■ 攻略不可能 ■
修兵が、幼い姿に変化して3週間。
徐々に元仮面の軍勢以外の死神達とも交流が増え、ほぼ全隊の隊長、副隊長に懐きはじめていた修兵に、ところが恐ろしいほど
徹底的に懐いてもらえない男がいた。
言わずもがな―――6番隊副隊長の阿散井恋次である。
修兵が小さくなってからというもの、「何でだあああああああああ!!」と叫ばない日はない。
そうなるのも無理からぬ事ではあるのだが………しかし、何故こうも見事に懐いてもらえないのだろう。
確かに初見の印象は決して良くはなかった。小さな頃はとりわけ恐がりであった修兵に、迫力だけなら200点以上の表情と声で、
思い切り叫び散らしてしまったのだから当然だ。
恋次にとって不運だったのは、修兵がその1シーンのみで恋次を「怖い人」と頭に刷り込んでしまったことだろうか。いや、その後
すぐに拳西が来てくれたことこそが、恋次にとっては不運だったのかもしれない。
自分に対して怒鳴った恋次。
怖くて泣いてしまった自分。
そんな自分を力強い腕で、守るように抱きしめてくれた拳西。
「怖い人から助けてくれた大好きな拳西」という絶対方程式は、修兵の中で完全に固定されてしまったようで、それゆえ、恋次の
「怖い人」のレッテルも、容易にはがしてはもらえないのだ。要するに、単純に見た目や声の迫力で「怖い人」と判断しているわけでは
ないのである。恋次と同じようなタイプの剣八、一角、射場にはちゃんと懐いているのがその証拠。
してみれば、恋次にとって何もかも運が悪かったのかもしれない。
しかし、恋次をよく知るルキアや一護、吉良の分析は少し違う。
「ふむ。まったく、そもそもあいつは子どもへの接し方を心得ておらんのだ。我が兄様を見習い、落ち着いて優しく接すれば、
檜佐木殿も自然と懐いてくれるであろうに……」
「まぁなー……あいつ、元の修兵さんに接するのと同じ感覚で向かっていくからなぁ。今のちっさい修兵さんに拳西以外の
人間が恋愛感情ぶつけたって、そりゃ怖がられるだけだっての」
「そりゃもちろん、『下心』なんてもの、今の檜佐木先輩には解るはずないですよ。でも、子どもの本能で、何か感じるところが
あるんじゃないんですか?困ったことに阿散井君は、そう言うのをうまくオブラートに包めない人ですからねぇ……そこんところを
もうちょっと器用に立ち回ればいいのに」
―――と。まぁ、この3人の評価が正鵠を射ているかはさておき。
結局、今日に到るまで、全てが恋次にとって悪い方へと転がってしまい、今や恋次の代名詞とも言える赤い髪を遠くから見るだけで、
修兵は体を硬くし、うっすらとその目に涙を浮かべるようにまでなってしまったのである。そしてそんな時は大抵、傍にいる拳西に
抱き上げてもらって、白羽織の中に避難、と言うのが定番コース。
ここで落ち着いて笑顔でも見せれば事態は改善されるのかも知れないが、その考えに到らないところが恋次らしい。
「だああああああっっっ!だから、何でだよおおおおおおお!!」の叫びは、当然の事ながら常に逆効果。
「ふぇっ……ぅ、あああぁあんんっっっ!やだぁああぁっ!!けんせぇっ!こわいよぉ!!!」
恋次の大きな声に過敏に反応した修兵は拳西の腕の中で盛大に泣き出し、元仮面の軍勢組からは各々の斬魄刀と鬼道の
フルコース。上司である白哉には絶対零度の視線で睨まれ、吉良には生ぬるい溜息をつかれる。
「はああああああぁぁぁぁぁぁ………オレってすっげぇ不幸………」
そんな恋次が最近行き着く先は、弓親と乱菊のところと決まっていた。
実はこの2人も、修兵にはあまり懐いてもらっていない組なのだ。
修兵サイドの理由は、やはり「怖い」なのだが、恋次も含めて詳細な事情は三者三様。
弓親は明らかに可愛く、しかも一角がなんだかんだと構いたがる修兵に嫉妬。
乱菊は生来のムラっ気もそのままに修兵を構う。しかも構い方がやや粗いものだから、修兵は一度遊んでもらった際に
怯えてしまったらしい。
しかしそんな2人であっても、顔を見て泣き出されるまでは到っていない。それぞれの上司達が、彼らをフォローしているためだ。
ところが恋次の上司たる白哉は、それがゼロ。
本日の恋次のぼやきは、どうもそれらしい。
「はー……弓親さんも乱菊さんもいいっすよねー。乱菊さんなんか、「すまんな。松本は加減というものを知らなくて……
ちゃんとオレが叱っておいたから、許してやってくれ」って、日番谷隊長が言ってくれたおかげで、それ以上心証は悪くなってないし。
