい字ぃ書くなぁ……)

浮竹達から常に羨ましがられているのだが、修兵の字は読みやすい。変なクセがないのだ。
加えて記載内容だってパーフェクトなものだから、書類業務が滞ることなどないわけで。
過去、11番隊と書類滞納率を争っていた日々が、まるで嘘のようだ。
かつて机上業務への壊滅的な能力のなさを披露していた白は、今はもっぱら外回り専門。もっともサボリ癖は変わっていないようで、
ちょくちょく鉢玄のもとを訪れているという報告が何度か入ってきている。以前なら確実に減給処分しているところだが、今は仕事に
支障がない限り大目に見てやることにしている。ちなみにこれは修兵たっての希望でもある。
「ウチに来る隊士達は、真面目なタイプが多くて。だから白さんみたいな少しくだけたタイプの三席がいるって、重要なことだと思うんですよ」
―――そう言って、にっこりと笑ったのはオレが隊長に復帰した日のこと。この一言で、オレはさりげなく隊をサポートする修兵の「副隊長」
としての能力の高さを知ったのだ。
そして期待も想像も違わず、修兵は実に有能な「副隊長」だった。
9番隊隊長に復帰し、ここへ戻ってきてから、わずか1ヶ月。
その間、何度他隊から修兵を『貸して欲しい』と頼まれたことだろう。
特に6番隊、10番隊の隊長は頻繁にここへとやって来て、それを訴える。
「………兄の檜佐木を、一日でよいから貸してくれぬか」
「頼む……うちの松本が溜め込んでた書類が、箱3杯分出て来やがって……」
そう言って、どんよりと表情を曇らせる朽木と日番谷の姿は、百余年前のオレとそっくりだ。今や対岸の火事になってしまったそれだが、
書類業務が不得手な副隊長を持った隊長の苦労は解らないでもない。そんなわけで最大限の譲歩―――9番隊にたまった書類とやらを
持ってこさせ、超過労働分の給料もきっちり払ってもらう―――はしている。
幸いなことに今日はそんな「ご依頼」もなく、二人きりの隊首室で朝から充実した仕事時間。
そんなわけで、特別急ぐ必要のない報告書をじっくり眺めているときだった。
筆を持った左手で何の気なしに頬杖をついたオレの横、一瞬ではあるが、小さな金属音が聞こえてきたのだ。

「?……今の、拳西さん?」

どうやら音は、副隊長用の机にも届いていたらしい。
書類作成の手を止めた修兵が、オレに向かって首を傾げてくる。
−−−可愛いんだよな、こいつのこう言うところ。
仕事の最中は、年以上に落ち着いた雰囲気を纏ってるくせに、何かの拍子にそれがなくなる時がある。
肩を張っていない、ある意味これも等身大の修兵。
オレの前でだけ、子供の修兵と少年の修兵と大人の修兵が、不思議な共存を果たすのだ。
今は好奇心一杯の、子供の修兵ってところか。
きょとんと丸くなった瞳が愛らしくて、ついついオレの机へと修兵を呼んでしまう。

「種明かししてやるよ」
「はいっ……!」
嬉しげに、しかし不思議そうに修兵がオレの横にやってくる。
あーあ、本当にワクワクした顔してる。
そんな修兵にちょっとしゃがんでみな、と言ったオレは自分の左耳を指して見せた。
「これだよ、これ」
「あ、カフスの……」
「あぁ」

オレの耳に幾つも付いているイヤーカフス、そのどれかが、さっきオレが頬杖を付いた拍子に、持っていた筆と触れ合って
音を立てたらしい。
現世に降りた頃から付け始めた小さな装飾品は、今もオレの気に入りだ。長年集めたそれは、現在かなりの数になっている。
こちらに戻ってきてからは、毎朝修兵にどれが良いかを選んでもらい、死覇装の着付け時に一緒につけてもらうようになった。
そのお返しというわけではないが、修兵の腕輪と首輪は、オレが毎朝着けてやっている。修兵がそういうことを許すのは、恋人で
あるオレだけ。少し前、朽木からの書類業務の礼だと、あいつの所の副隊長が修兵に腕輪を持ってきたが、その場でそれを
修兵に着けたのはオレだった。
「拳西さん……これ着けてみたい」と言って、きわめて自然にオレに腕輪を差し出した修兵、その言動に固まった赤髪の副隊長、
その場に居合わせ、おやまぁと目を丸くした隣隊の副隊長。もちろんオレは隠しきれない優越感と共に、恭しく修兵の腕輪を取り替えてやった。
お互いの身支度を整えることは、そんなわけでオレ達の日課だ。ただ……毎朝、修兵の腕輪と首輪を着けてやる度に思うのだ。
もう一種類くらい、着けるものが増えたって良いんじゃないかと。

(………とは言ってもなぁ)

九番隊、69の墨、袖無しの死覇装、古傷、「風」の名を冠した刀―――真子なら「これ以上、まだ揃いのもんが欲しいんかいな
……子どもかお前」と、呆れることだろう。
ローズあたりなら、「……だったら、揃いの指輪でも買ったらいいのに」とでも言うだろうか。
それはそれで有りなのだが……

「―――かっこいい」
「ん?」
「良いなぁ……それ」
「良いって……これか?」
「はい」
「はい……?」

おいおい、なんだよ。
控えめで遠慮がちな性格は修兵の魅力の一要素ではあるが、そんなところで遠慮しなくても良いんだがなぁ。
そう言うことなら、もっと早く言ってくれてよかったのに……まぁ、でもそんなコトはどうでも良い。修兵にしてみれば何気ない一言
だったんだろうが、オレはマジで嬉しいのだ。
いささか速さを増した鼓動に知らぬ振りを通しながら、さりげない口調でオレは言う。