あぁあ、朽木隊長もせめて、「あぁみえて、阿散井は優しい男だ」とか、檜佐木先輩に言ってくれればいいんすよ!!」
「朽木隊長がそんなコトするはずないじゃない」
「………ですよね」
自分に対する上司の無関心ぶりは分かってはいるが、あらためて他人に断言されると切ない。
乱菊の容赦ない一言でがっくりと肩を落とした恋次に、弓親はさらに容赦なかった。
「やれやれ。全く女々しいなぁ。別に良いじゃない。檜佐木副隊長に懐いてもらうことが、キミの人生にとって、それ程の重要事なの?」
「そりゃそうっすよ!オレだって一護や日番谷隊長みたいに先輩に懐いてもらいたいんすよ!くっそー……せめて話くらいできれば、
オレが一護や日番谷隊長と同じ、優しくて強い男だって解ってもらえるのになぁ。いっつも六車隊長が瞬歩で連れていっちまう」
「ふーん。だったら、今から会いに行けば?」
「は?」
「今日は午後から合同演武が色々な隊で開催、鬼道衆は技局と一緒に穿界門の増強工事。極めつけに、今から20分後に
臨時の隊首会開催」
「え、そそそそそれ、本当っすか!?!?!?」
「………キミねぇ、本当に副隊長?よくそれで朽木隊長に叱られないね」
「お、オレはそーいう細かいスケジュール的なこと、苦手なんすよ。朽木隊長も了解の上っす!!」
「胸張って言う事じゃないけどね。まぁ、でもそう言うわけだから、今から10分もすれば、キミにとっての一番の頭痛の種は、
檜佐木副隊長から離れるんじゃないの?」
「お、おおおおっ!そうっすよね!こうしちゃいられねぇ!弓親さん!ありがとうございましたっっっ!乱菊さん、また夜にでも!!」
「はいはい」
「気をつけていってらっしゃーい………っと。わー、猛ダッシュ」
「猪突猛進か……まったく手のかかる後輩だよ」
「………ねぇ、弓親。アンタ、恋次がちゃんと修兵に会えるなんて本当に思ってんの?」
「まさか。六車隊長が檜佐木副隊長を一人にするはずないでしょ。必ず誰かを子守に呼んでますよ。もし仮に、誰も子守が
見つからなかったとしても………」
「しても?」
「六車隊長には、『あの2人』がいるでしょ?」
「?………あー。ははん、『あの2人』か」
「そういうこと。だから可哀想ですけど、阿散井は今日も玉砕ですよ」
「つまり、今夜はまたヤケ酒ね。じゃあ、今から夜にそなえて飲みましょ、弓親!」
「はいはい。敵わないなぁ……」
さて、そんな乱菊と弓親の勝率予想などつゆ知らず。
9番隊隊舎へとすっ飛んだ恋次は、ある一つの窓―――執務室の窓である―――の前で、ごそごそと自分の懐を探っていた。
ぴったりとブラインドが降ろされた窓から、中の様子を目でうかがうことは出来ないが修兵がいるとしたら、それはもう隊長と
副隊長の執務室に決まっている。
修兵が遊びやすいように模様替えされたそこには、送り届けられた玩具や菓子が山のように積まれているとの噂だし、何より
この部屋には、鉢玄特製の鬼道錠が取り付けられていると聞いている。鬼道錠は、現世で言うところの電子虹彩錠のようなものだ。
拳西と修兵、それに元仮面の軍勢以外では、一護、日番谷、阿近のみが己の霊力で開けることの出来る特注の鍵となっている。
つまり、修兵見たさの一般隊士達から修兵を守るには、ここはうってつけの場所なのである。
そう当たりをつけて霊圧を探ってみれば、中からは確かに修兵の幼い霊圧が感じられた。しかも都合の良いことに、霊圧は修兵1人分。
修兵以外誰もいないと言うことだ。
「よっしゃぁ……こいつが役に立つときがきたぜ!」
そう言うと恋次は懐から―――お世辞にもセンスが良いとは言えない―――銃のようなものを取り出した。何かと言えばこれは
『対鬼道錠ピッキング装置』。こんなこともあろうかと、壺府リンに大量の菓子を交換条件に作ってもらったものだ。
「よしっ、やってみるか」
取扱説明書は刷りきれるまで読み込んである。
所定の作業を済ませれば、目的を達するため、「もけけけけけけ」という珍妙な音と共に、装置は無事に稼働を始めた。壺府によれば
この装置、一番手近にいる阿近の霊力をコピーしたものを発し、それでこの錠を開けるのだという。性能の善し悪しについては、
もう壺府を信用するしかない。
祈るような気持ちでしばらく待っていると「もけけけけ」が「もきゃきゃきゃきゃ」にかわり、最後に「かちん」という解錠音。
「ありがとう、壺府!!」と、恋次が心の中で壺府に握手を求めたことは言うまでもない。
早速、誰かに見とがめられないように素早く、しかし静かに執務室へと滑り込んだ恋次であったが……。
「あれ?せんぱーい……?」
修兵の霊圧は確かに感じる。なのに、あの小さな姿が見えない。
と言うことは………考えられるのは地下の隠し部屋しかない。
「よっしゃ、ここまで来たら、とことんやってやろうじゃねぇか!」と、床に身を伏せた恋次は、綺麗に磨き上げられた床を手で探り、
仕掛け扉の開放方法を探した。
拳西は常に床を足で蹴りつけて扉を開けているが、前隊長の東仙がそれをしていたとは思えない。
どこかにスイッチのようなものがあるはずだ。
そう当たりをつけてしばらく床を行ったり来たりしていると、他の部分とは違う大きさの板がはめ込まれた箇所が見つかった。
周囲の板が長方形をしているのに対し、これだけ何故か正方形。しかも丁度、大人の手のひらと同じくらいの大きさをしている。
試みに手を載せ体重をかけて押してみると、どこかでからくりが作動する音がして、執務机横の床がぽっかりと口を開け始めた。
「いよっしゃ!ビンゴ!」
思わずそう叫んだ恋次は、しかし次の瞬間、まずいと口を塞いだ。
自分の存在を修兵に感づかれて、泣きだされては元も子もないのだ。
修兵以外の霊圧は今のところ感じないが、修兵が泣き出してその霊圧がぶれれば、即座に隊首会をほっぽり出し、
拳西は帰ってくるに違いない。
(ふー、あぶねー……)
物音一つしないことに胸をなで下ろしつつ、静かに地下へと続く階段を下りる。
これだけ静かだとすると、一人で絵本でも読んでいるのだろうか?
それとも………
(あー。そういうこと、ね)
十畳ほどの部屋の中央に置かれた、巨大なベッド。
普段から修兵と拳西が仮眠を取るために用いているそこで、一人の子どもが眠っていた。
今の時間を考えれば、それも納得―――午後1時半なら、昼ご飯を食べ終わった子どもがゆっくりと昼寝をする時間だ。
小さな修兵ももれなくそうだったようで、虎のぬいぐるみと拳西の白羽織を抱き込んで、柔らかい布団の中ですやすやと眠っていた。
鬼道錠のついた部屋、人の気配がない地下室、そこに隠されていた眠る修兵。
(―――と、言うことは?)
今一番ここにいると不都合な人物、拳西は勿論、修兵のおもりを務められるものが、「しばらく」全員不在と言うことらしい。
恋次にとっては千載一遇、否、億載一遇のチャンス。起きている最中が駄目なら、せめて寝ている間に触れるくらい、いやいや
起きないでいてくれるなら、頬にキスくらい―――
(六車隊長、恨まんでくださいね。そもそもうっかり先輩を一人にしたアンタが悪いんっすからね)
奇妙な論理で構成された台詞を心の中で繰り返しながら、音を立てないように、恋次はそろりそろりとベッドに歩を進めた。
修兵が起きてしまっては、全てが終わりなのだ。ただ恋次は知る由もなかったが、今日の午前中、修兵は白やひよ里と
めいっぱい遊んでもらい、適度な疲れが実はその眠りを深く快いものにしていた。恋次にとってこれはラッキーであった。
(うぉー……これが子どもの時の先輩か。ちっせぇー……)
かなり今更の感想であるが、これは仕方がない。起きているときには、ほとんど泣き顔しか見られない、それどころかほとんど
姿自体を見せてもらえない。ここしばらくの間、恋次はそんな状況を余儀なくされていたのだ。
それが、これほど近距離で姿を見られただけでない。今自分が目にしているのは、泣き顔ではなく、あどけなく愛らしい寝顔。
幼い副隊長は、大好きな拳西の夢でも見ているのか、時折白羽織にほっぺをすり寄せ、ふにゅふにゅと微笑っていた。
(か、かかかかか可愛いっっ……!)
必死の努力で鼻血だけは抑えたものの、心の臓は爆発寸前。
キス「くらい」なんて言いつつ、恋次の背中は脂汗でダラダラだ。よくよく考えれば、元の修兵にさえろくに触れたことがないのだ。
修兵の肌の柔らかさを想像するだけで、筋肉はガチガチに固まり、呼吸は浅速なものに。おまけに邪気のない幼子の寝顔が、
恋次を良心と欲の境で葛藤させる。
多分、修兵が今の恋次の顔を見たとしたら―――泣くだろう。
(くっ……こんなに無防備な先輩にキスするって、いやいや、けれどこのチャンスを逃したら、もう一生こんな幸運は訪れないかも
知れないっっ………うおおおおお!!頑張れオレ!!)