「だったら………お前も着けるか?」
「えっ!?え、えっと…あ、着けたいです……けど」
「けど?」
「あの……やっぱり、それは拳西さんがしてた方が。オレにはあんまり似合わないとおも……」
「んなことねぇよ。ほら、試しに着けてやる」
そう言って、オレは自分の耳から一つカフスを引き抜くと、妙に引け腰の修兵を引き寄せた。
「け、けんせぇさんっ!?えっ、い、いいですってば……!!」
「んだよ、遠慮すんな。じっとしてろって。別に痛くもかゆくもねぇよ」
「あ、そ、そうじゃなくって……っぁっ、やぁっん」
「!?しゅ、修兵……」
「あ、や……だぁ」
「やだ、ってお前……」

昼間から聞くにはずいぶんと艶っぽい声に、思わずごくりと喉が鳴る。
それがまた修兵には恥ずかしかったらしく、引き寄せた身体が可憐に震えた。
そして、切れ切れに呟いたのは、「だから、いい、って……言ったのに………」と言う、拗ねたような一言。
だが、どうにも解らない。
カフス自体、修兵は嫌いではないらしい。むしろ興味津々と言った様子だった。
なのに、実際にオレがそれを着けてやろうとすると、途端に固辞を始め、耳に触れた瞬間にあの声だ。
いや、声自体はまるで夜に聞くそれだったが、発していた言葉が……

「修兵……悪い、オレに、こうされるのが嫌だったのか?」
「ちがっ、嫌じゃなくて……だって、拳西さんが耳、触るから……」
「?……だから、それが嫌だったんじゃ……」
「ちっ、ちがうよぉっ!だっ、だから……!オレ、拳西さんに耳触られるの弱いの……っ!!」
「………なに?」
「なに、って……ずるいよぉ、拳西さんが一番よく知ってるくせに……」
「――――――あ」

忘れていた。
否、そんなレベルじゃない。完全にど忘れしていた。
オレに対してはどこもかしこも敏感な修兵が、特に弱い場所―――それは今し方オレが触れた耳。
普通に髪を梳いていてさえ、指先がそこに触れようものならもうアウト。以前、うっかり黒崎の前でそれをやらかしてしまい、
通常ならば決して聞くことの叶わない修兵の艶声を、ヤツに聞かせてしまったことがあった。以来、誰かがいるときには
最大限気を付けていたそれだが、二人きりになればそんな気遣いも無用。今回もだから……修兵と揃いのものをまた一つ
増やしたいと思う気持ちの前に、そのことはすっかり忘れていた。
ほんの少し頬を膨らませた修兵に事情を話し、「すまない」と詫びる。
最初の内こそ本気で拗ねていた修兵も、オレに悪気があったわけではないと解ってくれたらしい。
揃いのものを一つ増やしたかったというオレの言葉には、逆にぽぅっと頬を染め、甘い視線でこちらを睨んできてくれた。

「もう……」
「本当にすまない……許してくれるか?」
「ん……」
そっと伏せられた瞼は、仲直りの合図。
赤くなった頬を両手で包み込んで、柔らかい唇にそっとキスをする。
そのまま修兵の身体を膝に抱き上げてから、ようやくオレは唇を離した。
ゆっくり開かれた紫黒の瞳は、もういつものそれだ。
甘えるように身を寄せてきた修兵の背を撫でながら、もう一度だけ短く詫びた。
すると、もう怒ってないですよと微笑った修兵が、オレの耳に愛おしそうに手を伸ばす。

「だって、本当はオレだって……お揃いにしたかったんだもん……」
「……朝、家で着けてくるのも駄目か?」
「駄目。朝から拳西さんに耳を触られたら、もうお仕事できないよ」
「―――なら、朝じゃなければ?」
「え?朝じゃないってことは……」
「夜。風呂入って、髪の毛乾かすついでに着けてやる。ならいいだろう?」
「えっ、でもでも……」
「あぁ。解ってるって」
「わ、わかってるって……」
何を?―――瞬間的に察してしまった答えに、全身真っ赤になった修兵。
こちらもしっかり染まった可愛い耳に、オレはしっかりとこう囁いた。
「もちろん、続きもシてやる」
ついでに、敏感なそれを一噛み。
「っっっっっっっっっ!!」
意図的に犬歯を使って甘噛みしたのが効果覿面。
そちらへの刺激に意識が飛んでいる間に、オレは素早く修兵の耳にカフスをはめた。
そうして改めて見つめた修兵は、顔も身体もやはり真っ赤。
そんな中、銀色に光る耳の金属が、肌の紅にたまらなくよく映えていた。





<あとがき>
何でかいきなり「降って」きちゃったお話です。
いや、ネタ自体は大分前に出来ていたんですが、なんだか筆がのらなくて途中まで書いてノートの中でおねむしていた作品です。
一応拳修部屋の表の上から7番目のBOXに入る予定で書き始めていたものです。
修兵さんの耳が弱いのは、なんか一条の中では確定的です。
拳西さんはよく甘噛みしてます。お返しにと、修兵は拳西さんの指を甘噛みしますが、拳西さんにとってみれば、妙に色っぽい
修兵さんの表情を見ることの出来る、またとない機会だったりします。
ちなみに。一条は拳西さんと同型のカフスをこの夏買い込みました(笑)





→拳修部屋に戻る