吉良あたりが聞いたら、一生なまぬるい溜息をつかれるような台詞だが、本人は必死だ。
懊悩をぐるぐると繰り返し、遂に決断―――ふっくらと柔らかく膨らんだ頬に、恋次が己の顔を近づけていく………が。
「………へ?」
がしゃん、と、首の周りで不吉に固い金属音。
穏やかならぬ状況に思わず動きを止めると、今の状況がきわめて良く理解できた。
首の後ろから伸びる2本の刃、それが顎の下で綺麗に交差されている。あと1ミリでも修兵に近づこうとすれば、即座に自分の首と
胴体は仲違いを起こすことになるだろう。
しかし、一体誰が?
その疑問が最大速で頭を巡る恋次に聞こえてきたのは、修兵を守る2体の守護神の声。
「何してんだ、てめぇ……マジで刈るぞ」
「まったくだ。眠る幼子を襲おうとするとは、感心せんな」
「―――!?」
恋次には、聞き覚えがなくもないそれは、修兵の斬魄刀である風死と、同じく拳西の斬魄刀である断地風の発する声。両隣を
順に目で追えば、人型になった2本の斬魄刀が、それぞれ容赦のない殺気を発しながら恋次に刃を向けていた。
「よぉ。さすがに動けねぇか?それともかかってくるか副隊長?なんなら相手してやるぜ?」
「よせ、風死。そんなことをしたら修兵が起きてしまう」
「それが何だよ。別にいーだろ」
「良くはない。今修兵が起きたら、この闖入者に泣き出すことは確実だぞ。私も私の主も、それを望まない。そしてそれは、
お前も同じだろう?」
「………ちっ、わかったよ」
「うむ。……というわけで、闖入者の副隊長殿。おとなしくこの場から立ち去ってもらえるかな」
手荒な真似は避けたいのでね―――そう言って穏やかに笑って見せた断地風だが、その目は全く笑っていない。恋次に刃を向けない
理由、それはつまるところ修兵の眠りを妨げないためであって、恋次への温情のためではないことを、怜悧な瞳ははっきりと示していた。
一応、蛇尾丸は帯刀してきた恋次だが、仮に一対一でも勝てる相手ではない。
「返答は?副隊長殿?」との督促に、ゆっくりと上体を起こした恋次は、まるで動画を巻き戻すようにそろそろと後退―――後ろ向きに
階段を上ると、床の扉を閉め、窓から静かに退出していった。
なお、そのまま、乱菊と弓親の元に戻るなり、恋次は今年一番の絶叫をご披露したわけだが、それはまた別の話として………
その頃、無事に修兵の安眠を守った風死と断地風は、それぞれ修兵の横に陣取って、思い思いにその安らかな寝顔を眺めていた。
普段、直接的にこの笑顔を守っているのは拳西だが、修兵を守りたいという気持ちは2人も同じだ。
「なぁ……もう少しこうしてても良いよなぁ」
「こうしてても、とは?」
「だから……せめてお前の主が帰ってくるまで、この姿のまま、修兵に添っててもいいよなってこと」
「……構わないだろう。我々は修兵を守るというつとめを果たすために実体化したのだ。それくらい許してくれるだろうさ」
「さーて。どーだかね」
拳西の独占欲の強さは、他の誰より理解している2人だ。
それでも、拳西からの鉄槌と修兵との同衾を天秤にかければ、やはり後者が勝ってしまう。
結局、揃って布団の中に潜り込んだ2人は、寝乱れて少し癖の付いた修兵の髪を撫で梳きながら、最後にこう呟いた。
「けどよぉ……マジな話、お前を使ってオレを攻撃するとか、勘弁だぜ?」
「………洒落にならん」
<あとがき>
実体化シリーズ第2弾(笑)
実はまだ、断地風の風貌が固まってません。
イメージとしては、拳西さんと同じような体格で、髪はちょいくせっ毛で浮竹くらいのを背中の中くらいで無造作に一括り。
袖無しのマオカラー(っていうんですっけ?)の長い上衣に下はゆったりしたパンツ。片方の肩に幅広の毛皮をかけて
それを下にたらしている、みたいな(随分具体的だと思いますよ、一条さん(笑))。
沸点低い拳西さんと対照的に、沈着冷静で穏やかな性格。でも修兵を守るときには、マジです。
風死とはなんだかんだ良いながら良いコンビで、修兵と拳西さんのコンビバトルに華を添えます。
恋次については……いつか少しは良い目を見させてあげようと誓うばかりです。
恋次、誰と競ったら少しは良い思いが出来るかなぁ……。うむー。
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